見出し画像

(7)ボストンなら、サミュエル・アダムス!


 日本では「ベネズエラ新幹線」と呼ばれているようだが、正式名称は「高速鉄道」だ。同じ車両が世界各国で走っているので、国名を付けて区分けしたかったのかもしれない。 日本から来る観光客も気の毒だ。「bullet train」と英語で伝えても、日本語で「新幹線!」と言われても、翻訳ツール上はビュレットトレインになるので通じない。「は? 何ですのそれ?」と言うことになる。英語表記で「Express」と表示しているので、それを見て判断して頂くしかない。

この高速鉄道、開通してから盛況が続いており、毎週のようにダイヤ改正し、増便している。利用客は国内の方と海外の方と約半々という状況にある。車両7両1時間あたり1便の運行から始まって、正午ー15時前の時間帯を除くと、10両編成で20分おきに運行している。IT管理されている運行システムは設定変更も容易だ。ダイヤを変更をすると、HP上の時刻表から、駅の電光掲示板からチケット予約・発券、そして乗換案内システム管理各社への連絡まで一斉に通達し、変更するので細かな調整は不要となっている。
因みにシベリア鉄道も、マレー鉄道も、北朝鮮路線を含むJRでも、そして来月納入する台湾新幹線も、3ヶ月後納入のアメリカAmtrakも、全て同じ運行管理システムを利用している。個別に大金を投じて、専用のインフラを用意する必要がない。既存の鉄道路線やバス路線等の運行ダイヤも本システムに取り入れて、全体の運行管理が可能となる。

現在、ベネズエラ国内の高速鉄道は途中駅メリダから路線を分岐して、第二の都市マラカイボまで高速鉄道を繋げようとしている。その先はコロンビアの海岸部の都市を経由してパナマへと繋ぐ。
カラカス駅からの国内終点駅であるサンクリストバルから先は、高架ではなく複々線化となる。既にコロンビア国境のサンアントニオまでの工事が終わり、この7月にはコロンビア領の最初の停車駅となるククターカラカス間との折り返し運転となる。前政権まで仲が悪かったベネズエラとコロンビアを繋ぐ、初の国際列車路線が開通する。複々線化で鉄路優先で建設するので、来年中にはコロンビア・ボゴタとパナマシティとベネズエラ・カラカスの3首都同士が高速鉄道で繋がる予定だ。

既に経済効果が期待されており、ベネズエラ・コロンビア・ペルーの3カ国政府間で製造業や物流網のサイジング検討に着手している。高速鉄道だけではなく、複々線化のペアで在来線と貨物列車を走らせる。この貨物路線の輸送が肝となる。鉄道沿線にサイジング配置・建設された1次産品集約地や工場間を季節毎に貨物列車の本数を増減してゆく。農産物であれば、季節毎の1次産品の収穫量の変化と、消費する側となる各地のニーズの増減がITで都度マッチングされ、貨物列車の時間当たリの運行本数や車両数が瞬時に運行ダイヤに反映される。農産物だけでなく、海産物、工場製造品等と積載物の物量に応じて、都度変化してゆく。今後は、3ヶ国間の主要物流網となり、各国が必要とする製造工場間の部品や化学薬品の配送、石油・鉱物等の原料類の運搬、冷蔵冷凍運搬連結車両による生鮮食料品の運搬など、各国別にスポット対応していた従来の鉄道輸送の枠組ではなく、南米諸国連合内の各拠点を総てIT管理して、効率的な生産体制と物流体制を構築することが出来るようになった。

日本の道州制移行を睨んだ、世界初の国家を縦断したジャストインタイム物流網が誕生した。枠内経済で先行したEUでさえ実現できていない、流動的にしかし、自動で可変する物流網だ。工業生産に限らず、各国各都市間の過剰な食料配送も削減され、リアルな物量が、必要な分だけ消費地に届くことになる。コア技術は送電事業で培った電気送電のスマータープログラムがベースとなった。それを鉄道貨物と航空輸送、トラック輸送を全てリンクさせた。送電する電気を、部品や原料や食材に置き換えたと説明すると理解されるかもしれない。それが国を跨いだ物流であっても可能となるのだから、画期的なシステムと賞賛された。
モリが南米諸国連合内に大金を投じて鉄道網を用意しようとしているのは、この為だった。極端に言えば、人口の少ないベネズエラは今後は国内に工場を建設する必要が薄れる。ベネズエラよりも人口の多い、コロンビア・ペルー、大型港湾都市を有するパナマ内に工場を建設着工させた方が、雇用が容易で経済効率性が向上するからだ。ベネズエラ外で工場を建設して連合内の経済を活性化させ、その分、ベネスエラは自動生産可能な半導体等の部品産業や製薬製造に特化し、研究開発に専念。場合によっては電気の送電事業を他国に対して行うのもいいだろう。南米諸国連合内の何処に工場・生産拠点を構えれば効率的な生産が可能となるかという基準で拠点が決まってゆく。
軽自動車・バイクメーカーで例えると、コロンビア、エクアドル、ペルーでそれぞれ3社が進出しているが、ベネズエラ内のメリダ市とマラカイボ市の工業団地に、3社の第二工場の建設が始まっている。小型車組み立てとエンジン製造を新事業として計画している。製品自体は、北米と南米諸国連合内の小型車需要を見込んでいるので、精密部品工場が多いメリダと、化学薬品工場が密集し、北米向け輸出港があるマラカイボが最適だと分析された。南米諸国連合内で建設を決定し、新工場の税金は今後はベネズエラ政府ではなく、南米諸国連合へ収める事になる。要は、企業の税金が連合体国家の人口比率に応じて、各国間で公平に分配される。これを積み重ねてゆくと、いずれ新たな巨大な連邦国家が中南米に忽然と誕生するやもしれない。そんな大実験が、始まろうとしていた。

ーーーー

南米は日本の裏側にある。

「遂に”日出ずる国” ”日の沈まない国”が完成した」と騒ぎ立てる右翼が現れたそうだ。迷惑この上ない話だが、与党の支持団体に加わりたいと ほざいているらしい。
元々、プルシアンブルー社がエンジニアの拠点を日本、ビルマ、ウクライナ、イギリス、スペイン、ロスアンゼルス、ニューヨークと環境と人材を分散させて、24時間365日のシステム開発と運用・検証可能な体制を取ってきた。眠る必要のないAIとシステムを効率的にウォッチし続けている。残念ながら、IT企業でここまで取組んでいる企業は無い。だからこそ独創的で、独走する事が出来る。そこへ、製造拠点として「表と裏」で分割した企業と国家が世に出て、これまた始めての試みに臨もうとしている。
その「表と裏」が、日本と北朝鮮とASEAN、ベネズエラと南米諸国連合だ。地球を2分割して製造供給を構築した初の試みとなる。確かにいつまでも日が沈まない体制となった。両エリアにAIロボットによる無停止工場が幾つも操業し、時差が12時間なので、いずれかの国の首長が必ず起きている。「日の沈まない国」の具現化だとして、右翼の心を鷲づかみにしてしまうのも当然かもしれない。

AIと工場操業だけでなく。24時間無停止状態で監視すべき対象物が世界中で増えつつある。それが電気、スマートシティであり、水素発電所・水素ステーションであり、廃炉となった原子力発電所や油田、ガス田、高速鉄道と高速道路の運行管理システム、そして国際間を繋ぐ衛星ネットワークと金融システム等、だ。
地球の至る所でエンジニアが控えて、表と裏に製造拠点と首長とブレーンが存在しているのは、日本とベネズエラだけとなる。

鉄道運行管理だけを今回は取り上げる。高速鉄道のショールームとして「表と裏」が使われている。ユーロ鉄道、ビルマ・ラオス国鉄、インド鉄道等から視察要請を受けて、試乗スケジュールが組まれている。この視察の移動の為に音速旅客機を利用して、各国とベネズエラ間を移動し、視察終了後はカリブ海のリゾート施設に移動して歓待されるという、お約束コースが出来上がっている。水素を駆動力とする鉄道は、日本独自のものとして世界で認められており、鉄道界を制覇する日も近いと期待している。

鉄道の高速化が進むにつれて、鉄道輸送に対する評価が次第に好意的なものに変わりつつある。
移動時間短縮も然ることながら、時間通りに運行する日本の鉄道システムが、物流のジャストインタイムに活用できるユニーク性が高く評価された。新規に採用される国で、更に評価が高まれば、日本の鉄道とITはさらに盤石なものになるかもしれない。

ベネズエラはショールーム役を兼ね、新鉄道導入による経済効果を検討している国に提案する。既に高速鉄道の投資に見合った経済効果の実例をご紹介する。
首都カラカスだけでなく、バレンシア、バルキシメト、マラカイボ、メリダといった通過駅の都市に、既存の鉄道網へ高速貨物車両を追加すればこれだけ経済が成長し、ベネズエラの内需が拡大した効果を実データでご覧いただく。しかも、この効果が予め「予測が可能」だとも、紹介する。
事前に、鉄道輸送を念頭に置いて国内の工場を配置し、各市の商業地域同士で交易と物流の連携を模索しあっていただけに、事前に想定した通りの効果が生まれている。無暗に工場を建設していた訳ではなく、計画に基づいて着工していったのだと説明する。製造業よりも食品の方が説明を受ける相手には分かりやすいかもしれない。
例えば、カラカス空港に届けられるアルゼンチン産の漁獲類、肉・乳製品が新鮮なまま各市に届く。無駄を生じず、物流量が全て数値化されている。ベネズエラは雨季と乾季しか気候変動が無いので、月間に於ける食糧の量的な変化が極めて少ない。
一方、食糧を提供するアルゼンチン側では、季節の変化で漁獲量も捕れる魚も、生育する牛も乳も変化する。その生産側の状況に合わせて、ボリビアやペルー、エクアドル、コロンビアが調達先に加わる。このように各国間で需要に対して供給側が変動し、対応してゆく。年間でリアルなデータが日々蓄積され、生産側の経験値が向上してゆく。例えば12月はこの程度の出荷で、1月は少し楽になる。その分、新たな作物栽培を始めよう・・と言った具合だ。

鉄道だけを見学する。鉄道会社はそんな鉄道に対する考え方を一変する必要に迫られる。国交省、経産省、食糧庁の大臣や役人が、寄ってたかって見学した方がいい代物となる。だからこそ売れる。だからこそ、各国が欲しくなる。
JRや製造元である重工メーカー等の企業単位に営業行為を任せずに、国家や連合体が製造拠点と生産拠点全体の最適化をするのです、と提案する。「鉄道を始めとする物流網は単なる手段に過ぎないのです」と。

先日はアメリカ政府の産業省と国交省、交通運輸局の皆さんがやって来た。お陰様でアメリカ国内を高速鉄道、高速貨物列車の導入が決まった。この時の蛍経産大臣と翔子官房長官、そして鮎首相のプレゼンは、実に見事なものだった。
台湾総統と台湾政府関係者が挙って、試運転車両を見学にやって来たが、その理由がようやく理解され、各国が相応のメンバーを引き連れてやって来るようになる。

今回のアメリカでの採用決定を受けて、導入チームの紹介が、ワシントンDCにある運輸省で行われていた。

ーーーー

PBMotors社社長のゴードン、ExxonMobil社長のアンディ、そしてBlueMugs社のサチが共同で記者会見に望んでいた。

「Amtrakの高速鉄道採用決定に際し、弊社がAmtrakの水素発電車両を提供し、車両のメンテナンスも含めて担当致します。水素発電車両が鉄道ダイヤに加わることで、従来のダイヤが複雑なものとなりますが、ダイヤの管理をBlueMugs社に委託致します。そして、水素発電車両の駆動エネルギーとなる水素製造を、ExxonMobil社に委託します」

「ゴードン社長が申し上げた通り、当社の親会社であるPDVSA社がベネズエラで石油事業から水素発電事業へ移行しております。運行のノウハウを継承しており、盤石な体制でアメリカ国内で水素発電事業を行います。まず高速鉄道用の水素ステーションを各車両基地に配備します。並行して、電力自由化を推進されている各州政府に水素発電所の提案を行って参ります。
これを機にエクソン社は総合エネルギー会社に転換致します。各家庭に安価な電力を供給するワンストップサービスを提供して参ります。
弊社のガソリン・電気スタンドでも、安価な電力が提供出来るように致します。
各家庭、各スタンドへの電力配送は、日本・ベネズエラ等世界各国で行われている、鉄道網、ハイウェイ網、主要幹線道路網に送電ケーブルを這わせまして、全米各都市へ向けて送電致します。電力の自由化が認められていない州は当面は見送らせて頂き、鉄道用水素ステーションの建設だけ進めて参ります。
各都市のご家庭や事業者へ電力配送の仕組みとして、電力供給量の増減管理で、世界中で実績のあるBlueMugs社のブロックチェーン技術と高速クラウドを採用致しまして、各企業、各ご家庭の電気使用料金の支払いシステムとして対応して参ります」

サチが締めくくる。
「高速鉄道が全米を走る事が決まり、私もワクワクしています。120マイルではなく、ベネズエラのように220マイルでアメリカ中を疾走する日を期待しております。
さて、旅客車だけでなく貨物列車も順次 水素発電車両に置き換わり、高速化して参ります。BlueMugs社はこの高速鉄道貨物輸送に合わせて、流通業のIndigoblue Grocery社と共同出資して、専門の物流会社を設立します。AIドローン、AI車両を使って、鉄道最寄り駅から、モノの配送を担います。主な目的は、やはり新鮮な食材をいち早くご家庭や店舗へお届けすることでしょう。航空輸送や既存のトラック物流に頼らずに、新鮮なままいち早く、そして安価に、お客様に品物をお届けするのが狙いです・・」

ーーーー

この記者会見の模様を、北朝鮮からボストンにやってきた歩が、宿泊先のホテルで見ていた。29歳でアメリカ最大手のIT会社の社長になった義姉に当たるサチが、こうして臆面なくプレゼンしているのが衝撃だった。

しかも3人が話しているのは、高速鉄道を中核に据えたエネルギー政策であり、高速物流網の提案だ。アメリカに新たな変革を齎すレベルの話だった。
祖母も父も、アフリカに注力しているように見せながら、ちゃっかり北米で稼ごうとしている。しかも電力と鉄道という重要インフラだ。
この人達、アメリカのインフラを一新しちゃうからね、と言っているようなものだ・・・

「新電力は各国の電気料金を安価なものに変えています。アメリカに似通っているのは、日本の電力料金でしょうね。水素発電は主に日本の北部のエリアが主流となっています。原子力と火力発電が8:2の割合だったものが、水素発電に一本化して、電気料金が3割から4割下がりました。送電事業を刷新したのもありますが、アメリカの北部の州では約3割、太陽光や風力などの発電が多い南部の州では2割近いコストダウンが計れると考えております。」エクソン社のアンディ社長が、具体的なデータを提示してからサチにバトンを渡す。

「こうして生産された電力は、全てITによって効率的に分析管理されて、各都市・各地域毎に必要な容量が、曜日や時間帯、気候の変化に応じて都度更新され配電されてゆきます。そして、皆さんのご家庭、お勤めの企業へと届けます。
当社のスマートシティプログラムは、既に様々な国で採用され、都度エンハンスを重ねて参りました。実績も、性能も、お陰様で世界で最も優れていると評価頂いております。

自然エネルギーで、元のコストが安いからと言って、電気を無尽蔵に使うのではなく、無駄な使用を抑えて、効率的な利用をシステムとして促して参ります。
因みに今回のデータは、私の友人で、世界的な環境専門家でもあるグレタ・トゥエンベリさんに、第三者として偽りなく公平な視点で纏めて頂いたものです。
全米におけるCO2削減が劇的に進んでいくことでしょう。このデータはアメリカ政府、そして各州政府にも、既に提出させていただいております・・」

・・ここでグレタを使うんだ、上手いなぁ・・

ニュースの中の記者会見なので、部分的なものではあったが概要は掴めた。ベネズエラに拠点を構えて、必要な米国企業を用意して、周到なプランを提示していく・・親父は、やっぱり天才なのかもしれない・・

歩はボストンらしくサミュエル・アダムスの瓶を飲み干すと、冷蔵庫に新たなビールを取りに行った。

ーーーー

アメリカ入国を果たした歩は、空港からホテルまで、尾行自体に全く気づいていなかった。
モリ次男の訪米の目的は「手術・治療」となっていた。暫くボストンに滞在するらしい。その真意が分からず警戒されていた。大統領と一時期関係が悪化した日本の要人の子息で、しかも外交官であれば、警戒されるのも仕方がないのかもしれない。

「滞在先は今居るマンダリンオリエンタルホテルではなく、マサチューセッツ総合病院になっています。足が悪いのでしょう、右足をびっこを引くようにして歩いているそうです」

「足? そうなの・・では、暫く監視を続けてください」大統領が言うと、報告者が下がった。確か子だくさんなんだった。サッカー選手に養女と、まだ小さなお子さん達と・・そこで歩の名前を検索すると、Goog/eに引っ掛った。

・・日本サッカー界の至宝? U21と日本フル代表歴有り。学生でありながら日本代表へ抜擢されるも、コパ・アメリカ準決勝でブラジル選手の悪質なファウルで転倒・・倒れ方が悪く骨盤損傷・大腿骨骨折の大怪我で選手生命を終える・・思い出した・・7年前だ・・彼だったのか・・

大統領も両親が移民で、サッカー好きだった。あのプレーは確かに酷かった。しかしマラカナンスタジアムのブラジル人は、日本の中心選手が潰れたので大喜びしていた。被害者となった彼は、ずっと担架の上で泣き続けて、ピッチを去った。あの大会で日本は準優勝、決勝でアルゼンチンに負けた・・
他の兄弟もサッカー選手。フランス・サンジェルマンに居る弟が、日本代表の常連でもある。・・そうか、兄の再来としてこの選手も期待されているんだ。・・これは何とかしなくちゃ・・歩の年齢が27であるのを見て、大統領は受話器を取った。

ーーーー

マサチューセッツ総合病院で過去の手術歴と、最新のレントゲンを医師に提示して、診察を受けた。歩がズボンを下ろすと右足の付け根は術後の傷跡だらけだった。大腿骨が骨盤から離れた状態で変形し、骨盤内にそのまま嵌まっているようには見えなかった。少し削って、ゆっくりと嵌め込んで、軟骨の再生を促すしかないだろう・・。

「決して悪いケースだと思わない。それでも、今回の再生を元にする手術では足の引き摺りは治らないかもしれない、そうなると、人工関節手術が最終手段となって、一生終えるかもしれない・・もし、人工関節になったら、フットボールが出来るとは思えない・・」

「フットボールって・・」

「あ、いや、スマない、こちらの話だ・・さて、どうする、可能性は5分だ。私達は3人体制で執刀する。部位を切って骨の状態を実際に見てみないと分からない所もあるのでね・・」

「3人の先生方に立ち会って頂けるのですか・・あの、ちょっと相談して見ます。私の蓄えだけではオペの費用が賄えるかどうか、分かりませんので・・」

「いや、費用は心配しなくていい。そこは君が負担する事はない。素晴らしい父親を持ったことを誇りなさい」

「父が何か言ってきたのですか・・」・・なんてこった。有り得る!・・

「いや違うんだ。我が国の大統領の方だ。病院の総力を上げて、君を治すように言われている。大統領はね、根っからのフットボールジャンキーなんだ。君のプレーに魅せられた一人らしい」

「大統領が・・」歩が頭を垂れた・・

ーーーー

その夜、モリとあゆみ宛にメールが届いた。手術は8日後で、執刀には3人の医師が立ち会う。費用は全てアメリカ政府が請け負ってくれるという。お礼をモリからも伝えて欲しいと結んでいた。

メールを見たあゆみがノックして部屋に駆け込んできた。
「どうするの?」

「親書を出す。御礼で、ホワイトハウスを訪問したいとね」
これでギクシャクしたものが少しは精算できたらと思いながら、まずは祝酒だ、と立ちあがり冷蔵庫を開けて、グラスに氷を入れる。
「私はモヒートがいいなぁ・・ミント、食堂から持ってくるね」

2人で飲むのもたまにはいいだろう。大統領府の窓の外には大きな半月が掛かっていた。
・・インフラ提案の後だけに、幸先がいいじゃないか、 歩・・

月に向かってグラスを掲げて、ショットを煽った。

ーーーー

翌日、日本の元首相とベネズエラ大統領から親書が届いた。日本大使館から代理人が持ってきた。孫・息子から話を聞き、感謝の言葉しか見当たりません。手術が終わってから、日本の新首相とホワイトハウスを訪問したいと、カナモリ・ベネズエラ首相が綴っていた。

また、今まで何も無かったかのようなモリの文章にも心が揺れた。
今のアメリカには日本とベネズエラが必要で、縋るしかなかった。意固地になって拒んでいた自分の小ささも、今ではよく分かる。ベネズエラ政府のネブラスカ州との取り組みも、アメリカを意識したものだし、日本・ベネズエラと資本提携した製薬会社も記録媒体会社も、そして石油会社も業績を急回復させている。そして、アメリカが自然エネルギー大国の仲間に加わる・・

「こちらこそ。 お礼を言いたいのは、私の方です・・」
大統領は2つの親書に向かって頭を下げた。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?