狂気のストーリー「天皇」が終わらないと日本人は死滅です。

社会・政治については、自分で考えない・考えれない日本人。

人間なら、それなりに考えてた…生き延びるために。

でもそれをすると「生きれない」日本列島では、日本人は退化して猿になります。

偽ニホンザル=日本人は、ニホンザル保護のために絶滅させられます。

これも日本人が「政治を考えない・天皇を崇拝する」とかして人間では無くなったからです。

政治を考え・天皇を根絶すると、日本列島は、日本人の手に戻り日本人は助かります。

元CIA諜報員で国務省職員のラリー・ジョンソン氏、タッカー・カールソンのインタビューについて語る。


【RusNews解説】タッカーが引出した意外な米露の歴史‼️〜ロシア軍攻勢強まる


日本国民のためのプーチンインタビュー/凝縮吹替版


より

上記文抜粋
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キリストの幕屋信者、イスラエル軍のガザ前線部隊を「慰問」 政権との近さ露骨

11月 25日 Pars Today

日本のカルト団体「キリストの幕屋」のうち、シオニスト政権イスラエルの占領地で暮らす日本人信者らが、ガザ侵攻の前線部隊を「慰問」する動画が公開されました。(抜粋)

★注、「ヒトゴロシ」を推奨する「ヒトデナシ」は破壊的カルト宗教だけで、イラン国営通信社Pars Todayが指摘するように、何とオルタナティブな護憲左派「逝きし世の面影」ブログにまで、「中東で民主的なのはイスラエルだけ。他は全部が専制国家だ」と谷内意咲の夜郎自大な意味不明のお馬鹿ヘイトコメント投稿を厚かましくも行っているのですから???破壊的カルト宗教「キリストの幕屋」の脳内妄想にしても不可解。不気味である

与党自民党を支配しているのは「統一協会」ではなく「日本会議」

グローバルスタンダードでは政府閣僚の序列は国務大臣(外相)と防衛相(国防長官)がツートップだが、ガラパゴス日本では外交も国防もアメリカに丸投げしていて何もすることが無い。このために新人若手政治家が初めて任命される三流腰かけ大臣の椅子が外相と防衛相。その逆に長年にわたって与党自民党が一番重要視しているのが「教育」行政の文部大臣だった。日本の極右勢力「日本会議」も一番力を入れているのが「新しい教科書を作る会」など教育関連で、過去の歴史認識の破壊や邪魔な教職員組合の破壊しか関心が無い。

教組の死亡と信者の高齢化で国粋主義の神道系カルト宗教「生長の家」が弱体化した隙をついて「日本会議」を乗っ取った日本人シオニスト「キリストの幕屋」米イスラエル従属の奇妙なグループが今の日本政府やgoo検閲を実質的に支配。隠せないものを隠す異常(★注、非アラブ人系の白人改宗ユダヤ人ハザール(カザール)タブー以上に、「消えた弾丸」安倍殺しの方が危ないタブーらしい 2023年12月14日 | 政治 「終わり」が始まった


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抜粋終わり

教組の死亡と信者の高齢化で国粋主義の神道系カルト宗教「生長の家」が弱体化した隙をついて「日本会議」を乗っ取った日本人シオニスト「キリストの幕屋」米イスラエル従属の奇妙なグループが今の日本政府やgoo検閲を実質的に支配。隠せないものを隠す異常(★注、非アラブ人系の白人改宗ユダヤ人ハザール(カザール)タブー以上に、「消えた弾丸」安倍殺しの方が危ないタブーらしい 

天皇~カトリックだし。

安倍晋三暗殺は、米国軍と天皇家の合作。。それなりにそれに貢献してきた安倍さんが殺されたのだし・・。

そんな意味で、危険なのでしょうね。

まあ「日本人をぶっ殺す」のバチカンの宿願だしな。

妄想・・物語は、、、終わる・・・いや崩壊する・・。


より

上記文抜粋
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エマニュエル・トッド 『西洋の敗北』(2024)

スレッドになってるので全文はリンク先で読んでください。
翻訳ありがとうございます。


Alzhacker@Alzhacker
https://twitter.com/Alzhacker/status/1757667379566592213

エマニュエル・トッド 『西洋の敗北』(2024) 

はじめに(抜粋)
ほとんどの戦争、特に世界大戦がそうであるように、この戦争も計画通りには進まなかった。主なものを10個挙げてみた。

1つ目は、ヨーロッパで戦争が勃発したこと、
つまり2つの国家間で実際に戦争が起こったことで、恒久的な平和に落ち着いていると思っていた大陸にとっては前例のない出来事だった。

第2は、この戦争に巻き込まれた2つの敵対国、アメリカとロシアである。アメリカは10年以上前から、中国を主敵と見なしていた。ワシントンでは、中国に対する敵意は政治的なスペクトルを超えており、近年、共和党と民主党がなんとか一致できた唯一の点であっただろう。今、私たちはウクライナを通じて、アメリカとロシアの対立を目の当たりにしている。

第3の驚きは、ウクライナの軍事的抵抗である。
誰もが、ウクライナはすぐに鎮圧されると予想していた。悪魔のようなプーチンの幼稚で誇張されたイメージを形成してきた多くの西側諸国民は、ロシアが60万3700平方キロメートルのウクライナに10万から12万の軍隊を送ったに過ぎないことを見ようとしなかった。

しかし、ロシア人自身が一番驚いていた。彼らの頭の中では、多くの情報通の欧米人と同様、そして実際にも、ウクライナは技術的には破綻国家として知られていた。1991年の独立以来、ウクライナは移住と少子化によっておそらく1100万人の住民を失っていた。

ウクライナはオリガルヒに支配され、汚職は非常識なレベルに達し、国と国民は売りに出されているようだった。戦争前夜、ウクライナは安価な代理出産の約束の地となっていた。誰も予想できなかったのは、戦争に生きる理由、自らの存在を正当化する理由を見出すことだった。

第4の驚きは、ロシアの経済的回復力である。
私たちは、制裁、特にSWIFT銀行間取引システムからのロシアの銀行の排除は、ロシアを屈服させるだろうと言われていた。

第5の驚き:欧州の意志の崩壊である。
ショルツ首相の躊躇を含め、ライン川の向こう側では当初、消極的な姿勢も見られたが、EUはあっという間に自国の利益を守ることを放棄し、ロシアのエネルギーおよび(より一般的な)貿易パートナーから自らを切り離し、自らをますます厳しく罰していった。

ドイツは、自国のエネルギー供給の一端を担っていたノルド・ストリーム・ガスパイプラインの破壊行為を、ひるむことなく受け入れた。かろうじて20年前には、ドイツとフランスが共同でイラク戦争に反対し、シュレーダー首相、シラク大統領、プーチン大統領が共同記者会見を行っていたことを思い出すと、地政学的な自立者としての欧州の衰退は不可解である。

この戦争における6つ目の驚きは、イギリスが反ロシアのならず者として、またNATOの愚か者として台頭してきたことだ。
イギリス国防省(MoD)はすぐに西側メディアに取り上げられ、アメリカのネオコンを生ぬるい軍国主義者に見せるほど、この紛争に最も興奮した論評者の一人となった。英国はウクライナに長距離ミサイルと重戦車を最初に送り込もうとしていた。

この好戦的な態度は、同様に奇妙な形で、長い間平和的な気質であり、戦闘よりも中立に傾いていたスカンジナビアにも影響を及ぼした。したがって、北欧のイギリスの熱狂に付随する、同じくプロテスタントの第七の驚きを見つける。ノルウェーとデンマークは、アメリカ合衆国の非常に重要な軍事的中継地となっているが、フィンランドとスウェーデンは、NATOへの加盟により、新たな戦争への関心を明らかにしている。これは、ロシアによるウクライナ侵攻以前から存在していたものであることがわかる。

第8の驚きは、最も...驚くべきものだ。ゆっくりとした積み重ねの後、2023年6月、国防総省を情報源とする数多くの報告書や記事によって、公式に懸念が表明された: それは軍事大国であるアメリカからもたらされた。

アメリカの軍需産業には欠陥があり、世界の超大国はウクライナの子分に砲弾を供給することができない。1つ目は、物的資源の不足のために戦争に負けているウクライナ軍にとっての問題であり、2つ目は、西側の政治経済学にとっての問題である。国内総生産という概念はもはや時代遅れであり、新自由主義的政治経済と現実の関係について考えなければならない。

第9の驚きは、西側のイデオロギー的な孤独と、自らの孤立に対する無知である。
世界が従うべき価値観を示すことに慣れてしまった西側諸国は、心から、愚かにも、地球全体がロシアへの憤りを共有すると期待していた。彼らは失望した。戦争という最初の衝撃が過ぎ去ると、ロシアに対する控えめな支持はいたるところで見られなくなった。アメリカが次の敵国としてリストアップしている中国が、NATOを支持しないことも予想できたかもしれない。しかし、イデオロギー的ナルシシズムに目がくらんだ大西洋両岸のコメンテーターたちは、中国がロシアを支持しないかもしれないことを1年以上も真剣に考え続けてきた。

インドは世界最大の民主主義国家であり、これは「自由民主主義国家」にとって恥ずべきことだからだ。私たちは、インドの軍備は大部分がソ連製だからだと安心した。すぐにロシアに無人機を提供したイランの場合、直後のニュースのコメンテーターたちは、この和解の意義を理解できなかった。

両国を悪の勢力としてひとくくりにすることに慣れていたメディアなどの地政学の素人たちは、両国の同盟関係が自明とはほど遠いものであることを忘れていたのだ。

歴史的に、イランの敵は2つあった。大英帝国崩壊後にアメリカに取って代わられたイギリスと、そしてロシアである。この方向転換は、現在進行中の地政学的激変の規模を警告するものであったはずだ。

NATO加盟国であるトルコは、プーチン率いるロシアとますます緊密な関係を築いているように見える。西側諸国から見れば、独裁者同士は明らかに共通の願望を抱いているという解釈しかなかった。しかし、2023年5月にエルドアンが民主的に再選されて以来、この路線は難しくなっている。

実際、1年半の戦争を経て、イスラム世界全体がロシアを敵対国ではなくパートナーとして見なしているようだ。サウジアラビアとロシアは、石油生産と価格の管理に関して、お互いをイデオロギー的な敵対者ではなく、経済的なパートナーとして見ていることがますます明らかになっている。より一般的には、日々、戦争の経済力学が発展途上国の西側諸国への敵意を高めている。

10番目の、そして最後の驚きが今、現実のものとなりつつある。西側の敗北である。戦争が終わっていないのに、このような発言は驚きかもしれない。しかし、西側諸国はロシアに攻撃されるのではなく、自滅しているのだから、この敗北は確実なのだ。

視野を広げ、戦争という暴力が正当に喚起する感情から少し逃避してみよう。私たちは今、グローバリゼーションが完成された時代にいる。地政学的な見方をしてみよう。現実には、ロシアは主要な問題ではない。人口が減少している割には巨大すぎるロシアは、地球を掌握することはできないし、その気もない。ロシアの危機が世界のバランスを不安定にすることはない。

地球のバランスを危うくしているのは、西側の危機であり、より具体的にはアメリカの末期的な危機である。その最も周辺的な波は、古典的な保守的国民国家であるロシアの抵抗のモグラに立ち向かっている。
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抜粋終わり
自壊を誤魔化すのに、外征を繰り返す・・・末期の明治帝政日本と一緒。
それが、欧米・・西側社会・・・。

より

上記文抜粋
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異例ずくめの世の中 → ナラティブ管理崩壊極東編


ブログの更新をせずにいる間に、世の中ではいろんなことが起きている。

今年は、年が改まったその日に能登で大きな地震があり、多くの人が亡くなった。そしてこの震災を巡っては、対応のあまりの異常さに人々は驚き、今も困惑している。政府の初動が遅かったというのみならず、能登に行くな、入るなというsns上の騒ぎがあった。これは一体なんだったのだろう、誰が仕掛けたものなのだろうかと不審に思うし、石川県の対応もよくわからない。能登半島の人たちの苦難を思うとやりきれない。

能登半島地震から6週間 今もなお2万人余の厳しい避難生活続く
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240212/k10014355481000.html

発災から2週間目には、防災学者の先生が対応が上手くいってないことを指摘して、改善を促したのだが、それが正面から受け止められた気配もない。

「初動に人災」「阪神の教訓ゼロ」 能登入りした防災学者の告白
https://www.asahi.com/articles/ASS1G2P91S1CUTFL01Y.html

何か巨大な理由があるのか、それとも単に無能になってしまったのかと問いを重ねている人が散見できる状況がまだ続いている。

その間、年末来活発になっていた、いわゆる裏金問題が留まるところを知らず、年を明けてむしろ拡大していった。

日本の国会議員は裏金もらって帳簿付けをせずとも(しないから裏金なんだが)、特にお咎めがないのが仕様であるらしい。

一説によれば3000万円まで無問題であるらしく、これが全国民に等しく適用されるルールであるのなら、大多数の国民はもはや事実上納税せずともよい、となるのではないのかしら。

これはもう、単なる政治家の誤魔化し問題を超えて、税務当局の規律の問題だと思う事態だと思われるが、特に、当局からの発表、解説、言い訳などはない。逆に、ジャーナリズムなるものとか識者等々が、これでいいのか国税当局、と疑問を突きつけるみたいな動きもない。


また、外国の邪教集団に応援してもらうことの対価に、憲法改正を含む諸項目を飲んじゃう国会議員が与党に多数いることが判明。

こんな文書が出回っている。いきなり、「憲法改正」と「安全保障体制の強化」ですってよ。


さらに、これらの出来事を追求しているはずの野党第一党が、注目度の高い地方選挙で、与党に相乗りして勝った勝ったと快哉を上げるという事件が発生。多くの人の立憲民主党への失望と、ある種の「目覚め」が発生した。


大変嬉しそうな立憲民主党福山哲郎氏(右)


この京都市長選挙は、自民、公明、立憲民主、国民民主の大政党と地元財界が組んだほぼほぼ完全翼賛候補 vs 市民ネットワーク+共産が主な争いで、この組み合わせにもかかわらず、あわや後者の福山氏勝利かという思わせる勢いがあり、それが故にさらに注目度があがった。

これはつまり、金のかかる選挙って何だろうという事例ではなかろうか?

金の持ち高では比べるも馬鹿らしい差だろうし、投入資金量だけ考えても、原子力潜水艦 vs 近海漁業の漁船ぐらいの差はあるでしょう。でも接戦になるのよ。

こうした選挙が行われる中、テレビも新聞も「選挙には金がかかる」という与党と与党になりたいだけの野党第一党(通称「自民その2」)の言い分を垂れ流しているわけだが、ちょっとは脳みそを働かせてみたらどうかと思う。

■ どうしてこうなった

で、このへんな動き、なにか、機能しているのかいないのかわからないような状態は、一体どうしてこうなったのだろう。それぞれ個別の事情もあるだろうけど、全体として大きく2つのことが通底しているのではなかろうかと考えてみる。

1つは、内閣人事局を作ったことによる害。どうあれ国の隅々まで把握して公正な行政を目的に良くも悪くも自律的に存在してきた組織が動かなくなっているのではないのか、ということ。


この禍々しいまでに怪しい字体で描かれたこの局は、2013年、第2次安倍内閣が提出し、2014年に可決・成立した「国家公務員法等の一部を改正する法律」によって内閣法が改正されたことによって、2014年5月30日に設置された。

いろいろ難しいことを諸先生方は述べるのだが、ぶっちゃけ、これによって、人事が内閣の思うがままとなり、かつ、言うこと聞かないとエライ目にあうという措置までついてる・・・という設計になってしまったと言われている。なぜなら、内閣人事局長さんが警察官僚だから。知らない方は、ざっとwikiでも見てみましょう

で、これによって、結果として、公務員集団が持ち場の目的と機能を自律的に発揮することができなくなり、つまり、上がどう指示するのかだけが気になる、いわばヒラメの大群となってしまったって感じ?

そこで思い出すのが、2017年に福田さんが、かなり思い切った発言をされていたこと。それが深刻になってきてるんじゃないのかなと思う。


こういうのって、設置時から全部が一気に変化するってもんではないわけでしょ。言ってみれば、設置した当の本人の安部ちゃんの内閣では、それ以前の仕組みが生きていた。そこから10年経って、もはやそれ以前の仕組みの良い意味での慣性、惰性、これはこうあるべき、公務員たるべきものこれこれしかじか、という態度が失せてしまっているのかもしれないと考えてみて悪い理屈はないように思う。

もう1つは、勝共連合=統一教会(協会)問題は紛れもなく大ごとである、ってことがそれ自体隠せなくなったのではなかろうか。

昨年、安倍首相が亡くなった時、いくつかの放送局、新聞社が、統一教会というものがございまして、反共を目的として日本の首相連中が深く関与してまいりました、みたいな記事を書いたり、番組を作ったりしていた。それはそれなりに、事実関係が明らかになったことはよかった。

個人的には、写真でしか見たことがなかった1970年の世界反共連盟(World Anti-Communist League、略称WACL) 東京大会の映像を見て、おおおおっと感激した。


その頃のブログ記事はこのへん。

そしてプロパガンダが残った (4):官製デマクラシー
https://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/9992ac6ba9fbb2fe669f106f7097d582

が、あれは、「コントールした開示」だったんじゃないのかしら。
高額のお布施を取られたり、集団結婚をしたりといった被害者の問題だけですまそうとした。他方、この団体によって日本社会がどのように影響を被ったのかについては殆ど無視していた。


そもそも、勝共連合は無茶苦茶に政治的な事情から日本に入り込み、日本の重要人物らが、都心の一等地にお迎えしているわけだから、政治的でないわけもないのに。

しかし、裏金問題でクローズアップされていくる議員の面々を見ると、壺くさいったらありゃしないわけだし、その間に統一教会に解散命令を出すべしと国民の大多数は思っているが、進んでいるんだかいないんだかよくわからない状態となっていた。

国民多数の政府への不信感の根底にはこの統一教会問題があることは明白であるにもかかわらず、政府も主要紙もみんなしてお茶を濁してきた。

そんな中、裏金問題の最中に、

盛山文科相、旧統一教会系から選挙支援 21年衆院選 関係者が証言
https://www.asahi.com/articles/ASS256HGVS24UTIL00X.html

盛山正仁文部科学相が2021年の衆院選で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の友好団体から推薦状を受け取り、団体が選挙支援をしていたと複数の関係者が朝日新聞の取材に証言した。盛山氏は宗教法人を所管する文科省のトップとして、昨年10月に教団の解散命令を東京地裁に請求している。

というニュースが飛び込んできた。当該団体を所管し、東京地裁に教団の解散命令を出したはずの文科省のその大臣が、当該団体と縁浅からぬ人だったというお話し。

そこから、上で上げた「推薦確認書」らしきものがsns上に出回る事態となった。どこから出てきたのか不明だけど、ガセだという話しも見ない。

多分、フォーマットとか内容の一部に多少の変化はあるかもしれないけど、こういう感じものものが存在することは、国会議員集団や取材チームにとってはよく知られたものだったんじゃないのだろうか・・・。知らぬは国民ばかりなり。

■ ナラティブ管理崩壊極東編

で、私たちは何を見ているのかといえば、これはつまり「ナラティブ管理崩壊」の極東編なのだろうと思う。

私はロシアとヨーロッパ(後継としてのアメリカを含む)の悶着は欺瞞もいいところの「正史のナラティブ」によって描かれていると考えてきたわけです。

冷静に見れば中世史の描き方からおかしいんだが、そこは置くとして、今日最も重要なのは、ナチを破ったのは実質的にソ連であるにもかかわらず、そこを無視して、アメリカだけが一人でドイツも日本も破ったみたいなナラティブが横行していること。

さらに、その派生として、ソ連邦の領土とその隣接地であるポーランドあたりで夥しい数の人が殺された連続した事象の中から、ユダヤ人だけを抜いて、どこでどんな状況で発生したかも、それを最終的に終わらせたのは誰なのかも不明な物語を作りそこにホロコーストと名付けた。これがこのブログ的にいう「西側謹製ホロコースト」。

で、プーチン率いるロシア政府の各員とそれを理解して従うロシア国民の奮闘により、このナラティブ管理体制は2020年頃に少なくともロシア世界では崩壊した。つまり、シンプルに普通に語る空間が確保された。

ロシアのメディアも研究者も多数の記事を書き、プーチンやラブロフは世界中を駆け巡る中で、様々な角度から話しをした。ものすごい時間をかけて話した。

1年後:2020年 the Westのナラティブ管理崩壊年
https://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/176dc725b4920ee44c5203e6303f21f9

2020年:the Westのナラティブ管理崩壊年
https://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/217d0741dc04817d0941fa34b6b3de33

あわせて、ソ連邦を含めてロシアが持っている第二次世界大戦関連の資料を大量に公開している。ニュルンベルク裁判のファイルもデジタル化して公表したりしてた。

というわけで、日本では、この余波に押されるようにして、開かないわけはいかない戦後政治のぐじゃぐじゃが漏れ出しているって感じじゃないのかしら。

去年ちょっと書いたこのへんのこと。

戦後政治の舞台裏シリーズが表に出ているの巻
https://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/d3bda3f1e282755b1a1bb4269acfc6da

簡単にいえば、1945年以降の世界において、いわゆる西側諸国はファシスト反動勢力みたいになっていたって感じじゃないでしょうか。本来、1945年のソ連の勝利によってファシスト勢力は敗北していて、以降国際協調路線みたいな世界が構築されているはずだったわけですが、さにあらず、だった、と。

このファシスト反動のピーク時が、ベルリンの壁崩壊じゃないですかね。よく考えるとよくあんな馬鹿な話に乗ったものだと言うしかない。ドイツが東西になっていたのはソ連のせいというより、ドイツ国内で親ナチ派と反ナチ派が妥協できなかったからでしょう。反ナチはヒトラーによって追い出され、欧州各地に逃げ、その中でソ連に逃げた組がソ連勝利と共にドイツに戻って出来たのが東ドイツ。

それをソ連のせいにして、ソ連を敗者にして(どんな理屈やねん)、勝ち誇ったのが90年代。そこから911が来て、いってみれば全世界コントロール計画みたいな感じになったが、2007年にプーチンが、一極支配など成り立たないと抵抗を宣言し、以来今年で17年西側とロシアが戦争している、みたいなもの。

しかしその間に、他地域の勃興もあり(もちろんロシアの戦略的な支援もあり)、西側はロシアに対する勝ち負けの問題以上の問題に直面し、ほぼ西側支配の構造が崩れました、といったところが現状だと思う。

ここで日本人がぬか喜びなんかしてはいけないのは、日本はこの西側支配の中の結構大きなプレーヤーなので、西側支配の構造が崩れれば自分たちも沈む側だということ。日本の中には、西側が強いといえば自分も気をよくし、西側が非難されると、だから欧米はけしからんと言い出すという、ご都合主義もたいがいにしろと言うしかないメンタリティの人が結構多い。

■ 今後の研究課題

で、今後、戦後の日本を解きほぐすことになっていくわけですが、これがほんとになかなか大変なこと。

いろいろ考えてきて最近一番問題じゃないのかと思うのは、1945年以前の日本の体制は、今日でいえば純粋観念論に基づくカルト体制で、多くの国民が自覚的に満足していた体制ではなかったという点の理解が失われつつあるってところじゃなかろうか。

これは、昭和の人たちは、もうあんな時代は嫌だという言辞の中ににじませていた了知だったんだと思うわけですが、そのような暗黙の了知が、例の「つくる会」教科書だのなんだのの中で消されている感じがする。

これによって、なぜ1945年から1947年憲法の成立まで、大した混乱もなく(あったことはあったが)推移して、その後もこの憲法体制を堅持できたかの大きな理由が失われ、それが、改憲すべきだったのにGHQのせいで、とか、おかしな左翼のせいでできなかったみたいな適当な話しを呼び込む土壌となったと思う。

護憲派のひとは、日本の拡張戦争(外国から見た時には、軍人がしゃしゃりでちゃう軍事主導主義)の失敗を悔いて、もうあんなことは嫌だ、9条護憲だ、憲法護持だ、というロジックで語る方が多いと思うんですが、それだけでは不足じゃないのかしらと思う。

80年代、90年代になるとそこしか争点が見えなくなっていたかもしれないけど、70年(戦後25年)ぐらいまでは、敗戦したレジームの賛美、正当化をする勢力、すなわち「復古派」との戦いという側面が重要なモチーフとして政治の中に存在していたと思われる。

今般、京都市長選のあまりの異常さに(特に、素手で便器清掃することを推奨する人々の存在に)驚きつつ、1つ興味深いことを発見した。

それは、革新自治体というものが結構な数あったが、これが70年代に相次いで倒れたという事象は、どうも偶然ではなかったのだという話し。

革新自治体を倒す作戦名は、「T.O.K.Y.O作戦」といったらしい。
wikiの革新自治体の項によれば、

1974年の田中内閣当時、革新自治体を嫌悪していた自治省が企画し、5年ほどかけて大規模な革新自治体を潰していく作戦。T.O.K.Y.Oとは、T=東京都(美濃部亮吉知事)、O=大阪府(黒田了一知事)、K=京都府(蜷川虎三知事)、Y=横浜市(飛鳥田一雄市長)、O=沖縄県(屋良朝苗知事)の5革新自治体であり、最終目標はその頂点に位置する東京都知事のポストを保守陣営が奪還することにあった[18]。革新自治体における財政問題や人件費問題などを俎上に挙げた[19]。

これは、政府自民党が二番目に大きかった社会党を巻き込んで、革新自治体潰しを画策して成功した話という点では、共産党と敵対する反共政策と見ることができる。

そして、これは、1979年というビッグ・イベント目白押しの年を迎えるにあたっての日本の再編事情と読むことができる(「サイクロン作戦」はほんとにビッグ・イベント)。ってか私はそう読んでいこうとお勉強中。

しかし、同時にこれは、アメリカさんなんかの思惑とは関係なく、日本国内の復古派にとっての重要事だったのかもなとも思ってる。それは住民自治の重要性の強調こそ戦前と戦後を分けるものでもあるから。ここで、主権者国民としての私を習いましょうという構造でしょ。

外部環境的な思惑に乗っているようで、内的にそれをチャンスと思っていた、復古的な頭の人たちがいたからこそ上手く動いたんじゃないのか、ということ。

(先回りして書いておくと、私は人権を重視して人々がちゃんと暮らしていける社会を作るのに、日本国憲法+地方自治法のやり方しかないとは全然思ってない。むしろ余計なお世話だろうと思う国と地域があっても不思議としないし、当然だと思う。だがしかし、日本の場合、カルト体制を解くのにどうしたらよかったのかといえば、当座他に手はなかったのだし、これは有効だったと考えるしかないんじゃないか、と思うわけです。)

ということで、今年もまた、いろんな、え、そうだったの!がいっぱいありそうで、それは楽しみのような、大変なような・・・。でも、閉ざされた言語空間よりはずっといいんじゃないかと思う今日この頃。

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抜粋終わり

やっぱり「天皇」が壊れないと、日本人が壊れて消えるでしょう。


追記

より

上記文抜粋
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印度は意外と居心地良い

2024年2月13日   田中 宇


この記事は「印度に来た」の続きです。

最近12日間の旅行をした南印度は、意外と居心地が良かった。昼間は30度以上に暑くなるが、全く蒸し暑くない。快晴の日が多く、湿度が低いので日差しが鮮やかで、夏の北海道やロシア北欧カナダのようなクリアな感じがある。緑が豊かで景色が美しい。
朝晩は20度ぐらいで涼しく、半袖で肌寒いときもあり、海岸などの散歩にうってつけだ。未明から人の動きがある。印度人は日本人同様、ご来光(日の出)を見るのが好きだ。

都会は渋滞や排気ガスがすごくてつらいが、田舎は良い。田舎の食堂は大体ベジタリアンで肉がないが、コメや大豆、小麦を組み合わせた何種類かの主食に、カレー系などいろんな汁物を混ぜて手で食べる。60-200円ぐらい。あちこちに出店がある立ち飲みのチャイも甘くて美味しい。

印度の貧乏旅行は世界有数の苦行とされているが、南印度はそんなことない。人々の気質が良い(北印度は違うらしい)。適度な距離感で接してくれる。だいたい親切。人が多いが、意外とぶつからない。質素だが、人々に余裕がある。
中国よりもまったりしていて疲れない。近年の中国人は習近平の管理体制で気質をすり潰され、悪い意味で日本人みたいに自己抑圧しているのでげんなりする(だから中国人は日本など外国に行くとタガが外れて嫌われる)。トウ小平時代の狂騒な感じと全く違う。印度人は自由気ままで良い。

印度人(ヒンドゥ教徒)の宗教観は、たぶん私のような日本人と似ている。それが居心地の良さの隠れた要素だと思う。日本人の主要な宗教である仏教と神道は、いずれも印度が起源だ。神道は、日本独自の宗教と言われているが、実はそうでない。明治以降の国家神道は、それ以前の古神道とたぶん全く違うものだ。
日本には、仏教が伝来する前に、南印度から東南アジア経由でバラモン教(の様式、思考?)が入ってきている。それが日本にそれ以前にあった信仰と習合して古神道になった。そこにまた、中国経由で印度から仏教が入ってきて、神仏習合や本地垂迹が進められて日本の宗教が形成された。

仏教や修験道(吉野)などの宗教勢力は、中世の日本で大きな政治力を持っていた。徳川幕府は自分たちの他に大きな権力が存在することを嫌い、仏教勢力を弱体化させ、寺を幕府配下の勢力に再編し、寺が幕府の名代として農民らを管理する体制を作った。
この転換によって、日本の仏教は宗教として形骸化し、寺の僧侶は深い思考の宗教家でなく、浅薄な小役人になった。それは今でも続いている。

徳川幕府から政権を奪った長州藩による明治政府は、新政府の脅威になりかねない既存政治勢力である宗教界をさらに潰すため、神仏分離や廃仏毀釈など、宗教改革のふりをした破壊策を徹底した。
明治政府は神道を国教にしたが、それは古神道を習合先の仏教から分離して国教にしたのでなく、古神道の中の一つの要素にすぎなかった天皇家の系列の信仰だけを神道として仕立て直したものだ。
明治政府(長州)は、おそらく長州藩士の中にいた南朝系皇室の子孫を明治天皇として日本の頂点に据える王政復古によって権力を握り、その一環として、長州の傘下に入れた天皇家をまつる国家神道を日本の国教に定めた。

皇室や伊勢神宮をありがたいものと考える人に異存はないし、南朝が正統でかまわないが、それらの権威の構造の背後に、長州が日本の権力を奪取した歴史があるのは覚えておいた方が良い。
日本のもともとの宗教は天皇中心でなかったはずだ。皇室は渡来系だし。長州が(英国の入れ知恵で)近代の天皇制や日本国家、皇室原理主義的な国家神道を打ち立てた。そこにおいては実のところ、政治的に皇室より長州の方が上位にいる。皇室は長州の一部だ。
戦後は米国(米英)が日本を支配し、米傀儡の日本外務省の高官が宮内庁長官になり、皇室を監視・管理している。戦後はびこったリベラル(反米を掲げる米欧傀儡)も反天皇だ。皇室中心の国家神道も封じ込められている。

自民党は長州の党である。日本をうまく統治する力があるのは自民党だ。長州人の安倍晋三が生きていたら、日本は今の世界多極化にもっとうまく対応できた(だから殺された)。他の政党が政権をとると、日本は今よりもっと失敗する。それらも事実だ。
国家神道が神聖視する靖国神社(東京官幣社)は、殉職した公務員のための神社だ。近代日本国家を支えてきた官僚制度も長州による産物だ。靖国神社は日本人のたましいのように喧伝されるが、実のところ長州が作った官僚制の一部だ。官僚制をたましいとして崇める日本人が、根っから小役人なのは自然なことだ。

すでに書いたように、仏教も江戸幕府によって民衆管理の小役人体制として作り替えられた。日本の主な宗教とされる今の仏教と神道は、いずれも人間社会の管理体制であって、人知の領域の外について考えたり思ったりする宗教とは、実のところ似て非なるものだ。
日本では、宗教でないもの(宗教性が低いもの。形式だけの法事、役人的な管理体制)が主な宗教になっている。そのため日本人は「無宗教」と言われるが、そんなことはない。日本人は、人知を超えたものを感じている。だが、それを宗教の形にする仕掛けがないので、明確化しないままになっている。
新興宗教は存在するが、多くの人はそのいかがわしさを感じ取っているので信奉しない。古神道はかたちを壊されて久しい。

印度の宗教は、バラモン教や仏教など何次にもわたって日本に流入し、習合している。日本の宗教の要素の大半は印度由来だろう。日本と印度の宗教は、本質的に意外と近い。
外見として、石造りの印度のヒンドゥ寺院と、木造の日本の仏教寺院はかなり違う。だが、本尊の他にお堂がいくつもある伽藍の構図や多神性、お参りの作法とか、神輿や山車で神様が練り歩くやり方とか、ご来光を拝むことなど、日本人の私から見て(南)印度のヒンドゥ寺院は親近性が高い。

私は今回、カニャクマリ、マドライ、ティルチラパリ、タンジャブール、チバンダラムで大きなヒンドゥ寺院にお参りした。そのとき思ったのは、私のような日本人にとってヒンドゥ教は、日本の仏教や神道よりも自分の宗教観に合っているのでないかということだった。
すでに書いたように私から見ると、今の日本の仏教や神道は宗教でない。私は自分の宗教として、仏教や国家神道を名乗りたくない。古神道はもうない。

私から見ると、3つの一神教も違和感が大きい。「一神」性を強く出して多神教を嫌悪敵視しているイスラム教を筆頭に、一神性の方が余計なものだろと思ってしまう。一神性と多神性の違いはとらえ方の相違であり、大したものでないのに大騒ぎしている。シオニストによるとコーランはユダヤ経典のコピーだ。キリスト教は欧米の世界支配の道具なので嫌だ。
そんな状況下で、ヒンドゥ教は、明治以前の仏教や古神道の集合体(習合体)に近そうな感じがあり、仏教や神道よりも、自分の宗教として名乗れると思った。
私はヒンドゥ教のことをよく知らない。入信する気もない。ヒンドゥ教が日本人の宗教観に意外と近いと勝手に言っているだけだが、名乗れる宗教があることは幸せだと思った。

私は昔から山歩き(登山)が好きで、雪山が嫌いなので冬場は関東や関西の低山を縦走する。
田中宇 山行記録 初の匿名解除
大岳山から大菩薩 48km

熊野から吉野への大峯奥駈道に行き、その際に修験道について調べたりした。熊野古道や高野山や歩き遍路も。白山も好きで、加賀や美濃の禅定道や念仏尾根を縦走している。
八経ヶ岳から大峯奥駈道 順峰 58km
熊野古道 小辺路 68km

それらの、修験道や行者系の道を野宿(ビバーク)しつつ歩いていると、7世紀の役行者(えんのぎょうじゃ)に始まる修験道の基本(本質)が山歩きであると感じる。
修験道は歩くこと以外に、飢餓とか地中に埋めてもらうとかいろんな修行があるらしいが、それらの多くは印度の行者がやっていることと同じだ。修験道は日本独自の宗教という話だが、実のところ仏教以前に印度からわたってきたバラモン教の修行がたくさん入っている。役行者の時代に、すでにそれがあっただろう。日本独自なのは修行の科目でなく、行者が歩く地形、自然や道の状況だ。
白山縦走 石徹白から白川郷 38km
白山縦走2泊3日 加賀禅定道から石徹白 40km

役行者は、修験道の開祖であると同時に、日本の登山者の元祖でもある。役行者自身が出家しておらず在家の人だ(仏教の人が、そう言って馬鹿にする)。
私は信者でない。修験者の格好など全く要らない(印度の行者は乞食と同じ格好をしており、そっちの方が尊敬できる)。山の中では防水や速乾、保温性が便利なので、安い中古のモンベル製品が良い。だから修験道でなく「中古モンベル教」 笑。(#の型番で検索してメルカリなどで買う。冬の寝袋は中古ナンガ)。山歩きの先輩として役行者がいる。
三俣蓮華 黒部五郎から有峰口 58km
イザルガ岳、茶臼岳 42km

日帰りでなく山の中で野宿しつつ一人で歩き続けると、自分が自然の一部になった感じを持てる。山中で2-3泊すると嗅覚が鋭くなり、すれ違う人の体臭が感じとれる。北海道では近くの熊の体臭も。
複数人で行ったり、山小屋やテント指定地に泊まると、他の人と接してしまって感じが失われる。野宿(意図的ビバーク)は国立公園法違反だと言う人がおり、調べたが無根拠だ。
歩行以外やってないが、自然との一体化は、人知を少しだけ超える経験で、修行に近い感じがする。誰もいない山中での日没や日の出もすごい。私の宗教観は、こういう感じで得られている。
十勝岳方面からオプタテシケ トムラウシ 旭岳へ縦走4日間 58km
岩内岳からニセコ連峰を羊蹄山まで3泊4日の縦走 52km

大峯奥駈道とか熊野古道とか、関西の山道は宗教色がついているが、関西でなくても良い。役行者も各地の山を歩いた(ことになっている)。
熊野から吉野への大峯奥駈道(南半分)も、徳川幕府が政治的脅威として修験道を禁じたため道がすたれていたのを、戦後、和歌山県の登山の会「新宮山彦ぐるーぷ」が再興した。昔の道筋が不明なので稜線上に道をつけた。大峯奥駈道も、太古からの道ではない。
新宮山彦ぐるーぷ
新宮山彦ぐるーぷ - Wikipedia

役行者からの伝統信仰は途中で切れている。古神道は、修験道以外にいろいろあったと思うが、私自身が片鱗を感じとれるのはこれだけだ。そしてそれも歴史的にいったん失われており、後世の者たちは想像・洞察するしかない。
その一方で、関東でも山道を歩いていると、古い峠道のかたわらに地蔵があり、そのわきに那智山青岸渡寺の木札が刺してあったりする。他の地域で見た札も、だいたい青岸渡寺のものだった。行者(っぽい山歩きをする人)が那智でまとめ買いした札を刺して回っているのだろう。修験道を実践している人がいる。
高尾山から三頭山 払沢の滝へ 54km

四国の歩き遍路も宗教的な歩行だ。徳島県の1番から19番まで100キロを3日かけて歩いてみたが、道のほとんどがアスファルトの舗装道なので苦行というか無意味な拷問で、良くなかった。
土の上を歩くから気持ちが良く、大地(大日如来、胎蔵界)を感じとり、神性と交われるのであって、土と遮断されている舗装道はダメだ。逆に生命を縮める。舗装は、ヒトの足のためでなく、車のゴムタイヤのためのものだ。
国家建設者でもあった弘法大師の末裔である国土交通省は、四国の1200kmの歩き遍路道の舗装を30センチぐらいの幅で削り取って土を出すのが良い。
歩き遍路1-17 97km
歩き遍路 続き 19-18 6km

私は歩行以外の修行をしたことはない(怖いの嫌だから今後もしない)。だが、修行とは何かを考えてみると、煩悩、快楽、恐怖心、生死など、自分の人間としての特性と向き合って突き詰め、人間の領域から神の領域に少し入ってみる・覗き見する行為だと考えられる。
自分の死期が近い行者は、那智の滝から飛び降りたり、小舟で熊野灘の沖合から流してもらって死ぬ最期の行をやった(明治政府は飛び降りを違法化)。これも、自分の死と向き合って神の領域を見ようとする行為だろう。
仏教でも、空海が持ってきた(印度発中国経由の)密教における宇宙の中心は胎蔵界(子宮、母性、大地、受精)であり、生まれてくること(と死ぬこと)、生命の神秘だ。
(皇室中心性の歪曲に縛られていない、本当の)古神道に近い存在だと思われる道端の「地蔵」も、大地や胎内・子宮を象徴している(だから地蔵)。そして、印度のヒンドゥ教やヨガの宇宙観も、これらと同様の志向だ。

印度でなく日本の話が多くなってしまった。印度のヒンドゥ寺院を巡礼すると、私のような日本人にの宗教観に合っている感じ、居心地の良さが感じられた。それは何なのかを考えていくと、日本の宗教の歴史や現状についての考察が必要になった。
日本の仏教や今の神道は、よく見ると宗教性が低く、宗教というより役人的な管理機構だ。管理機構になる前の日本の宗教はどういうものだったのか。その考察・試論が必要だったので、今回の記事になった。

印度はこの四半世紀、BJP(インド人民党)などヒンドゥナショナリズムへの支持が強まってきた。これは、印度人の8割を占めるヒンドゥ教徒の信仰心を政治力として使って政権をとる動きだ。2014年以来、BJPのモディが首相として権力を握っている。
モディらヒンドゥナショナリストは、印度人の15%を占めるイスラム教徒との対立を扇動し、それを自分たちの人気と政権の維持に使っている。北印度のアヨドヤで、16世紀にイスラム礼拝所(モスク)を建てるために壊されたヒンドゥ寺院を再建する政治運動(モスク破壊)が一つの象徴だ。2月初めにヒンドゥ寺院の落成式が行われ、モディが出席した。
Modi Opens a Giant Temple, a Triumph Toward a Hindu-First India

ヒンドゥナショナリストは、イスラム教徒が多数派であるジャム・カシミール州に与えられてきた自治権を剥奪する政治運動も展開してきた。これも、イスラム教徒を怒らせてヒンドゥ教徒を攻撃させ、ヒンドゥナショナリズムを強める政治活動だ。
イスラム教は、アフリカから東南アジアまで広がる国際宗教であり、モディの印度政府が自分たちの人気獲得のためにイスラムを攻撃して対立を扇動していることは、イスラム世界からの広範な非難を受けている。印度政府は、ガザ市民を虐殺してイスラム世界から非難されているイスラエルと仲良くする反イスラム連合的な動きも強めている。

このような動きを見ると「好戦的で悪辣なヒンドゥ教が良いというお前は間違っている。仏教は平和を尊ぶ宗教だ。ヒンドゥより仏教の方が日本人の気持ちに沿っている」と、仏教関係者あたりからお説教されそうだ。
たしかにそういう見方もできる。だが、BJPやモディのやり方は、印度を強くする手っ取り早い方法であるのも事実だ。

BJPが台頭する前の印度政界は、英国独立時からの多数派である国民会議派など左翼世俗派が与党であり、政治エリートだった。世俗派は宗教に寛容で、印度国内の宗教対立は今より少なかった(イスラム主義のパキスタンやカシミール分離独立派との対立はずっとあったが)。
しかし、左翼リベラル世俗派のエリートが支配していた時代、印度はずっと低成長で長期停滞だった。英国は印度を独立させる際、左翼エリートに支配構造を作らせ、長期停滞を誘発した。モディらヒンドゥナショナリストがそのくびきを破壊し、BRICSの一員として国際台頭する今の印度を作った。

モディやBJPは、ヒンドゥ教の団結を使って印度を強くできた。日本も同様にできるかといえば、それはない。すでに書いたように、日本の宗教は小役人の管理体制になっており、人々を熱狂させて政治扇動する力などない。
江戸時代以降の日本仏教は「平和主義」というより「小役人の管理体制」だから、人々を熱狂させて好戦的に扇動しない・できない(それ以前の仏教は、反乱や僧兵力を組織できた。吉野の修験道も、後醍醐天皇が頼れるほどの強い勢力だった。だからこそ、江戸幕府も長州政府も日本の宗教勢力を破壊したがった)。

長州政府による国家神道は、日本人を天皇原理主義で扇動し、日本を強化して大日本帝国にした。だが敗戦で、それらの構造はすべて破壊され、小役人と反日リベラル左翼が跋扈する戦後になっている。
「小役人管理体制だって、平和なら良いじゃないか」。それは肯定する。戦後の日本権力(長州と官僚機構)が、意図的に日本を弱い国にする策を続け、米国に加圧されても好戦性を出せない「弱いふり」戦略で成功してきたのも事実だ。近年のドイツは何重にも自滅させられているが、日本はあまり傷んでいない。それは、弱いふり戦略のおかげだ。

それらの点を踏まえつつも、公式な宗教がつまらない小役人体制になっている(新興宗教もいかがわしい)日本から南印度に行くと、宗教が生きている感じがして良いなと思う。


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抜粋終わり

江戸時代以降の日本仏教は「平和主義」というより「小役人の管理体制」だから、人々を熱狂させて好戦的に扇動しない・できない(それ以前の仏教は、反乱や僧兵力を組織できた。吉野の修験道も、後醍醐天皇が頼れるほどの強い勢力だった。だからこそ、江戸幕府も長州政府も日本の宗教勢力を破壊したがった)。

長州政府による国家神道は、日本人を天皇原理主義で扇動し、日本を強化して大日本帝国にした。だが敗戦で、それらの構造はすべて破壊され、小役人と反日リベラル左翼が跋扈する戦後になっている。

「天皇」でぶっ壊された神仏習合を回復しないと、倫理も論理的思考も回復できない。そのためにまずは「天皇」を消滅させましょう。

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