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(4) 怨嗟、怨みが 事実をねじ曲げる

月面基地に向かう有人機が2ヶ月後に離陸するのに合わせて、建設最後となったフィリピンにおけるトレーニング施設が完成した。
種子島宇宙センターでトレーニングをしていた1次隊と2次隊がルソン宇宙センターに移動して、訓練を始める。3、4次隊は種子島で約1ヶ月滞在し、ルソンに異動する。新たに選定された5、6次隊が種子島宇宙センターに到着、訓練を始めている。

1次隊と2次隊の面々は日々打ち上がっている無人のシャトルと輸送機の打ち上げを見学し、新たに湧き出て来る意欲や決意を胸に秘め、己を鼓舞して訓練に臨んでいた。3次隊以降の隊員は多様な国籍となるが、ルソン入りした1次隊と2次隊の40名は日本人とインド人で構成されている。

日本とインドのメディアがそれぞれの国の宇宙飛行士にインタビューをしたのだが、日本人飛行士が国の威信や先達としての責任感のようなものを背負っているのが有り有りと見えるのに対して、インドの方は2人の学者をアイドルか女優のように中心にして取り上げる。2人のカーストが非カースト、カースト外の最下層に有るからなのだが、記事に掲載はしないまでもインド内のSNSでは広まっていた。異なるお国柄が背景に垣間見えるが、宗教音痴の日本人は単純に迎合して2人を持ち上げていた。
カーストに疎いクリスチャンが多数を占めるフィリピンのメディアを始め、各国メディアがインドメディアの映像をそのまま放映すると、インドの2人の新鋭学者として、世界中で話題となる。

2人が、中学生の頃にインドから北朝鮮へ留学した後、インドには戻らないと決断したと言う。
カースト外の被差別民という出自も含めて「一切合財を捨て去った」と険しい顔で述べると、今度は立身出世モノとして彼女達が取り上げられ始める。少なからず影響したのかもしれない。パキスタン、バングラデシュや中東、ASEANの若者が平壌と長春を目指す動きが加速する。
国際大学として名を馳せるようになった2大学の系列ハイスクールに留学する問合せが急増する。条件を満たせば彼女たちの様に寄宿舎の入居費用も含めた、大学までの学費が無料となるからだ。

平壌と長春が、インドの非カースト優遇策とイスラム教徒貧困層対策の推進目的とした国際大学制度が発端となって様々な国の出身者が居住する都市へ変貌するにつれ、アジアでは見られ無かった無国籍感都市・・シンガポールでさえ、民族毎にブロック割りされている・・民族がミックス化している実態を垣間見る都市になりつつある。
ルソン島スービック市やアンヘレス市も、同じような変化が期待出来る。

日本とインドそしてフィリピン、北朝鮮、ベネズエラの5ヶ国の外相がトレーニング施設を見学し、すっかり有名人になってしまったインド人宇宙飛行士2人を中心にしたメンバーと利用後の施設内の環境面での印象や、トレーニング中の生活面も含めた改善点などにつきディスカッションを行っていた。

ディスカッション後でユリシス・ゴーグとミリヤ・イスカの2人が、ベネズエラのタニア外相に手紙を託している様をマスコミが察知、目撃する。
記者たちが外相に飛びつき、あの封書は何か?と問い合わせるも、タニアがはぐらかし始めたのでインド人記者が時間差でユリシスとミリアに探りを入れると、彼女たちの「英雄」への感謝を込めたファンレターの様なものだと明かしたので、またまた騒ぎとなる。

そういわれて過去の映像を各国が調べる。
インドからの非カーストの北朝鮮受け入れを決断し、平壌と長春に大学2校を設立した人物であり、二人が種子島宇宙センターに到着した際には、移動するバスの前で大統領と抱擁しあい、彼女たちの言葉に感極まったモリが泣き出した映像が発掘される。

「思いの丈を綴った手紙なので、タニア外相にこっそり託しました。日本の外相である奥様も、あの場にはいらっしゃいましたから」
「今度のアルバムもすごい好きで、宇宙空間での休憩時間ではあなたの作曲した音楽をずっと聞いています」と、手紙に書いた内容を2人が後日明かしてしまったので、熱い想いを受け取った側は家族から攻められる騒ぎとなる。モリ個人にとっては迷惑な話でしかなかった。

各国の外相が帰国し、暫くフィリピンに残っていた日本の外相が「来週末であれば、主人がスービックに滞在するけど どうする?」とモリの了承なしに彼女たちに伝えてしまう。
2人と会うと言うのも相応しくないので、日本大使館が40人の宇宙飛行士に声をかけて、希望者を郊外のリゾートホテルに招待しますと伝えて、場を段どってしまう。実際、飛行士達の週末は自由なのだが、何故か殆ど全員がルソン島西岸のホテルに宿泊することになってしまう。

日本政府と外相にハメられた格好のモリは、雨季開けまじかで予報快晴の週末の休日を楽しみにしていたのだが、予定が勝手に奪われていたことを知り、愕然とし、激怒する。
モリまで一泊する予約を勝手にしていた日本大使館に部屋のキャンセルを要請する。月面基地絡みの案件とはいえ、限られた休日まで丸々費やしたくはなかった。
モリに確認もせずに「私が何とかする」と安請け合いした外相が諸悪の根源なのだが、「決まったことは仕方がない」と中身は金森元首相のホタル外相には笑顔を浮かべてしまう。
木曜日に平壌に到着すると、スービック基地の司令官に連絡して宇宙飛行士の卵たちの警備プランの立案を要請する。
事件が重なり、慌しい折での「新たな仕事」が加わったので、中南米軍にとっても負荷の掛かる作業となる。憤る先のない怒りを感じながらも、部下である基地司令官に対してはモニター越しに頭を何度も下げていた。

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スービック基地から27km離れたホテルを視察に訪れた中南米軍の先遣隊は、警備の難しさを知る。ルソン島西部の南シナ海に面したビーチ沿いに並んでいるホテルなので、要人向けの宿泊施設としては脆弱だった。近隣ホテルの宿泊客がビーチ側から紛れ込める環境にあるからだ。
宿泊客にはプライベート感とビーチへの即時アクセスを提供するので、この様なホテルが乱立しているが、犯罪者にはゲートウェイとなる。
マニラの日本大使館は視察すらしていない・・可能性が高い。

大統領との会談は「沖に船を浮かべて、会食」、「訓練生の宿泊階2フロアと玄関ロビー周辺とビーチに面したプール周辺に警備チームを設置」という無難なプランを一度は立てた。
期せずして周囲の注目を集めてしまっている状況なので、警備担当としては難しい状況に直面する。現にテロ行為とも言える事件が未遂とは言え起きている。そして今回は公表はされていないとは言え、ベネズエラ大統領が加わる時間帯がある。慎重の上に慎重を重ねる必要がある。

一方で大統領の家族以外に、月面に向かう40人も「大統領関係者」の扱いとなる事実を加味するようになる。
ドラガン・ボクシッチ首相の台湾滞在時は何人かのフリーの記者が会見場に居たが、首相に質問した記者の一人は、イスラム系の団体の支援を受けており、現在はフィリピンでルソン島の宇宙センターを取材中であるのが分かっていた。

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スービック市内のスポーツショップに訪れた宇宙飛行士達を記者が尾行していた。記者も店内に入り、全員が水着を購入している様を知る。

種子島宇宙センターにやって来た頃は春前だったので、水着の必要が無かったのかもしれない。女性の何名かが「大胆過ぎない?」「日本人はおとなしい女性を好むから、派手すぎるのはマイナスなのでは?」と、店内で話している声を耳にしてしまう。
それなりに鍛えた体をしている男性の飛行士たちに混じって、水着を選んでいるフリをしながら、「あれ?皆さん、月に向かう方々ですよね? テレビで拝見しました。頑張って下さい」と記者が男たちに声を掛ける。

彼らの護衛である女性兵士と思しき人物は、女性陣の方に行っていたし、男性兵士と思われる人物は店の外で周囲を警戒しているのが、ガラス越しに見えていた。声を掛けるチャンスでもあった。万が一接触した事を咎められても、自分は記者である証明書も持っている。

「あの、小声ですいません。そうです。・・あまり騒がないで頂けると助かります」

「やはりそうでしたか。しかし、どうしてこの店に?水着など訓練施設にあるのではないですか?」
「軍隊が訓練で使うだけの、そっけないものです。外泊先で使う用途が出来たものですから、そっけないものでは相応しくないと思いまして」

「外泊」という言葉を記者は得た。

「なるほどですね。それは楽しみですね。それでは私は失礼します。皆さんのご活躍、楽しみにしております」

一番安い水着を手に取って、記者はレジに向かう。この水着は無駄にはならない。次は滞在先のホテルだ。記者は店を出るとショッピングモールを出て、メールを送る。

フリーの記者が偶然を装って店内に入ったのは中南米軍によって確認されている、

「客人たち、近々バカンス? 日程と宿泊先は?」という内容のメールも確認された。
メールした相手の内偵が始まろうとしていた。

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「飛行士たちの宿泊先を変更すべき」
「大統領一家の、この夏休み滞在先の再利用か、一軒宿のある諸島部が望ましい」
「また、大統領の会食不在時を狙って、再度住居に襲撃してくる可能性が高い」
という中南米軍のレポートが、大統領経由で日本の外務省とマニラの日本大使館に送られる。「やっぱり」という話になった。

記者の滞在先のアンヘレス市内のホテルの部屋を探って来た特殊部隊によると、暗号用と思われる乱数表と、ミンダナオ島ダバオ市に小さな支部を持つ、インドネシア・スラウェシ島を拠点とするマフィア構成員と連絡を取っているのが判明する。

フリーの記者はマークされている事に気付いたのか、マニラからクアラルンプールへ移動し、携帯の電源がオフされたままか、携帯自体を破棄したようだ。

「すみません、私の責任です」

日本のモリ・ホタル外相が外務省に誤って、外相の機密費用の提供をマニラの大使館に伝えて、防御しやすいホテルへの変更を要請した。

イスラム系の団体がメディアを使って、攻撃対象を内偵している事例が初めて発覚したケースとなる。同一宗教となればメディアとしての尊厳や規律が緩くなってしまうのも、分からないでもない。
しかし、前例とは異なり、実際に事件は起こっていないので問題には出来ない。フリー記者とスラウェシ島のイスラム組織かマフィアをこの時点で罰する事は出来なかった。双方のやり取りの中で、襲撃を匂わせる表現は全く使われていないからだ。

「目立ってしまった我々も悪いのです。不特定多数から狙われるのも、仕方がありません」

モリはそう書き込んで日本の外相に連絡した。

最早、自他共に認める大国になってしまった。その為の対策費用も毎年のように上がってゆくのだろう。決して悪事を働いたつもりは無くとも、受け手に何らかの損害を与えれば、天敵扱いされるかもしれない。
フィリピンでの軍人募集を検討しようと、モリはメモをした。人的補強も必要な頃だろうと。

ーーーー

訓練を終えた飛行士の卵たちが一同に集うと、教官から明日の訓練メニューと所持品の連絡がなされてから、週末の滞在先が変更となった報告を受ける。

先日、何名かが街に出て買い物をした際に、市民と思しき人物とコンタクトした。該当者は市民ではなく諜報員の類だった可能性がある。
宇宙センター名義、中南米軍でのグループ予約の有無の問い合わせが大手メディア会社を名乗って国内近隣ホテルに対して行われたという。たまたまフロントが学生バイトだったので、該当ホテルが回答してしまい宿泊先が漏れた。
その為の宿泊先変更となったので、諸君たちも外部との接触では十分注意して欲しい。家族や身内であっても先の予定は明かさないで欲しいと伝えられる。

今回はルソン島以外の島へ向かうが、到着先は伏せさせて貰うし、島へ到着後もSNSやメールで投稿、報告するのもルソン島に戻るまでNGだと言う。
教官が残念そうな顔をしながら、
「台湾とここでベネズエラ人と日本人の政治家が狙われたばかりだ。大統領と君達が一緒だと漏れるのも困る。それに、軍は君達もターゲットになりうると見ている。月面で暮らす初めての人類として選ばれた君達に危害を加えてプロジェクトの進行を妨げるとかね。
外出制限はしたくはないが、最低限、前日までに申請してほしい。外出先に合わせて護衛の人選をする必要があるからだ。諸君も理解してほしい。それでは本日は終了とする。解散」
教官は部屋を退出していった。

多少なりとも生生しい話をすることで飛行士の卵たちは状況を理解する。再三トラブル発生時の対処方法を学び、突破して来た者たちには容易い事だった。
街に出れば、確かに種子島よりは娯楽は圧倒的に多い。それだけに各国のスパイや諜報員が居ると考えて良かった。

一部のものは施設内のバーで飲むことにしたが、暫く誰も外出申請しなかったらしい。
事件に巻き込まれて月に向かうチャンスを逃すのは割に合わないと悟ったようだ。

ーーーー

飛行士の卵たちの滞在先はパラワン諸島の中の、一軒宿のある島となった。
その島の反対側の小さなビーチの沖合にはレンタルした小型の客船が浮かんでおり、フィリピン議員7名様とアジア大使のパメラと子供たち4名と共に宿泊する。
島の周囲を海軍が哨戒にあたればモリ一家と纏めて護衛できてしまう。2重に警備するより一点に集中できるので効率が良い。

ベネズエラで5年前に設計した双胴型観光漁船も海軍に運んできて貰い、客船に荷物を置いてからスーザン、スザンヌ姉妹とパメラ、蛍と翔子に志乃と志木さんと彩乃と子供たち4人と乗り込む。島をグルッと半周して、ホテルがある側のビーチの桟橋に時刻通りに接岸する。既に予定を聞いていたのだろう、狭き門を通過した選ばれた民達が集まっている。
彼らの護衛を担当する兵士が漁船のタラップを下ろすと、御一行が乗り込んできて、議員たちと大使と子供たちが一人一人とタッチし終えると仲の良いもの同士なのか、月面でのチーム毎なのか、人数よりも多い座席に分散して座った。

また、宇宙飛行士として月面へ向かう人々と、そうそう接する機会もないだろう、という読みが大人達に働いた。4人の子供たちが宇宙飛行士に焦れているかどうかは別として。

40人の宇宙飛行士と護衛兵士を乗せると、臨時船長兼操舵長となったモリが、漁船をゆっくりと出発させると、ピンマイクに向かって話し始める。船内アナウンスが流れると、下のフロアから拍手と指笛が聞こえてくる。

暫く操舵に集中するので、挨拶が後回しになるのを侘びる。それから、道中の護衛として後続のフリゲート艦が付いているのと、水深の深くなった所でぜひ海底を見て欲しいと説明する。

後で5mサイズのアースウォーカー4体水陸両用タイプが、フリゲート艦から投入される。
護衛の肝は水中に居て見えないモビルスーツなのだが、フリゲート艦を見れば大抵の船は引いてしまうだろう。近寄ろうとするモノ好きはいない。

既に昼前で日は高いが、室内は空調が効いており、快適だ。
パメラと議員達が中南米軍将校用のランチパックと飲み物を各人に配り、昼食が始まる。

モリは魚群探知機を見ながら舵を操っていた。通常は夜明け前の漁が基本なのだが、時刻は既に昼を過ぎる。そこで「禁じ手」を使う。パラワン島周辺で禁じ手を使うのは今日と明日だけなので、大目に見てもらう。漁協にも真実を伝えない。

これから海中に投じるアースウォーカーの役割は、護衛だけではない。魚の群れを網に追い込む為にご活躍いただく。乗客の皆様の為に、観光の一環として確実に捕獲してゆく。外洋を航行したり、作戦遂行時に中南米軍だけが行っている魚の調達方法で、軍事機密としている。近海で禁じ手を使うのはモリしかいない筈だ。

キャビンに何人かの飛行士達がランチパックを持って上がって来たので、チラ見で挨拶を交わしてから、補助シートを各自出してもらって、座って食べて頂く。最近話題となっているインド人美女がキャビンに揃ってしまったので、蛍と翔子達に後でイジメられると悟り、なんちゃってクリスチャンとして、十字を切って自分の無事を祈った。

珊瑚礁を離れるとフリゲート艦に格納していたモビルスーツが甲板に上がってくる。後部のカメラ映像を船室内に投影する。後続を待たずにドブンと最初の一体が海中に飛び込んでゆく。漁船の下は観光用にアクリル樹脂が用いられている。下からの歓声が大きくなったので、モビルスーツが船の下で手でも振っているのだろう。

「閣下、何か召し上がったのですか?」

「後で食べます。魚を獲り終えてからゆっくり頂きます」

「食べます?」5人のインド女性がランチパックを持ってモリの周囲に居るのは、シュールな光景だったのかもしれない。一人が唐揚げを口まで運ぼうとすると、卵焼きやウインナーなどがフォークに刺されて後を追うように出されてきた。
日本人飛行士の嘲笑が耳に届く。今この時、高校生以来のモテ期かもしれない。

「ごめんね。船舶免許、誰か持ってますか?」と聞いても5人はニコニコしているだけだった。

「やはり僕しか操縦できないようだ。お腹は大丈夫だから、君たちは座って食べて下さい。揺れたら危ないからね」それで漸く開放された。

夏休みに滞在したエルニド周辺はアジだったが、今回のパラワンで遭遇したのはサバの群れだった。今夜の夕飯は鯖の味噌煮とトマト煮に決定だ。バケットをパラワン本島のスーパーマーケットからドローンで空輸して貰って、サバサンドを朝食にしてもいいかもしれないと献立をイメージする。今夜の客船では性奴隷の他に、我が家の料理長も務める。12人分なので凝った料理は出来ないので大鍋で煮るか、フライパンで焼くかで逃げる。盛り付け位は手伝ってはくれるのだろうが、今夜は家族サービスに徹する事が確定していたようなものだ。休日など無いに等しい・・。

「兵士の皆さん、そろそろ網の投入準備をお願いします。皆さん、兵士の方々と共に後部デッキに移動して下さい。今日のターゲットはサバです。サバの群れを捕捉しました。今夜は、サバ料理が好まなくても強制的に出ます。ホテルの料理人さんの腕前にご期待下さい」
と、料理人の居ない海でハードルを上げておく。

そう言いながら気付いたのだが、サバの群れを攻撃している「何か」をソナーが映し出されていた。「カツオかな?」とサイズ的なものから想像して、うまく行けばもう一品増えるかもしれないと期待してしまう。

「君たち、食べ終わったのなら後部デッキに行くといい。後20分位で網を引き上げるからね」

と大きな声で言うと、誰もいなくなった。ホッとする。船の操舵は時々しかしないので、どうしても周囲を警戒してしまう。実は然程余裕は無い。

ーーーー

両肩を後ろから大使に抱かれている男の子が、台湾で犠牲になったSPの忘れ形見だと知って、一同が直視を避けながらも、何度もチラ見しているのが分かる。
党首になるだけの事はあって、蛍は全体を見通し、状況を把握する能力がある。

ミカエルをパメラに任せて、パメラとモリの実子3人にチュッパチャッ()スを手渡す。
3人子供たちは、蛍がパパの正妻でパパより断然強いと短いフィリピンの滞在で理解していた。
ミカエルがアメを貰って喜んでいる義兄弟に気づいて羨ましそうに見えたのだろう、蛍はミカエルに近づいてアメを手渡す。

「フリゲート艦の甲板にロボットが居るでしょう。彼女がこの船を操っている大統領と水中のモビルスーツと連絡を取り合って、魚の群れをこちらに向かわせようとしているの。
宇宙飛行士の皆さんとあなた達4人に喜んで貰いたくて、大統領が手配したんだって。ミカエルは海の漁は見たことがある?」

「ううん、はじめて」

「そうなんだ。じゃあ覚えておいてね。モビルスーツを使って魚を追い込めるのは、中南米軍だけ。大統領のお母さんがモビルスーツの代わりにイルカを使って同じことができないか日本で試しているんだけど。上手く行かないみたい。

ロボットは人間の言う通りに動いてくれるから、簡単に大漁になっちゃう。でも、漁師さんはそうじゃない。大漁の日もあれば、全く捕れない日もある。その位が魚にとっては丁度いいみたい。
もし、漁師さんがモビルスーツを使う漁を始めたら、魚の数が減っていく一方になる。だからね、今回は特別なの」

「分かった。僕、魚の料理が好きなんだ。居なくなったら困っちゃう」

「そう。魚が好きなんだ。やっぱりいい子だね、ミカエルは」
蛍がミカエルの頭を撫でていると、網が海中に投じられた。直ぐに網が黒ぐろとして、大きく膨らみ始めた。群れの追い込みに成功したのだろう。

「すごいね。ロボットって、海の中でも早いんだね。ロボットの方が魚より早いんだよね。だから捕まえられるんだよね?」

「うん。ホタル先生が話したイルカは60kmで泳ぐんだけど、あのモビルスーツは200kmで泳ぐ。全然早いのよ」パメラが説明すると「そんなに!」と目を輝かせたまま、続けて話す。

「じゃあ、イスラムの奴らなんて直ぐにやっつけちゃうね!」

ミカエルの発言に、蛍が息を飲み込む。
ホタルが絶句した状態だと察知したパメラも、同じように声が出せないで居た。
船に乗っているインドの人達の中にはモスリムは居なかったはずだと思って安堵する。

「今は抱きしめるしかない・・」自分が取りうる手段を思い浮かばないのか、パメラが苦悶の表情でミカエルを抱きしめている。

蛍もパメラの肩に手を当てるしか、術が無かった。

(つづく)


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