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白磁のアイアンメイデン 第1話〈4〉 #白アメ

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【告知】この作品は、「逆噴射小説大賞」に投稿した同名作品のリライトです。ストーリー自体は変わっていません。それでもよろしければ、どうぞお楽しみくださいませ。初見の方は、どうぞよろしくおねがいします【交渉】

「……やりすぎましたわ」『やりすぎましたな』

 戦闘態勢を解き、元のドレス姿に戻ったベアトリスと、再び人型に組み上がり、元の執事服を身にまとったアルフレッドは、ほぼ同時につぶやいた。

 彼らの眼前に横たわるのは竜だったモノ――彼女らによって首から上を吹き飛ばされた、その残骸である。

「程々に惨たらしく痛めつけた後で、”忌み野の竜”の居場所をお聞きするつもりでしたのに」
 軽く腕組みをしながら呟くベアトリス。首を少し傾けると、再び腰まで伸びた黒髪が、微かに揺れる。
「残念ですわ」

 そう口にした彼女の元へ、「掃除」を終え、全身返り血まみれになったフローレンスが歩み寄ってきた。【チチチチ】顔の光点をせわしなく光らせながら、ベアトリスに話し?かける。
「ああ、大丈夫よフローレンス。言うほど困ってはいませんもの」
 両の手のひらを、胸の前で軽く打ち鳴らす。
「次に期待しましょう。それよりも、流石に疲れましたわ。アルフレッド、美味しい紅茶を一杯いただけるかしら」『喜んで』

 テキパキとお茶の準備を始めるアルフレッドに軽く微笑みを投げると、ベアトリスはヘリヤに顔を向けた。
「さて、魔術師殿。証明は成ったと思いますわ。ぜひ、ご感想をいただけますかしら」

「見事なものだ。竜殺しの技、確かに見届けた」
 ヘリヤは素直に賞賛の言葉を口にする。
「ありがとうございます。真っ直ぐなお褒めの言葉」
 ベアトリスは両手を頬に当てた。「少し照れてしまいます」

「他者を素直に評価できぬものに進歩はない…アカデミーの教えだ」
 ヘリヤは一瞬視線をそらす。
 わずかな間の後、再びベアトリスに向けられた瞳の奥には、揺蕩(たゆた)いながらも一つの決意が込められていた。

「”忌み野の竜”を、狩る、か。確かにあんたなら叶うかもしれんな」
「ええ、打ち倒して、平伏させて、最後に足で踏んで差し上げますわ」
踏むのか。
「その、竜の眠る場所は、わかるのか」「わかりません」あっさり答える。
「先程の竜人殿にお尋ねできればよかったのですが、生憎と首から上が吹き飛んでしまいましたの」
 吹き飛ばしたの間違いだろう。

 そう言いたくなる気持ちをすんでのところで抑えながら、ヘリヤは再び問いかける。
「ではどうするのだ」「繰り返します」「繰り返す?」

 片手を腰に軽く添え、ベアトリスは答える。
「ええ、話によると、”忌み野の竜”が従えるドラゴニュートは、先程の一体だけではないとのこと」
 あんなものが、まだ何体もいるのか。全身を慄えが走る。
 やはり、このままでは無理だ。ならば――
「ですので、片っ端から喧嘩をお売りします」
 満面の花めく笑顔で、彼女は宣言した。

「は?」
「先程のドラゴニュート、竜の姿を現した挙げ句、首から上が吹き飛んでしまいましたでしょう?」
 だから吹き飛ばした、だろう。

「それに伴う大きな魔力の発動と、唐突な消失。それを異変と感じないほど、彼のお仲間が鈍いとは思いません」
「異変を確かめに、ここにまた新たな連中がやってくる、と」
「ええ、そうしたら次こそは、死なない程度にうまく痛めつけたうえで、”忌み野の竜”の居場所を聞き出してみせますわ」
 言いながら両手を広げ、軽くターンするベアトリス。
「いい作戦では、ありませんこと?」

 物騒な話を、茶菓子の話題のように軽やかに語るものだ。思えば最初、リザードマン共を蹴り殺していたことも、その「作戦」とやらの一部なのだろう。しかし大雑把で迂遠な手段だ。うまくいく保証もない――そこにつけ入る隙がある。

「その、”忌み野の竜”の眠る場所、掴んでいると言ったら?」
「……それは本当ですか?」
 よし、食いついたか。

 彼女と出会って、初めて自分が有利な立場に立てた手応えを感じつつ、ヘリヤは話を続ける。
「ああ、間違いなく掴んでいる。それで」
「条件は何ですの?」「え、あ」
 こちらを射すくめるような視線を送られて、ヘリヤはわずかに鼻白んだ。
「その情報をご提供いただく見返りに、なにか提供しろとおっしゃるのでしょう?」
「あ、ああ」
 有利な立場が、端のほうから早速崩れつつあるようだ。
 いや、まだだ。彼女からしてもこれは、喉から手が出るほど欲しい情報のはずだ。

「単純なことだ。”忌み野の竜”のところまで、同行させてほしいのだ」
 聞いたベアトリスは小首をかしげる
「まあ、なぜそんなことを…ああ、なるほど」
 左の手のひらに右の拳を打ち付ける。ぽん、と間の抜けた音が響いた。
「つまりわたくし達を、護衛にしたい、ということですか」
「……察しが早いな」
「自分も”忌み野の竜”のところには赴きたい。しかし、竜を護る手下どもを駆逐する手段を持たない。そこへ都合よく、”忌み野の竜”の眠る場所を探すわたくし達がやってきた。ならば自分の持っている情報を餌に同行を申し出て、道中の障害を全て排除させれば良い、ということですわね?」
 察しすぎだ。

 しかし全くもって彼女の言葉通りであったので、ヘリヤは何も言えずに黙る他なかった。交換条件として、成立しているだろうか。有利な立場が、音を立てて崩れ始めたのを感じる。

 だが――ヘリヤは弱気な考えを、首を振って振り払う。代わりに脳裏に浮かんできたのは、自分を嘲笑う、いくつもの影。吐き捨てるように誓った言葉。ここで引くわけには、いかない。

「たしかに私は、敵を暴力的に排除する手段は持たないし、持とうとも思わない」
 意を決するように、僅かな間をとる。
「だが、自分で言うのもおこがましいが、わたしはアカデミーでは百年に一人の天才と呼ばれた男なのだ。その私の魔術が役に立つ局面も、きっとあるはずだ……頼む」「わかりましたわ」「ふえっ?」

 口から漏れた妙な音が、自分の発したものだと気づいたヘリヤは、慌てて口元を手で抑えた。え、えらいあっさりだな。

「おっしゃるとおり、魔術師殿のお力をお借りする場面が出てくるかもしれません。魔術的封印、呪物の類い、実体を持たない相手、可能性はいくらでも考えられますわ。そのようなとき、百年に一人の天才魔術師がいてくださるのは、たしかに心強くあります……アルフレッド、フローレンス、よろしくて?」
『お嬢様がいいとおっしゃるならば』【チチチチチチ】
「では、決まりですわね」

 ベアトリスは、すっと右腕を前に出した。その中指には、彼女の瞳と同じアイス・ブルーに輝く石をはめ込んだ指輪が嵌め込まれていた。
「ご一緒させていただきますわ。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、あ、ありがとう」「……」「ん? な、なんだ」

 右手を差し出したまま、ベアトリスは軽く苦笑する。
「ご存じないのですね。王都では、男性が女性の指輪に口づけをすることで、信頼の意を表すものなのですよ」
「口づけ!?」
 声が軽く裏返る。

「ええ、ですが指輪にですから、そう緊張なさらなくても」
「き、緊張などしていない、いないぞ。そうか、そうだったな。アカデミーに長いこといるとな、そういう機会から遠ざかってしまうんでな。つい、つい忘れてしまっていたんだ」
 妙な早口でそれだけ言うと、ヘリヤはベアトリスの右手を恐る恐る取り、不器用に口づけした。指輪の石が一瞬、不思議な光を放つように見えた。

「ありがとうございます、それでは」
 ベアトリスはすっと後ろに下がると、
「ベアトリス・スカーホワイトと申します。ヘリヤード様、改めて道中どうか宜しくお願いいたしますわ」
 スカートを両手でつまみ、優雅極まるお辞儀をしてみせた。

「ああ、こちらこそ宜しく」
 一瞬、彼女に見とれてしまっていたことをごまかすように、あらぬ方向を見つつヘリヤも応じてみせたのだった。

 ――彼が、自分の真名である「ヘリヤード」を教えてなどいなかったことに気づくのは、もう少し経ってからのことである。

第1話 「踏んで差し上げますわ」 完  第2話へ続く

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ