近現代を考える二三のこと。




・休みの日は有意義に使わないと
・仕事終わりに勉強しなきゃ
・通勤時間中も読書しなきゃ
人生を過剰に効率化する試みは危険です
内面を豊かにしたいからこそ勉強熱心なのに
実はどんどんハイスコア=善という思想を自分に植え付けてません?

善悪など無い。

あるのは、「生き延びるために、強くなる」ってことに過ぎない。


「強いから生き延びれるのではない。生き延びたから強かったとしか言えない」

のだよ。

あと「無用の用」だは。




権利や義務を、確実に理解し実行できるのは、それだけの富と時間がある「王侯貴族と経営者」だけなのです。

話は少し違うが、孔子でも「礼法」は全部はわからんかった。国家の廟堂の礼儀までは、詳細には把握できなかった。
それくらいに「王侯貴族・経営者」でなければ、把握し切れないモノってあるのだけど・・

権利と義務など、それを庶民や労働者・雇用主が、理解し実行できるか、かなり危うい。

特に庶民となると・・・

現実的な「時間」や「物資」も足りなけりゃ、さらにそれを知る教育も脆弱。

なら無理だは・・・


今日、自動車の免許更新に行ってきたが、更新の講習で「運転手の義務云々」って言ってたが、それだけ「大きなモノ・力」をもって運用すると、それに伴う「義務」が生まれる。

王侯貴族・経営者も、それだけの「富とそれによって発生する権力・権威」には、同然に義務や権利と発生させ、それで規制しないと、「庶民」という歩行者は、普通に跳ねられて死んでいくのですは。



ついでの話。



多少気づいたみたいね、このツイ主は。

もっというと「天皇家と米英の植民地が日本列島」という事実に気づくと、逆賊天皇を斬り殺して、米英を駆逐し、日本は独立できる。







日本で、「無宗教」とか「宗教」とか、きょとんした顔をされるのは、基本的に「宗教で区別するのは馬鹿」という、宗教文化に生きているから。

もっというと「宗教で区別差別しない、他人の宗教を馬鹿にしない・排斥しない」ってのが、日本人の「宗教」でもあった。


そもそも「西欧の宗教」=バチカン教・新教とは、全然前提が違う。


他宗旨を認める能力が皆無なバチカン教・プロテスタンが、もっというと、異常すぎるのだよね。

なんせ、イスラムなど、儒教・道教・仏教の、中国と1000年ほど共存しているのだしね。

中国で、他宗旨と共存できない宗教が、異常すぎるってのが、一つの「指標」かもしれない。



天皇の無い 蒼い空を取り戻す


慈悲と憐みの富む社会になりますように。





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