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(10) 市場と良好な関係を築き上げる為の一考察

閣議後、パメラとアンが2人で喜々として出掛けようとするので、アマンダ交通相が呼び止める。モリからの指示で2人が動いているのだろうが、副大臣と大統領秘書官が動いている案件を大統領以外の閣僚達が誰も知らないのはマズいと、アマンダは思っていた。  
「ベネズエラ企業の営業部門を東アジアに展開します。その為の企業訪問です」     
年上のアンが他人行儀な口調でアマンダに返答するので、パメラとアマンダが笑う。 
NHKや民放各社と幾つかの新聞社に加えて、電通も廃業に追い込み、日本のみならず世界各国で番組制作とCM制作を手掛ける大メディア会社となったAngle社を僅か1代どころか8年で立ち上げた伝説の社長であるアンにとって、企業への提案や提言などはお手の物なのだろうが、副大臣職であるパメラが企業経営に関与するのはどうなんだろう?とアマンダは首を傾げていた。
確かに訪問先はベネズエラの国営企業なので、大臣が関与するのも不自然とは言えないと考えていたら、パメラの発言に先を越される。
「じゃあね。報告書に纏めて、明日中に各閣僚に届けるから」   
小賢しくパメラが微笑みながら言うと、2人が車に乗り込んだ。アマンダは組んでいた腕組みを解いて、後部座席に座った2人に小さく手を振った。

パメラ科学技術副大臣とアン秘書官が先週から国営企業廻りを始めていた。週が明けて、日本で田植えを済ませた大統領とその娘達が共にカラカスの大統領府へと帰ってきた。プルシアンブルー社社長のサチ、RedStar Bank社とパシフィック・バンク社社長のレイコ、Pleiades社社長のアユミ、BlueStar製薬社長のアヤノの4人がカラカス入りし、各社長はそれぞれ自社のベネズエラ本社や本部へ出社する日々を過ごしていた。

ベネズエラ国営企業のアジア圏の製造工場や銀行支店が北朝鮮、フィリピン、ビルマ等にある。アジアに於ける製品販売は、日本のプルシアンブルー社の販売会社に業務委託しているが、今後はそれだけでは物足りず、自社の販売網を整えて、更なる売上向上の方針を掲げている。    
「中南米諸国のスポーツ選手がアジアをはじめとする様々な国で活躍しているのだから、会社員にも海外で頑張ってもらおう」という試みが始まろうとしていた。
アジアの人々には競合の出現となるので申し訳ない部分もあるが、給与所得が中南米諸国よりも高い、日本・台湾・北朝鮮を効果的に利用させて貰う。具体的には、中南米経済圏で販売マネージャーとして実績を上げた人材を東アジア3か国の事業所に転属させて、各国で立ち上げた販売部門で同じ業務に就いて貰う計画を想定する。各マネージャーは自分の部下を最大3名まで、アジアに連れて往ける権利を持つ。国が変わる難易度を多少なりとも軽減する為の措置で、気心が知れた部下を引き続きアジアでも登用して、販売部門をスムーズに立ち上げる狙いを企てた。
中南米諸国から東アジアへ異動する社員達は、各国の給与体系に準ずるので自然に年収が上がる。東アジアへ社員達が転籍して、中南米事業所で人員の「空き」が発生する。部門内で昇格した新マネージャーはアメリカ・カナダからやってきた「移民」の中から最低5名以上を採用し、中南米諸国内から2名以上の採用が、昇格したミッションとして課せられる。
アメリカからの移民達は、近い将来にカナダの3州に配属されるのを前提として採用され、彼らの研修期間中にアメリカとのビジネスが再開されるようであれば、希望者はアメリカ国内へ移動可能とする・・そのような内容でメキシコ国境を越境してきた人々に募集を掛けていた。
各国で共通する職種で募集が進んでおり、製薬会社のMR、自動車販売会社のセールス、家電品のセールス、住宅会社のセールス、石油・エネルギー会社のセールス、食料品のバイヤー等と営業職や営業支援職が大半を占めるが、大量の人員募集をアメリカからの越境者達に求めていた。        
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「昨年、プレアデス社日本法人をプルシアンブルー社に売却したので、ベネズエラはアジアの製造拠点として、北朝鮮とフィリピンを想定しているに違いない」と日本側は見ていた。
日本をそっちのけにしてまで、2カ国を入念なまでにテコ入れし続けているモリを見ていると、誰もがそう解釈してしまう。自らが設立し、コングリマット化したプルシアンブルー社に汎用的な技術は提供しても、経営顧問を兼ねながら全く経営に関与しなくなった事からも明らかだった。   
その一方でプルシアンブルー社の社長であるサチをベネズエラに連れて行き、同社の北米再進出を睨んだ動きをけし掛けており、対アジア戦略だけではない動きも視野に入れているようだ。       
予てからモリは、日本企業には強力な競争相手が必要だとアチコチで話しており、自らが独断で線引きした「ユーラシア大陸とそれ以外」で区分けしていたテリトリーを、今回で撤回するかもしれない。アンモニア駆動自動車の販売開始以降、アジア圏内での本格参入を明確にしたのが転換点と考えたのかもしれない。販売協力関係にあったプルシアンブルー社との提携関係を見直し、ベネズエラ企業自前のアジア圏での販売体制、保守体制を整えようとしている。         

月面基地向けに開発したと言いながら、ムーンウォーカーの生産計画を年間1万体としれっと公表したので、地球上での用途向けに提案してゆくつもりなのだろう。
アジア圏向けの人型ロボットの生産数も重なるので、 日本・台湾・北朝鮮・韓国、ASEANそして中国の製造業にとっては黒船襲来前夜の如き状況になるやもしれない。期せずして、大量の北米難民を中南米諸国が受け入れて労働力としてテコ入れしているので、北米、欧州への再進出も視野に入れているに違いない。     
中南米諸国がカナダ3州へ進出攻勢している状況から、カナダ3州を梃子にして、南北アメリカ大陸全体の覇権まで計画している可能性を誰もが考えてしまう。   カナダとアメリカの自業自得とは言え、両国政府に対する中南米諸国の冷淡なまでの姿勢や対応を見ていると、どのタイミングで介入を始めるのかと大統領の関係者達でさえもアレコレ考える。 
それもこれも、モリが政治だけでなく事業家としても成功し続けているが故でもある。モリが考える政策の中には、必ずといって良いほど事業計画が練り込まれている。それが福祉であれ 海外向けの人道的な援助であろうが、モリが立案する政策は須らく金儲けの手段に過ぎないのではないかと、関係者全員が勘ぐっていた。失敗した事業や投資を誰も耳にしたことが無いからだ。  ーーー                    「戦艦武蔵、レイテ沖の海底から 92年振りに浮上」パリで旧日本軍の戦艦サルベージのニュースに接したフランス大統領サリュート氏は、中南米軍がサルベージ艦を演習に使うのではないかと想定した。沈船を引き上げた際、程度の良い船舶を標的と見立てて攻撃演習を行うのが中南米軍では状態化していた。数年前まで南太平洋での合同演習にフランス海軍も参加し、海軍のパイロット達が引き上げたタンカーやコンテナ船に機銃掃射を行い、フリゲート艦が実弾を当て、潜水艦が魚雷を発射して、沈没させた。同じ演習を武蔵を標的にして行うのではないか・・と想像した。    

「しかし沈んで90年以上も経った船だ。状態も然程良くないのではないか」
大統領は呟くと、武蔵の全長を確認する。「263mか、確かにデカイな・・」
第2次大戦下の欧米列強に勝つために建造された巨大戦艦は、2034年に中南米軍が新大和と新武蔵を原寸大で再建造してみせたが、90年前からこの大きさを超える戦艦は建造されていない。  

「航空優位の時代となってからは、コイツを超える軍艦は巨大な空母位だろうか・・」  
新造された大和と武蔵はイージス艦を遥かに凌駕する戦闘力を誇り、太平洋と大西洋の海軍の旗艦として君臨している。フランス海軍も核、プラズマ技術を応用した砲身の開発や、攻撃と迎撃用途の共用可能な音速ミサイルを艦や潜水艦に搭載をしたいと求められている。 タヒチに向けて主力艦隊を向かわせる際に、国防相がパナマでベネズエラの国防相と会談をした際に、仏領ポリネシアの独立の対価はベネズエラからの技術供与だと要求し、ベネズエラ側の了承を得ている。    

中南米諸国はフランス向けだけでは無く、NATO軍向けに大和武蔵クラスよりも一回り小さな長門陸奥クラス艦の提供を打診してきた。しかも地中海限定とし、北海、バルト海、大西洋に出ないと限定したのも、イギリスは対象外と線引きしたかったのだろう。また、レールガン砲や音速ミサイルは提供不可だが、AIによる自動操舵機能の搭載は可能と明言してきた。こちらはNATO内に同盟国、親ベネズエラのイタリアとスペインが含まれているからなのだろうが、NATO,EU内でのAI技術の進化には役立つと目されていた。      

ベネズエラ製軍艦の評価が高い理由の一つがAIだと言われている。空母打撃群の中にAI装備の無人艦が1隻含まれるだけで護衛艦・巡洋艦として攻守に渡る双方の役割をこなす。ヒトが乗船する艦に比べて搭載するミサイルや砲弾量がケタ違いの規模となるので、空母打撃群を構成する艦隊数をセーブ出来る。同時に、AIの分析能力が他国のシステムを凌駕するので、確実に飛来する弾道を迎撃してしまう。単艦のみならず、航空機が攻撃に出払った後の無防備な空母と僚艦を堅牢なまでに護る。  AIの比較だけでイージス艦の能力を簡単に上回るのだが、中南米軍の艦には他軍には無い兵器、レールガン砲も超音速ミサイルもある。攻撃力も尋常なレベルではなかった。「今回の独立は見送り、私の政権の任期が終えた後でポリネシアが独立するなら良しとする。その為の条件の一つとしてNATO軍が艦を受領するが、戦艦だけでは心許ない・・」
そんなメッセージも半ば了承されたと、サリュート大統領は国防相から報告を受けている。   
「原発の解体と撤去をベネズエラに求めるよりも、この新型ロボットの方が良いのではないか」国防相がパナマの基地で会談に臨んだ際に撮影した映像を見て大統領は妄想し、微笑んでいた。             ーーー                 
レイテ沖で引き上げられた武蔵は スービック海軍基地まで曳航され、ある程度の錆を落として見学できるように外見を整えると記事にはあっても、軍事演習の標的になるとまでは書かれていなかった。     
スービック海軍基地に到着した武蔵は乾ドックに入ると、ロボット達が腐食した部位を切断し、ある者はサビ落としを始める。腐食部位とある程度の錆が除去されると、事前に用意されていた巨大な型枠に武蔵を当て込んだ。艦艇部の補強の為にドロドロに熱せられた特殊鉄鋼を流し込み始める。中南米軍は、初代武蔵を復活させようとしていた。 

鹿児島沖に沈んだ大和は船体が複数に壊れているが、レイテ沖海戦で沈んだ武蔵は奇跡的に原型を留めていた。戦艦としての復活を想定する筈も無い。アニメのように沈船である大和から、宇宙戦艦ヤマトが出現する筈も無い。辛うじて航行できる能力を兼ね備えて、ペイント弾の標的艦や研修用途の艦として使われるのが精一杯であろう。そのくせ動力源には相応の出力を用意しようとしており、動力部以外の部位は極力オリジナルを再現しようと目論見、改良工事を重ねる計画を立てていた。
中南米軍がフィリピンに基地を構えてから1年が経とうとしているが、この1年間でサルベージ専門部隊による太平洋戦争で沈んだ日本の戦艦や輸送船の引き揚げ作業が100隻を超えた。フィリピン周辺海域とアジア寄りの南太平洋海域には、日本の船だけでも2000隻近い船舶が沈んでおり、この鉄クズ自体の価格が1隻あたり2〜5億円で推移している。中南米はフィリピン沖のサルベージだけで320億ほどの売却益を得ており、その収益の一部で、今回の武蔵の改良改修を行うと中南米軍、アジア方面部隊のカナデ司令官が会見で表明していた。
また、2週間後に始まる合同演習の前哨戦であるかのように、月面基地に参加を予定しているOne Earth加盟各国の代表や責任者が、フィリピン・パラワン島に集結し始めていた。中南米諸国代表としてブラジルとプエルトリコの環境大臣が、アフリカ諸国からはアンゴラとモザンビークの開発長官が、ASEAN各国に加えて台湾からは国防相が、南アジア連合からはパキスタンとスリランカの科学庁長官が、CIS諸国からはウズベキスタンとカザフスタンの産業大臣、スペイン、イタリアの工業相、そして月面基地のオーナーとなる日本の阪本首相とインドのミクル首相が共同議長役を務める。      
この秋の月面基地入居を控えて、各国からの派遣者候補者の提示と研究内容の擦り合わせがパラワン島のリゾートホテルで行われる。また、ルソン島スービック海軍基地に建設中のシャトル打ち上げ施設やエコ・アンモニア工場を視察する等の4日間の会合に向けて各国の代表が、セブ国際空港に到着し、会場のホテルまでヘリで搬送されてゆく。             
阪本首相の下働き役となる杜 里子 外相と杜 蛍 官房長官がフィリピン政府の関係者と共に空港で来比した大臣達一行を出迎える。到着した大臣達がフィリピン滞在中にビタ一文使わないように5万ドル相当が課金されたASKA Payカードを各国の経理担当者に手渡しする。 随行員も含めた各国のスタッフが費やす滞在費が会議場・宿泊施設であるパシフィックホテルとフィリピン経済に落ちるが、その費用進呈となる。1億円を超える日本の出費となるが、月面基地で研究者や軍人達が日々費やす費用を考えれば安いものだ。宇宙ではあらゆる物資の価格が地球上に比べれば割高になるので、当然なのだが。
日本の外相と官房長官から、カードを渡された各国の秘書官や官僚達は喜ぶ。国に領収書と共に報告する必要のないカネが計らずも手に入ったからだ。
「通常の国際会議よりも格段に待遇が良い」と各国の出席者に第一印象で思って頂くのが日本側の思惑だったのだが、難なく成功する。
One Earthの会合を取材に来たマスコミ各社にも、5万ドルとはいかないまでも、課金されたカードを日本政府が進呈する。       
日本で開催されるサミットや訪日外交団との会談の取材が喜ばれるのも、マスコミにまで見舞金として金一封が支給される、という公表されない実情がある。2代前の社会党政権、金森元首相から始まった習慣で、3代続く女性宰相ならではの配慮が、来日するマスコミにも徹底されていた。マスコミ用の食事や飲料・菓子まで移動する先々で用意され、必要以上に金を費やさない気配りを徹底する。会場がフィリピンであっても、日本資本のホテルが会場となり、ベネズエラと日本企業の城下町となったルソン島3市の見学なので、フィリピン側に費用面や警備態勢を含めた対応を相談する必要も無かった。
結果として、先に開催されたG20やEU・NATO会議よりも高感度の溢れるニュースや記事が配信される。無料の美味しい食事と美酒の数々に加えて、上質なスイーツを摂取し続け、精算不要の小遣いまで手にして、人類の明るい未来を論じ合っている様を取材するのだから、ペン先が甘くなるのも当然とも言える。
更に目玉となる情報が幾つも用意されている。その一例が各国の大臣が喜々として乗り込んだ月面行動用のロボット「ムーンウォーカー」「ムーンバギー」で、今回の会議で初公開される。   
全長5mと18mの2タイプがあり、月面移動用のバギーの3種が、会場となるホテルのテニスコートに用意されていた。          

「私は、全長5mのロボットに搭乗しようとしています。月面には酸素がほとんどありませんので、空気が満ちた部屋でロボットを乗り降りします。今は地上ですので、外でも一向に構いません。搭乗してこのロックボタンを押すと、操縦席内には爽やかな空気が立ち込めて参りました。
開発したプレアデス社はこの操縦席を「シールド」と呼んでおりまして、仮にロボットが故障して停止したり、月面のクレバスに挟まって身動きが出来なくなっても、シールド内の酸素は1時間ほど供給されます。月面であれば、1時間以内にモビルスーツや戦闘機が救援に駆けつけられるとのことです。もし、人が乗り込んだロボットが15分以上、手足を全く動かさないと緊急信号が月面基地に発信されます。緊急回線で安否の確認が行われ、ロボットから全く反応が無い場合は、レスキュー部隊が即時救援に駆けつけます。それでは、早速動かしてみましょう。下半身はロボット任せとなります。

「アンナ、前進」と各国語で話すと、このように歩行を始めます。操縦者はシールド内で外部カメラが表示する映像を360度見渡せます。ヒトが操作するのは両腕と両手です。この中に手を入れて、通常のヒトの手の動きをするとロボットの腕と手の指、手のひらが同じように動きます。
「アンナ、止まって屈んでくれるかな?」このようにロボットに指示して、転がっているテニスボールを私が操作して掴みました。私の手にはボールを持っている感触は有りませんが、ロボットがボールを指で挟んでいるのをモニターで見ておりますので、違和感はありません。開発したプレアデス社は、手に取ったモノの硬さや柔らかさ、重さや軽さを判別できるように今後改良してゆくそうです。地球上の重力とは異なるので、物質の重さも変わってきます。また、地球には無い物質に遭遇するかもしれませんので、そういった差異が分かるように今後は求められる、とのことです・・」   

ムーンウォーカーに搭乗した記者が、子供のような喜色満面の笑みを浮かべてレポートする隣では、ムーンウォーカーの開発の目的について、中南米諸国を代表してブラジルとプエルトリコの環境大臣が記者たちに説明していた。

「月面基地の建屋や施設の中にヒトが留まり、月面環境の探索や調査は人型ロボットとモビルスーツ任せておけば良いと言う意見も確かにありました。しかし、学者や研究者達はそれでは満足しません。映像や採取した物質で判断するのではなく、出来る限り現地へ赴いて自身の目でも判断したいと願う方が圧倒的多数を占めました。そこで開発されたのがこのムーンウォーカーです。5mタイプは軽作業用途と学者・研究者向けのロボットになります。水素ロータリーエンジン2基とハイブリッド充電池と合わせて780psの出力で駆動します。18mタイプは、パイロット用、兵士専用機になります。学者チームの護衛役、補助労働力として、ロボットが操舵するモビルスーツと3体が常にセットとなって月面で行動します。18mタイプのエンジンは排気量が異なり、3000ps近い出力となります。何れもまだ初期型ではありますが、試作段階から既に3度のエンハンスを重ねた実用機になったと製造メーカーは判断しています。月面基地での人類滞在の期間を重ねながら、生活面での物資供給体制を都度検証し、満足出来る状況を迎えた暁には、更にブラッシュアップされたマーズウォーカーと共に、火星基地へ人類がステップアップしてゆく計画が立案される事でしょう。その頃はヒト用モビルスーツとか言われているかもしれませんがね」     

「月の重力は地球の6分の1に過ぎません。人類が月面で宇宙服を纏ってもウエアの重さは苦ではないでしょう。しかし、あんなコテコテな形状を纏うのですから、関節は自由になりませんし、分厚いグローブでは繊細な作業をするには不向きです。スコップで穴を掘るか、地球では持ち上げられないような岩を持ち上げる位ではないでしょうか。その点、ムーンウォーカーのアーム部を自在に動かして、AIと二人三脚でロボットを稼働させる方が生産性は高まります。また、地球上でのあの動きが、更にスムーズなものになります。5mタイプは5トン近い重量がありますが、月面では1トン以下になり、700馬力の動力をそのまま使えるのですから」

ブラジル環境相に続く、プエルトリコ環境相の補足発言が、マスコミの取材意欲を掻き立てる。ヒトが乗り込んで指示を出し、AIと共に稼働するロボットが遂に誕生した。モビルスーツにヒトが搭乗できないと知った時の落胆に比べれば、ムーンウォーカーの登場は希望に満ちたものとなる。中国やアメリカがモビルスーツ対策で、人体の腕力、脚力等の筋力をカバーするパワードスーツの開発に取り組んでいるが、ベネズエラは本格的なロボットで対抗する姿勢を見せた。「中南米諸国は別次元の未来を目指している」記者の誰もが実感していた。  
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各国の大臣や取材に訪れたマスコミが全長5mのロボットに乗り込んではしゃいでいる映像が、何度も繰り返し放映される。昨年のモビルスーツと宇宙戦艦の登場時を超える反響の理由は「ヒトが操作する」そのー点が含まれる為だった。人々が「ロボットに乗り込む」未来を想像し、アレコレと可能性を考え始める。オートバイ、自動車、飛行機の登場時と同じように、想像を膨らませていたのかもしれない。              

ムーンウォーカーを開発したベネズエラの国営企業GrayEquipment社と製造子会社のPleiades社の株価は過去最高の上げ幅を記録し、株価の上昇が留まらない状態になっていた。国営企業なだけにベネズエラのGDPにも益となるのは間違いないと囁かれる。また、北朝鮮暫定首相の越山がベネズエラ大統領時の昨年の発言が何度も取り上げられる。   
「我々はモビルスーツをヒトが操縦する未来は考えておりません。2足歩行する不安定な乗り物に、人が搭乗する危険性があるからです。あくまでもSF上の想像やアニメ界の産物でしかないと捉えているのも、何かと衝突したり、倒れたりした際の内部衝撃を保護する技術が、未だ確立されていない為なのです。仮に、ヒトが手足を操縦出来る様になったとしても、ちょっとした外的衝撃を受ける度に操縦席のエアバッグが膨らんでいたら、全く実用に値しないですよね」と発言した映像をどのメディアも繰り返し取り上げる。
しかし、GrayEquipment社とPleiades社の開発陣は諦めていなかった。ロボットが搭乗するモビルスーツに戦闘行為は委ねて、ムーンウォーカーは作業用途に限定とした。政治家と取材記者が乗り込んだデモ機には装備していなかったが、操縦席に乗り込むと専用のクッション材で体が固定される。ロボットが月面の穴や転がっている岩で倒れたり、何かしらとぶつかると衝撃を感知して、柔らかかったクッション材が硬度を高めて、パイロットを保護する。    
海綿体に水分を加えたり、乾燥させたりすると硬度が変わるような技術を今回のクッション材で開発したと知ると、男性の政治家も記者も、瞬時にニヤけた顔をして納得していたようだ。  

デモ試乗では、同じロボットに何人もの記者や大臣が乗り込んだが、実際の月面環境では各人向けの操縦席が用意される。操縦席をユニット装置に組み込んで、ユニットごと脱着可能なようにしているのも、緩衝材により操縦席が密着したものとなるので衛生面から各人専用のユニット装置が必要と判断され、操縦席も定期的なメンテナンスと緩衝材の交換が可能となる様にムーンウォーカーは開発された。
操縦席ユニットの着脱が可能と知ると、人々はモビルスーツや戦闘機での応用も可能なのではないかと考えてしまう。その種の「期待」が開発メーカー、製造メーカーの株価を引き上げてゆく。映画やアニメの世界が現実世界でも具現化するのを、人々は欲しているのかもしれない。

20年間以上に渡り、政治家でありながら事業と投資に注力し続けてきたモリは、企業が株価を上げるタイミングとノウハウを熟知している人物だと思われている。 日本でプルシアンブルー社を世界的な企業にまで育てた経験を活かして、ベネズエラでは国営企業を立ち上げて、国の経済成長の原動力に据えてみせた。国営だけに企業業績がダイレクトにGDPに反映し、最貧国ベネズエラを短期間で経済大国にまで引き上げた。国営企業は各種製造業のみならず、金融、エネルギー、サービス業にまで及び、売上高で見れば、国営企業の比率は共産国中国以上の7割を占める。   

そんな国家が「ヒトが搭乗して操舵するロボット」を宇宙服の変わりに過ぎないと謙遜する。市場関係者や評論家は、長年発言に踊らされて来た経緯があるので、ベネズエラ政府のアナウンスを鵜呑みにせず、深読みしてゆく。製造会社であるプレアデス社のムーンウォーカーの手堅すぎる生産計画が示されても、月面だけで活用する筈がないと疑う。そもそも、モビルスーツの組み立てを火星基地で行っている国なので、地上で製造したものを敢えて宇宙へ打上げる必要はない。北朝鮮、フィリピン、ベネズエラの各工場で生産されたロボットは、地球上で活用すると捉える方が自然だった。
また、モビルスーツを世に出した国が新たな種類のロボットを開発した理由は何だろうと、外野が勝手に詮索を始める。           
開発製造企業が新商品を声高に宣伝する事もなく、市場がアレコレ邪推して、勝手に株価が上がってゆく企業はモリが立ち上げた日本企業とベネズエラ企業に限定されていた。     

政治家としての名声だけでなく、経営者としても成果を上げ続ける一人の人物が世の注目を集める一方で、本人はフロントに立つのを拒む。計画立案しているのはチーム全体でやっている事だとして、情報を公表する人物を各人に割り振ってしまう。伝記物に取り上げられるような人物になど成りたくはないし、メディアで特集を組まれる対象にもなりたくは無かった。それでも、時代の寵児として取り上げようとするマスコミが現れようものなら、彼の養女が社長を務めるメディアを使って、家族や関係者の証言を盛り込んで情報の一部を部分的に公開をして見せる。
浅いレベルの情報しか集まらないので、推測が大半を占める評論を「特集」として記事や映像に纏めざるを得ない。報じた所で「個人の主観が多分に含まれた極めて底の浅いレベル」と別の評論家達が酷評して貶めてしまう。これを何度か繰り返していれば、モリを題材として取り上げようとするマスコミは皆無となる。どう頑張っても養女が経営しているメディアには勝てないと悟る。

徹底して陰となり続けていると、人々が想像し解釈するグレーゾーンの幅を拡げる事に成功する。外部には厄介だが、ベネズエラに取っては好都合となる。
国のGDPの7割強を国営企業が占めるので、体外向けに戦略を詳細まで明かす必要はない。実際の売上も収益も下方修正して報告してしまう。株式を上場しているので下方修正した情報は投資家には公開するが、それでも3%増程度のものとして2桁成長している実態を覆い隠す。年初の売上・収益予測も公の場では微々たる成長値を提示して、決算の度に年初の予測を若干上回る実績を公表してゆく。
それでも毎年、増収増益という他社には簡単に実現出来ない実績値を公表し続けていれば、手堅い国営企業ばかりを有していると評価されて、国家ごと優良銘柄扱いされるようになる。
そんな企業が開発した新型ロボットだと市場で認識される。モビルスーツ、人型ロボットで既に実績を上げて成功しているので、ベネズエラ企業が公表する新型機の低すぎる売上予測を誰も信じていなかった。
ベネズエラの産業大臣や官房長官、報道官が発表時に発言する内容は、斜に構えて聞くものでしかないと投資家もマスコミも理解していた。   

ーーー              
南沙諸島沖で演習を繰り返していた中国海軍が、連合軍による軍事演習が始まるのと同時に、連合国の演習内容の偵察活動に入ったと、各国の諜報機関やマスコミが察した。   
中国が演習を始めるのと同時に、中国とフィリピン・台湾との領海すれすれに中国海軍が哨戒機、爆撃機、戦闘機を常時飛ばし続ける。
昨年の太陽フレアによる人工衛星の障害により、中国は偵察衛星、軍事衛星を失った。国内のGPS用、気象用の衛星はベトナムとロシアの衛星に依存している状態が暫く続いている。   
 衛星の打上げを目的として何度かロケット発射を試みているが、何故か打ち上げの度に不具合が見つかり、未だ衛星打ち上げには至っていない。
同じく太陽フレアで大量な人工衛星を失ったアメリカもまた、国内事情が悪化してロケットの打ち上げ以前の状況にある。カナダの衛星に依存しながらもアメリカ全体をカバー出来ていない。今まで宇宙開発を牽引してきた2か国が共に体たらくな状況なので、中南米諸国と日本による宇宙開発に脚光が集まる。
2陣営は輸送船を打ち上げて大量の物資を月と火星に送り、その帰路で資源や製造品を持ち帰っているので、米中は比較対象にすらならない。
また、衛星を破壊し、2か国のロケットがいつまでたっても打ち上げられずにいるのが、どこの誰の発案によるものなのか知っている者は、例の如く、極めて少数でしかなかった。  

軍事力でも差が広がる一方の状況下で、中国が出来得るのは監視程度だろうとマスコミに下げずまれ、評論家や学者から揶揄されながらも何とか対抗策を見出すべく、中南米軍の監視を続けていた。
中南米 海軍と台湾・フィリピン・ベトナム・マレーシア海軍の連合軍が、2日前まで中国が演習していた南沙諸島沖海域で対峙して、交戦演習を始めている。
連合軍側には中南米軍から空母ガラパゴスと潜水空母イースターとザンジバルが加わっていた。 両陣営の空母から艦載機が飛び立って、交戦を始めるのはお約束だったが、誰もが驚いたのは艦載機が飛び終わった後が従来とは異なった動きを両陣営が取って見せた。丸腰となった空母の上空に、レーダー網に識別出来なかった巨大な輸送機が忽然と現れて、モスグリーン色に塗装された5mサイズのムーンウォーカーが、空母の甲板にめがけて飛び降り始めた。
2軍に別れた、中南米海軍の空母赤城と空母ガラパゴスの甲板には、5mのロボットが等間隔で立ち並び、ビームライフルと思しき兵器を抱えていた。背には予備だろうか、同じライフルを背負っていた。軍事評論家達が早速ネットに投稿を始める。一時的に丸腰となった空母が強力な対空迎撃能力を備えた、初めての光景が公開映像として公表された。
フィリピンのOne Earth会議で公開されたムーンウォーカーとの相違点は、噴射口を持つバックパックが備えられているので、ゆっくりと空母の甲板上に降下していた。ムーンウォーカーは複数の水素ロータリーエンジンを動力源としているが、上空から降下能力を持っていることから、水素以上の出力が出る核燃料を動力源にしていると想定された。挙動の一つ一つがムーンウォーカーよりもスムーズなので、操舵しているのはヒトではなく、人型ロボットが搭乗していると想定される。

この映像だけで、GrayEquipment社とPleiades社の株価が上昇する。やはり、毎度のようにベネズエラは隠していたと解釈される。5m体躯のロボットを開発した意図がはからずも見えてしまったからだ。     
モビルスーツは18~21mと大型で、人型ロボットの1.9mとの間を埋めるロボットは存在しなかった。ヒトとロボットが乗り込んで、必要な動力源と躯体を稼働させる部品を内臓する、現状の最小単位が5mだったのではないかと推定される。
また、モビルスーツが装備携行する兵器も、5m体躯のロボットが携行するサイズにダウン化したが、空母で迎撃配置してみせたので、通常の戦艦の主砲並の破壊力があるのではないかと見なされる。また、映像の中に携行ライフル以外の兵器を見つけて軍事評論家達は喜ぶ。甲板に置かれた大型の火兵器の後方で構えるムーンウォーカーを確認したからだ。             
連合国軍の艦隊を高度約1万mで偵察中の中南米機が、この大型兵器が放ったペイント弾一撃で葬り去られる。1万mといえば10キロに過ぎない距離だが、一撃で哨戒機の下腹部に青い色が広がっている。台湾の哨戒機も空母ガラパゴスの甲板上のムーンウォーカーから狙撃され、撃墜されたと審判する赤色がペイントされていた。

中国の哨戒機や軍用機は高度9000mが限界だった。 それ以上の高度では酸素を含む空気層が無いのでエンジンが燃焼不足となり、飛行できなくなる。ベネズエラ製の哨戒機は酸素を必要としない動力源で飛行可能だと知らしめるかのように敢えて高度1万mを飛行していた。
しかもベネズエラ製哨戒機を中国やベトナム、フィリピンのレーダーでは捕捉出来ないまま、気付いた時には墜落認定がされており、撃墜したのが5mのロボが放った弾道だと知らされる。既存のレーダーでは把握できない中で中南米軍の兵器間で攻撃し合う状況だと演習参加国が後付で認識する・・異世界の演習に参加している錯覚を兵士達は感じていた。

ベネズエラという国家とその頭領である大統領が、常に収益を視野に入れている輩だという噂が、再び説得力を帯びた状況になりつつあった。  

(つづく)

 

半年も酷いものだが、末期の旧日本軍は2週間も掛けていないので、ロシアを指摘できる立場にはない。


3日の中には聴取後の移動時間も含まれる。実質的に訓練期間は皆無で旧日本軍の学徒兵同様に、ウクライナ軍の格好の標的となる。AI兵器なら、即日投入なのだが・・


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