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(8) 終わりなき、 国家間の陣取り合戦


 ACLへの出場の資格のないエスパルスは、歩と海斗の公式デビュー戦の録画を、練習後のクラブハウスで同僚達と見ていた。
試合の結果自体は全員が知っている。それでも2人が活躍したという結果から、中東のリーグがどの程度のものか見ておきたかった。嘗ては「身体能力が高い」とか「足が思った以上に伸びてくる」等、中東の選手の特徴について言われていたが、昨今の日本選手の個々の能力は上がり、取り分けアジアに於いては引けを取らないレベルになっている。
このまま順調なペースでシーズンを終えれば、エスパルスも来年の今頃はACLに参加しているハズなので、歩と海斗という「共通のモノサシ」で中東リーグのレベルを計ってみようと考えた。

「僕も、兄さん達も4月になったら、短期レンタルでまた来たいと思ってる」来月はフランスへ戻る圭吾が、チームメイトにそう口にするようになっていた。姉妹がオーナーなので、それもほぼ確定とも言える。同僚達もそれを聞けば活気付く。エスパルスに留まっていれば来年も安泰だと想像できるからだ。フランスもアルゼンチンもカタールリーグも、3月前半にはシーズン終了となる。そのタイミングに4兄弟の何人かが合流すれば、チームは強化される。AFCの試合に参加するとなると、JリーグのシーズンがACL(アジアチャンピオンズリーグ)と重なるので、海外移動も含めて週に2度試合がある週が出て来る。国内のカップ戦も加わると弱小クラブでは、とてもではないが持たない。選手層が厚いチームでなければ戦い続けるのは少々厳しいものがある。ACLで日本のクラブチームが毎年のように勝てない背景はここにもある。
エスパルスは南米選手も加わって、移動には専用機まであるので、個々の選手の負荷は分散・軽減できる筈だ。先ずは東地区の予選からだが、今から来年のACL参戦を睨んで、それぞれがイメージしておく必要があった。

アル・サッドの最初の得点はセットプレーからだった。歩がキッカーとして一人で立っていた。ゴールまでの距離はあるが、何度も沈めたことのあるポイントでもある。ゲームをライブで見ていた圭吾は「海斗に合わせる」と直感した。圭吾の予想した通りに、インパクトのある強い弾道が放たれた。少々低い弾道で、相手チームが作った壁に当たると思った相手チームの選手達が僅かに後退した。その壁の手前に向けて、走り込んでいった海斗が頭で合わせてコースを変え、そのままゴールした。学生の頃に何度か得点したパターンの再現だった。
この前半の得点で、先制されたサウジアラビアの選手達がホームの意地で躍動する。王族が出資しているチームで、何人かの王族が観戦に来ていたらしい。来賓試合で勝つとボーナスがドンと出るとアナウンサーが話している。

攻勢に転じたサウジアラビアに対し、両サイドバッグの兄弟が下がって相手の左右のサイド攻撃をイナしてゆく。これはAI分析によるものだろうと、テレビを見ていた選手達が冷静に見ていた。テレビ放映の日本人実況のアナウンサーと解説者だけが「海斗選手、また止めたー!」「凄い読みです!素晴らしい」と興奮していた。

2点目はコーナーキックからとなる。右コーナーなのでキッカーはカタール人の選手だった。圭吾の先制点のイメージがあるので、圭吾が執拗にマークされる。センターバックのイングランドの選手も上背があり、何度もヘディングで決めているので警戒されている。ボールが放たれると圭吾に向かってボールが飛んでいき、相手チームの2人が圭吾に体を寄せて、跳躍できないように揺らす。それでも圭吾は飛んでなんとか頭に当てたものの、予想もしない逆方向に落とした。ボールがフワリと落ちてゆく所へ歩が走り込み、トラップもせずにボレーシュートを左足で放った。これがドロップ気味に変化しながらゴールの右隅に落ちていった。スタジアムが静まり返る中、アル・サッドの選手達の喜びの声が木霊していた。「なんだよ、左も使えるのか・・」テレビを見ていた選手が言う。
「ずっと、右足をかばいながら生活してたから、左足が鍛えられたんだとさ」火垂がボソッと口にした。日本ではずっと隠していた。それは圭吾を意識していたからだ。左右の足が使える圭吾と右足専門の歩では、圭吾の方が重宝される。同じチームに居る時は弟を立てていた。A代表もエスパルスと同じ評価をしていたはずだ。その封印を、解いた。これから左右の足で歩が稼ぎ始めると、圭吾もうかうかしては居られない。歩からの挑戦状となる。

後半は、スポンサーの王族の目前で負けるわけには行かない相手が後先考えていないかのように選手交代で外人選手を次々と送り込んでくる。一体、どこの国のチームだという状況だった。帰化した選手もいるので純粋なサウジアラビア人は数人しか居なかった。
それでも予備知識があったからか、それとも、左右のサイドバックが完璧な仕事をした為かインターセプトの連続で、何回かのカウンター攻撃を繰り広げていた。そのカウンターの1つが決まって3−0で勝利した。

相手チームが弱かった訳ではない。アル・サッドは相手の攻撃を尽くブロックし、セットプレーを確実に決めて得点を積み上げてゆく強さがあった。エスパルスのコンセプトを移植する作業に兄弟は成功しているように見えた。
歩が圭吾になり、海斗が火垂になっても、なんらおかしくはなかった。エスパルスの選手たちは改めて凄い兄弟だと実感していた。

この公式戦初試合も含めて3戦全てで活躍したモリ兄弟の2人は、試合翌日の練習場で待ち構えている記者達の群れに遭遇する。ACLをテレビ放映した影響もあったのかもしれない。私設マネージャーの狭山に車庫まで運んで貰う前に2人が車から降りると、記者が群がってくる。どっちが歩で海斗なのか、分からないのだろう。困惑した表情でいる。

「先日の試合は、おふたりとも大活躍でした。調子は如何ですか?」

「まぁまぁです」海斗が答える。何か企んでる顔だ・・

「中東の気候には慣れましたか?」答えようとすると海斗が先んじた「もう慣れました」・・海斗の狙いが分かった・・

「あの、お兄さんはどちらですか?」「僕です」海斗が間髪入れずに言う。

「弟さんの先制ゴールは鮮やかでした。あれはお二人の得意なパターンなんですか?」

「ありがとうございます。僕は性格が歪んでるのであんな得点しか出来ないんです。ぁ痛っ・・」 海斗に足を踏まれていた。

「お兄さんの左足のボレーシュートも見事でした。ドライブが凄く掛かっていて美しいゴールでした」

「どうも。でもあれはマグレなんです。2度と出来ないでしょう」・・これは感謝だな・・

「カタールの選手をどう思いますか?」 2人で譲り合う。

「クレバーな選手が多いですね。うちのクラブが外人選手が少ないのは、それだけカタールの優秀な選手が集まっているからなんだと思います。サッカーが楽しめるチームですね。ご覧になられている皆さんには、どう見えてるんでしょう?」 逆質問で困らせる。

「はい、すごく面白いです。特にお二人が加わってから攻撃のバリエーションが増えたように思います」女性記者が答えたが直ぐに顰めっ面になった。

「そうですか。それではもっとバリエーションを増やすので練習してきますね。ちょっと寄っていただいて道を開けて下さい。私達を通していただきたいのです」

記者達がハッと気がついたように道を作ると、歩がスタスタと歩いてゆく。
次はどうやって突破しようとアレコレ考えている兄の後を、大したもんだと思いながら海斗が付いていった。

練習中も大勢のマスコミがカメラを回して練習風景を見ている。これで君達はドーハを無暗に歩けなくなったと選手達に笑いながら言われていた。
記者やカメラマンの中に、一人スーツ姿の男が居るのに歩は気がついていた。明らかに違う様相にどこかのクラブの関係者だろうかと思っていた。

今日の練習は試合に出ていないメンバーでミニゲームをしたので、先に調整トレーニングを終えた海斗が、マネージャーの狭山と先にクラブハウスを去ろうと駐車場に移動していた。
車の前にスーツ姿の男が立っていて、こちらに気がついて寄ってくる。白人で爽やかな顔をしているので、海斗は警戒を解いていた。

「モリさん、ちょっとだけ宜しいですか、私、こういったものです」名刺を出してきた。オランダ資本の石油メジャー会社だった。

「どのようなご要件でしょう?」狭山に名刺を渡しながら訊ねる。狭山も首をひねっている。

「突然ですみません。モリさんが進めているスポーツショップですが、あの店舗の横展開を私共で支援させていただけないでしょうか?」

「支援といいますと?」そういう話ならばと、積極的に聞く姿勢に転じた。

「CMです。カタールにアルジャジーラという放送局がありますが、RsSportsのCMを作成して流すのです。私共がスポンサーを務めているスポーツ番組で流します。中東で放映されますよ」それはいいと海斗は思った。

「ええっと、お話の骨子は判りましたが、兄とも相談してみます。私だけの店ではありませんので」

「あぁ、わかりました。ではお二方のご都合のいい時に改めてお時間を頂いて、詳細の説明をしたいのです。お手数ですが、この名刺の番号にご連絡をいただけませんでしょうか?」

「分かりました。では改めてご連絡いたします」

「突然で申し訳ありませんでした。では、宜しくお願い致します」男はお辞儀をして去っていった。海斗は引っ掛かっていた。何故、ウチの車だと知っているのだろうと。

「ちょっと、荷物いいかな、忘れものしちゃったよ」

「ああ、分かった・・」狭山が海斗の荷物を受け取ると、海斗が走っていった。

一般車両の駐車場の側に来ると歩き始めて車両が出て来る場所で陰に隠れた。直列6気筒のエンジン音が聞こえてきた。日本で乗っていた車と同じなので直ぐに分かった。
幸いにして車はゆっくりと出てきた。運転席に先程の男が居るのを確認して、通り過ぎた後ろのナンバープレートを写真に納めた。やはり疑問は解消されなかった。名刺の住所はアムステルダムなのに、カタールのナンバープレートと言うのは・・・

ーーーー

規定では乗員4名のミニジェットなのだが、エンジン出力がオリジナルの2.6倍なので8人で乗り込む。コクピットにモリと玲子が座るので、実質2人分の増員となるが重量的には何ら問題は無い。2人には補助席に座ってもらって、1時間半のラサ迄の飛行を耐え偲んでいただく。

バングラディシュ・ダッカを飛び立つ前に、8人で作業着に着替えると、特殊な洗剤を浸したモップで擦った。塗装の色がグレーから直ぐにワインレッドのような臙脂色に変わった。ベネズエラA代表の色で違和感は無くなった。モリでさえ半信半疑だったが、これでナイジェリアの空母とモロッコとビルマに居た、鼠色の飛行機では無くなった。バングラデシュ政府に対応をお願いしてあって、飛び立つのと同時にパナマ機からベネズエラ機となる。モリとしてはグレーの方が良かったので、逆だったら良かったのにと思ったのだが、こればかりは贅沢は言えない。

ラサ空港に降りてゆくと、待ち構えていた中国のマスコミ達が「あんな色の機体はラングーンに無かった、一体どこに身を潜めていたのだろうか。ひょっとして、マンダレーとか他の北部の街に居たのではないか?」
と言っていた。アメリカと中国の諜報機関はビルマにいる構成員にビルマの地方都市の空港に当たって、エンジ色のミニジェットが駐機していなかったか確認しろ、と指示が飛んだ。多少はビルマ経済に貢献するだろう。

特殊部隊の6人は、ケースに納めた小銃を恭しく自衛隊のヘリに移動させる。今回のミッションで早速使うことにしたようだ。
先に到着していたサチと彩乃が、玲子と共にヘリに乗り込む。これから4機のヘリで資源調査に向かう。ヘリには資源探査担当のロボット達9体も乗っている。

タイ人の経産大臣とヘリを見送ってから、車へ向かった。これで空港ビル内に居るマスコミとは接触から回避される。ローカルな佇まいの空港は何でもアリだ。
ヘリ4機は資源探査衛星で確認された、チャカ塩湖の湖岸から離れた箇所にリチウムの層と、そこから1km程離れた所にウラン抗、この2箇所の採掘前の調査に向かった。探査ロボットも3チーム分用意したので、2箇所で一斉に作業を行う。サチと彩乃はそれぞれの場所でロボットのオペレーション業務とサポートを担当する。自衛官達は採掘にあたり、キャンプ地と施設の建設地を決める。特殊部隊と自衛官数名が2箇所の警備を担う。

空港からホテルに到着すると、やはりマスコミが大挙して待ち構えていたが笑顔で会釈しながら素通りして、待っていた櫻田と越山と打合せを始めた。

ーーー

イスラエルの衛星がチベット上空に差し掛かる。高度2万mに静止衛星を幾つか発見する。ナイジェリア上空とは異なる衛星が1機あり、衛星の種類の判別を行う。しかし、イスラエルにはデータのない衛星だった。

モサドによって推論が導かれる。モリ一行がチベット入りした際、待機していた4機のヘリにモリ以外のメンバー7人が乗り込んでいった。このヘリの目的地が分からないが、ロボットも数多く積んだのと、IT企業のBlue Mugs社の社長が乗り込んだので、資源探査ではないかと推測した。正体不明の衛星が資源探査衛星だと仮定すると、その衛星が焦点を当てているエリアを見定めて、イスラエルの偵察衛星を固定して地上で何をしているのか、突き止めることにした。
そもそも、中国がチベットを手放すのを頑なに拒んだ説の一つに、膨大な資源が埋蔵されているというものがある。占領中の中国が掘り出すと世界中から非難を浴びるかもしれないと考えて、敢えて採掘をしなかったのか、もしくは既存の資源との兼ね合いで、新たな資源を生み出すと既存の資源価格が下がってしまう等の、諸々の事情があったのかもしれない。
中国がチベットを国家として認めたので、資源発見・採掘して何の問題もない。北朝鮮、グァテマラと続けて探査・発掘してきた日本に委託した事業という体であるのならば、それなりの期待も出来るだろう。

「最近の宝石の流通量の増加にも、日本の資源探査が関与しているのかもしれません。この資源探査ロボットが使われるようになると、地球の資源が見直されるかもしれない」経済担当が指摘すると、モサドの司令が頷いた。

「確かにそれはあるかもしれない。ベネズエラがアメリカのExxonMobi/社を傘下に納めたのも今になって考えると辻褄が合うんだ。元々、ユダヤ資本の企業でもあったので、モリの反シオニズムの一環かと見ていたが、私達は見方を誤っていたかもしれない。
未だに謎とされているのが、米国産シェールオイルの採掘権を一手に引き受けている矛盾だ。石油の採掘コストが高いはずのをシェールオイルを、他社よりも安価に市場に提供して、ガソリン販売事業をリードし続けている。この矛盾を解消するには、全く異なる採掘方法を行っているか、石油精製時に何らかの技術を施しているか、いずれかしか考えられないのだよ」

「北朝鮮とグァテマラの石油事業は、エクソン社に委ねられるようになりました。台湾と海峡を接するが沖縄離島沖の石油備蓄基地の管理も、エクソン社が担っています」IT部門長が検索した内容を報告する。

「昨年、苦境のどん底にあったあの会社を買収した時は、ユダヤ社会でも安堵する声が出ました。アメリカ政府も即座に受け入れた。そのエクソン社が石油、LNGといった地下資源で優位に立ちながら、水素エネルギー、太陽光発電を各国で始めて、電力事業者として飛躍的な成長をしています。
他の石油メジャーや各国の電力事業者を脅かす存在となり、競合他社を買収するのではないかと囁かれています」 経済担当が報告する。

「アフリカ各国の石油も買い入れて、メキシコ湾の石油備蓄基地に運んでいましたが、今はパナマのコロン市沿岸に新設した石油基地に運んでいます」国際部の責任者が衛星の捉えた情報を表示しながら報告する。

「現在の日本の優位性を生み出したのはテクノロジーだ。製造業では部品精度と品質を高めた。これもIT、我が国を含めた各国が一向に追い付けない、AIによる開発能力の進化だとも言われている。それ故に、様々な箇所で画期的なテクノロジーの進化が生まれているのだが、その技術力が齎す変化が、世界を混乱させる可能性があるとして、日本は小出しにしていると考えられている。真っ先にその日本に迎合したのがロシアだ。表立ってはいないが、CIS諸国と中央アジアに於ける日本との共同事業でベースとなる外貨収益を実現している。その対価としてロシアは陰の日本の後ろ盾となって、間接的に米軍をアジアから後退させた。ちっぽけな日本北部4島を返しただけで、この成果だ。ロシアに取って、極めて大きな成果だと言えるだろう。
中国も当初は日中露の3ヶ国に加わって動いていたが、中国の経済急成長が国内の矛盾を増大させて、内側から脆くなっていった。
米国右派の関与もあって、共産国家で有りながら国内に右派勢力・民族主義者を台頭させてしまった。やがて、アメリカ内や各少数民族へのウィルステロ事件を起こす温床となり、軍部の各組織の暗躍へと繋がってしまった。
私は、日本が何よりも恐れているのは中国の崩壊なのだと考えている。大多数を占める漢族と、それ以外の民族の対立の図式に加えて、漢族内での分裂が進んでくると、中国の4千年の伝統芸でもある権力闘争が再燃する。
内乱や反乱は大いに起こりうると私は見ている。それが、中国の長い歴史絵巻でもあるからだ」

「中国の崩壊など、あり得るのでしょうか」

「大いにあり得ると見ている。今の執行部はチベット開放により、既に内部から非難を浴びている。執行部に追従してきた北京周辺を束ねる人民解放軍が、執行部から離反し始めているとも聞く。昨年、モリが中国の顧問だった際に、驚くべき事を成し遂げているんだ。あまり表立っていないのだが、彼は人民解放軍を縮小した。軍事予算の削減を名目にして、軍の人員を縮小して民間企業へ分配し、軍が所収している武器を回収・改良して、中米、中央アジア、中東といった安価な武器を欲している国々へ売却していった。同時に、中国各地を拠点としている各地方行政と各地方選出の代議士との癒着の構造にメスを入れて、内乱分子を人民解放軍から追い出すことに成功した。
それで現執行部は国内の敵対勢力が弱体化し、一旦は落ち着いた。今の執行部はモリには頭が上がらない。逆に地方に禍根を残してしまったがね」

「そこまでやっていたのですか・・」

「アメリカには、人民解放軍が弱体化したとしか見えていなかっただろうが、国連事務総長に若くして抜擢されて10年間で国連帝国を築き上げたモリが、それだけで済ませる筈がなかった。中南海の中枢に入り込んで、一時は主席のように全権を奮っていた。誰が執行部に敵対する者かを知って、その手足となっている各地の人民解放軍の責任者を次々と更迭していった」

「それで現首脳陣が一時期、急に復活したのですか・・」

「アメリカとの間にも入って、アメリカを宥めつつ、中国国内が荒れるのを防いだ。もし、もしもの話だ。中国で抗争が起こって内乱となれば難民が生まれる。アジアにとって最悪なのは、中国人16億人の難民化だ。アジアが混乱するのは、アメリカには願ってもないストーリーだろうがね」司令がニヤリと笑うと、誰もがゾッとした。アメリカならば機と捉えるかもしれない。

「チベットで日米が協力体制にあるように見えても、両国の描いている今後の中国は、全く異なるかもしれないと言うことですか?」

「私には、そうとしか思えないんだ。何故CIAは今になって、日本の各国にある施設や基地を捜索し始めたのだろうか、と考えた。私はウィグル人収容者を日本がどこに匿っているか彼らが調査していると、半ば断定している」

「アメリカのメディア各社が、モリの不在でインドから一斉にビルマに移動しました。あれは米国政府が情報をリークしたからなのか・・」

「もし、実際にビルマに収容者を隠していた。例えばそれが日本の基地だったとどこかのマスコミが報じると、日本も黙っている訳にはいかなくなる。収容者の存在が明るみに出れば、それこそ中国執行部には大打撃となるだろう。その時、漁夫の利を得るのはどこだね?」モサドの司令はメガネを外して、天井を仰ぎ見た。・・中国の動乱など、世界に齎す影響は計り知れないものがある・・

「しかし、モリがチベットに予定通り現れた事で、ビルマで匿っている可能性は無くなったと言うことか・・」
経済部の責任者が敢えて、答えを導くように言葉を繋いだ。

「そういうことだ。そうでなければ、アジア中のCIAが日本の統治先である北朝鮮に一斉に展開しないだろう。曲がりなりにも、日米は同盟国だ」

会議室が重苦しいものになったが、イスラエルにすれば、日米どちらのカードを選ぶかという話だ。どちらの国がイスラエルとユダヤ人にメリットを齎すのか、その答えは全員一致していたのだが。

ーーーー

モリがチベット入りしたことで、ビルマに居たメディアは一斉にラサへ向かった。どこの誰だ、特ダネがビルマにあるとホザいたのは、CIAはその程度の能力しかないのか、と記者たちは陰鬱な顔をしていた。ビルマから直行便があるはずもない。インドで乗り継がねばならず、乗り換えの時間も含めると12時間以上も掛かる。ガセネタに振り回されて踏んだり蹴ったりだった。CIA上層部は、見込み発進した結果が無駄足となったばかりか、メディアとの信頼を損ねる失敗を起こしてしまい落胆していた。追い打ちを掛けるように、ラサに居るコンサルタント会社の職員経由の情報として、自衛隊のヘリ4機が ロボットを載せて飛び立った。資源探査目的ならばアメリカも加わらねば遅れを取る、大至急対応して欲しいと要請を受けた。
軍とCIAにとっては大事なスポンサーでもあるので、慌てて追いかけようとしたのだが、日本のヘリはレーダーからぷっつりと消えてしまった。

「その周辺に着陸したのだろう、一帯を隈なく探せ!」とヘリが慌てて飛び立つも見つからないでいた。それどころか、中国軍のヘリがチベット領内まで侵入していたので、数機のヘリで中国機を追い始めた。今度は米軍の失態へと転じた。国防は米軍の担当だ。中国のヘリは一体どこから侵入したのだろう。日本も中国も、レーダーを掻い潜るテクノロジーを持っているのではないだろうかと焦っていた。
日本の4機のヘリの行方を探して、数機のヘリが飛び回る。しかし、闇雲に飛び回っても簡単には見つからない。チベットも広いのだ。

米軍上層部もCIA上層部も、中国のヘリが現れた事で、アメリカの動きを把握していた事実に気付いた。ラサの米軍駐屯地が盗聴されている可能性があると。この数日間のビルマでの動きも知られていた可能性がある。日本とアメリカが一枚岩では無いと知られたことよりも、ウィグル人収容者を救出したのは日本だと、中国に教えてしまったとようやく理解した。CIA長官は慌てて大統領に連絡を取るが、カリフォルニアを視察中で捕まらなかった。

米国国防長官は頭を抱えながら、国務長官室に入っていった。モリは今度は許してくれないだろう、これで3度目だ・・しかし、副大統領に代わるにしても、いま以上の混乱が齎されるだけかもしれない。胸が苦しくて仕方がなかった。アメリカはどうすれば良いのか・・

ーーーー

中国の上層部は、頓に活気づいていた。日米の間に楔を打ち込める可能性が出てきたからだ。誰が収容所を攻撃したのかは別として、日本が収容者を匿っている可能性が極めて高くなった。
米国は本件には一切関与していない可能性がある。収容者の情報を手に入れて、米国の対中国の立場を、より攻撃的なものにしたかったのだろう。

もう一つ気になったのは盗聴している内容だ。「ヘリがレーダーから消えた」と米国が騒いでいる下りがある。中国のレーダーは既に米軍によって撤去されているので、補足できないが、ヘリがレーダーに映らない技術を日本が持っているとすれば、国外へ連れ去るのも可能だったという推論が成り立つ。そうすると、日本の単独犯行である可能性が急浮上する。

いずれにせよ、日本そしてモリは、米国に対して疑心暗鬼どころか、怒りすら感じているだろう。緻密で、完璧だったはずの作戦が、間の抜けた米国によって台無しにされたからだ。
この日米間の意思の不一致の行方を見届けながら、収容者の捜索先を日本国内と北朝鮮へ移行する指示を、中国執行部が発した。

(つづく)

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