見出し画像

一本歯下駄(GETTA)×足の神様

神社のストーリー(由緒)をベースに、戦後、〇〇の神様とコミュニケーションを図ってきた神社は、時代の変遷とともに個人の願いに歩み寄ってきたのだと思います。

一方で、氏子といわれる神社を支える地域の人々は神社から足が遠のき、地域コミュニティの中心であった神社を取り巻く環境は大変厳しくなってきております。

コロナ禍で感じたことは、やっぱり神社は地域の人々の心の拠り所として、機能すべきなのではないだろうか?心の拠り所として機能するには、人々の生活に接点が必要であります。

ただ、神社に接点を持ってもらうためには、「道具」と「作法」が必要だと夏越の大祓における茅の輪くぐり神事で強く感じました。

では、足の神様というストーリーを有する神社では、どういった道具と作法だと、うまく機能するだろうと考えていた時に、ご縁をいただいたのが、GETTAさん。

一本歯下駄という日本の伝統工芸を現代にアップデートされています。下駄の歴史は非常に面白いんです。

一本歯の下駄は、日本では1000年以上の歴史があり、平安時代より山の中で修行をする山伏や僧侶などの修験者が山中の傾斜を上り下り歩く時に便利で使用し履いていたと言われています。
このことが由来となって天狗が履いたとされており、別名『天狗下駄』と呼ばれるようになりました。

明治維新で日本の健康文化を担ってきた生活道具は、西欧化という急速でファッショナブルな波によって、日本人自らが放棄していったように思える。

明治維新前後に軍需品として、西洋靴が普及し、軍隊組織の整備とともに、大量の靴の需要をもたらしました。その結果、何万足と靴が輸入されましたが、西洋人に設計されている靴は日本人の足に合わなかったそうです。そして、下駄や草履の文化は希薄化してしまい、現代に至ります。

おそらく急速な西洋化と産業の発展により、盲目的に信仰していた西洋用品を再度見直す段階に突入したように思います。

生活様式が変わる中、改めて神社での取り組みがきっかけで親子の絆や裸足の感覚の懐かしさを感じてもらい、本当にからだにとって心地よいと感じるような、そんなライフスタイルを営んでいくうえで、日本の伝統工芸を現代にアップデートすることが大切だと強く感じます。

GETTA島田社長さんの日本の国力を下駄から作っていくというお言葉に大変感銘を受けました。

これからは足の時代。

先人の智慧が新しい形で日本文化として創造される。そんな希望を抱いてこれからGETTAさんと新しい時代を切り開いていきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?