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ゲーム制作のための文学(13) ガルガンチュアとパンタグリュエル、真理と人間を探求するのではない第三の道。

今日は5月4日、昨日は憲法記念日でした。そして、5月29日に開催される文学フリマ東京まで残り25日となりました。

現在、文学フリマ東京に向けて、『ゲーム制作のための文学』を制作しています。これはゲーム制作、主にゲームシナリオに携わる人たちに向けて文学の知識をまとめたものです。

文学といえば、すぐにル・クレジオやバルガス・リョサ、あるいはディケンズやドストエフスキーなどの成熟した時代の作家を扱いがちですが、何事も基本が重要だと思います。

よって、『ゲーム制作のための文学』では、文学の一つの頂点である小説ではなくて、小説が生まれるまでの文学に触れます。

斬新さよりも、一般的な大学生の誰もが学ぶような文学作品を取り上げて文学を紹介したいと思います。

今日は、3人目の文学者ラブレーです。

ダンテが普遍的真理を、ボッカチオが人間とは何かを追求しました。文学では主題や世界観が重要なのか、それとも人物が重要なのかという問いに対してラブレーは衝撃の回答を与えます。

二人の真面目なイタリア人にたいして、フランス人のラブレーはどのような結論を下すのでしょう。

『ゲーム制作のための文学』『


 第十二章 ガルガンチュアとパンタグリュエル(ラブレー)

 多くの企業から販売されているデジタルゲーム、そして子ども達から時間を盗むことを目的としているとしか思えない、漫画、アニメ、ライトノベルが社会問題とされていることは広く知られているでしょう。
 日本では意識の高いおじさまたちがアニメキャラクターを馬鹿にして、中国では法律によってゲームを規制するようになっています。
 人々はサブカルチャーによる文化の汚染に絶望しているようです。
 しかし、世のビジネスマンは賢いので、このサブカルチャーを利用して子ども達に勉強を教えようというプロジェクトがあります。子ども達が嫌いな歴史や科学や文学を、タブカルチャーという砂糖により甘くして提供してしまおうという発想です。
 文学や芸術の問題は、その表現が古いこと。
 文学には世界にたいする普遍的な真理と、人間存在に対する深い理解があるのだから、それを現代風にアレンジすれば、そこには素晴らし何かが生まれるだろう。
 サブカルチャーの問題は、その内容に価値がないこと。ただ楽しいことだけで中身がないからだという発想です。
 だから、高尚な学問を土台にすれば、サブカルチャーは文明を破壊するのではなく社会の発展に貢献できる。ゲームは悪くない。悪いのは、ゲームそのものではなくてゲームに含まれる低俗な内容である。

 という議論の流れは、そもそも正しいのでしょうか?
 今日は三人目の文学者、フランソワ・ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』について書きます。

 フランソワ・ラブレーは一四八三年に生まれたとされる、フランス・ルネサンスを代表する文学者です。ダンテが一二六五年に生まれて、ボッカチオが1313年に生まれたので、彼らよりも後の時代の人文学者となります。
 ダンテは『神曲』において普遍的真理を探究しました。彼の物語は地獄、煉獄、天国と物語の普遍構造を昇っていきます。日本文学において、序破急が重要視されたように彼は3幕構成を守ります。
 一方、人曲のボッカチオは『デカメロン』において人間を深めます。彼の物語は十人の男女が面白いお話をすることで進行します。彼は高尚な真理や神を問題にするよりも、人間を問題にしたかったのです。

 それでは、この偉大な二人のイタリア人に対して、フランス人のラブレーは何を追求したのでしょうか?
 何も追求していません。
 読者が深読みをしないように、前文でラブレー本人がはっきりと断言していますが『ガルガンチュアとパンタグリュエル』は中身のない作品であり、この物語には善悪や深い感情は書かれていません、この物語から学ぶことができるのはただ笑いのみで、笑いのみであるべきだと書いてあります。
 巨人が出てくる話ですが、何か深い象徴的な意図があるわけではなく、ただ巨人の話が人気で売れているから書いたようです。巨人の話が人気だから書く、ただ人気であるというだけの理由で書いたと宣言しています。
 本文にも巨人物語は楽しいよ、巨人とは何かは『ガルガンチュア年代記』(作者はラブレーではない)を読んでねと書かれています。衝撃の二次創作です。売れている本の設定をそのまま使ったら売れると思ったから書きました、と恐ろしいことを書いています。芸術家というよりもビジネスマンです。
 内容は雑で、哲学的な感動はなく、このような本を真面目で良い子のカトリックが許すはずもなく、順当に発禁になりました。
 最近(二〇二一年)、中国は体制批判が含まれていると多くのデジタルゲーム会社に圧力と制限をかけましたが、おそらく本当の理由は体制批判ではなく、ゲーム依存症の子ども達を何とかしたかったからだと思われます。
 楽しいことは悪いことなのです。

 文学や芸術でドラゴンといえば、天使の敵にして、ワーグナーの戯曲『ジークフリート』では人間の欲望を象徴するような存在として描かれています。七つの大罪のキャラクター化、それこそがドラゴンです。
 それは英雄が乗り越えなくてはならない人間の弱さなのです。
 しかし、デジタルゲームのドラゴンは、ただの火を噴く巨大なトカゲで哲学的な意図など欠片も感じられません。
 強くて凶暴で格好良いだけです。
 ぎゃおんと雄叫びを上げながら、火を噴いて、多くのRPGでも遭遇したら大変な敵として登場します。そこに哲学は、少なくとも神学はありません。彼らの役割は罪の視覚化ではなくて動物園のライオンです。
 ラブレーの巨人も似たような感じで、そこにオリンポス神と戦ったティターン族が表現されているようには思えません。巨人たるティターン族は一つ目で、それは力がすべてであるという彼らの視野の狭さを象徴しているそうですが、ラブレーの巨人に深遠な設定はなく、ただの大きな人間です。

 ラブレーが追求したかったのは、純粋な面白さです。
 ラブレーは『ガルガンチュアとパンタグリュエル』の前文でソクラテスについて言及していますが、ソクラテスは哲学者達をからかい、お酒が好きで人生を楽しみ、そして若者を堕落させる詐欺師として非難されていたと紹介しています(プラトンの記述と一致します)。
 しかし、彼の弟子であるプラトンは『国家』を書いて、その弟子であるアリストテレスはギリシャ哲学を発展させました。
 ラブレーはこれらの事実に深い真理があると書いています。楽しいということには、若者が楽しいと思うことにはそれ自体に何かがあるのではないかとラブレーは考えます。ソクラテスは哲学者ではなくて、若者に媚びているだけだと思われていました。しかし、今は逆にソクラテス以前が「お遊び」だと思われています。
 ただ面白いだけのことを馬鹿にすることはできないのです。

 前回、ボッカチオの話をしたときに、高尚なダンテの『神曲』にたいして、日常で素朴で人間を扱った『デカメロン』と紹介しました。しかし、ラブレーにとっては人間存在を深めるという発想がそもそも高尚すぎます。
 普遍的真理か、人間存在の本質か、その枠組みがすでに駄目なのです。
 面白いこと、ただそれだけを追求したい。面白いことには価値がある。
 私たちが物語を面白いと思い、しかし中身がない、哲学がない、思想がないと思うときには慎重になるべきかもしれません。現代人には認識できない新しい価値観を提唱しているだけなのかもしれないのです。
 むしろ、面白さ以外に何もないような作品、面白さだけを追求したコンテンツにこそ私たちが見逃している大切なこと、私たちがまだ気がついていない大切なことがある、そのように判断するのがラブレーの創作の戦略です。
 物語か人物か、などはどうでもよくて面白いことが重要なのです。
 そして、面白い物語というのは、高尚な物語の劣化ではなくて、それとは別の分野のそれ自体が価値のあるものなのです。
 勉強のためにエンタメを利用する人は馬鹿なのです。
 かつて、ある創作者の集まりで、純文学とミステリーや空想科学小説などのエンターテイメントは実際にはどちらが価値があるのか年配の人たちが議論していたので、面白いのでライトノベルを題材にしました。
 芥川賞対直木賞という思考の枠組みの人は、純文学対大衆小説の世界観の人はどのようにライトノベルを読むのでしょう。
 すると、エンターテイメント派の人は言いました。
「これはエンターテイメントではなくてビジネス」
 十年前、文化活動とすら思われていなかったサブカルチャーは、その活動を活発化させているように思えます。
 さらに、メタバースなどの先端ビジネスに役立ちそうなのは、明らかに文学やエンターテイメントではなくて、ライトノベルや異世界転生です。現代文学が文明の発展に貢献しそうには見えません。
 もしラブレーが今生きていたら、彼は純文学を馬鹿にして異世界転生やデジタルゲームにしか興味を持たないでしょう。そして、間違いなく、高尚な文学や古い学問を、異世界転生やデジタルゲームに持ち込むことに反対したでしょう。新しい感性が、古い感性で汚染されることを嫌うからです。
 面白さを追求すること、それ以外は不純なのです。



』『ゲーム制作のための文学』

というわけで、ラブレーの結論は「面白さ」でした。世界観かキャタクターかどちらが重要であるのかを考える前に、そもそもどこに向かうのかを考えようという話です。


今日は以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。よろしければスキ、フォローをお願いします。

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