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【短編小説】アイコの想像力は工場まで届く

機内食の五目焼きそばには、まったく具が入っていなくて、油まみれの味気ない単なる焼きそばだった。これだからユニット航空は乗りたくない。

上司との短期出張を終えて、サンフランシスコから帰国の飛行機に搭乗していた。

俺はタケヒロ。大手通信会社で働く26歳。大学では情報工学を専攻し、通信技術の研究をしていた。入社して3年近く経過し、昨年新規事業を担当する事業開発部に異動になった。1年目の頃は慣れない仕事に必死。週末もビジネスや会計の勉強に費やし、学生時代から付き合っていた恋人とも疎遠になったが、最近になってようやく恋人がほしいと思えるぐらいの余裕が出てきた。

今回の出張は「若手にシリコンバレーを見せておいた方がいいだろう」と事業開発部担当の佐藤常務の一言で運良く行けることになった。シリコンバレーに出張というとなんだかカッコいいが、上司にくっついていくだけの緩い大人の社会科見学的なノリだ。こんなことが許されるのは大手企業の特権だろう。

上司は外資系コンサルティング会社から転職してきた仕事ができる30代なかばの女性、高橋アイコ。気が強く、思っていることをストレートに伝えるコミュニケーションスタイルで若手社員からは恐れられている。北川景子似の美人ではあるが、その性格から気軽にちょっかいを出すような男性もいなそうだ。たぶん独身。実際に一緒に仕事をしてみると口は悪いが、そこまで恐ろしくはない。お客さんとの会食で、食後のデザートを食べている表情なんかは可愛かったりもした。

そんな上司との出張を無事に終えて帰国した。帰国後のアクションもサンフランシスコの空港でアイコとミーティングをしてクリアになっている。社内報告は機内でまとめた。出張の後処理にメドがついた状態で帰国できると気分的に楽だ。マズかった機内食と狭いエコノミークラスの座席以外はよい出張だった。

羽田空港に到着後、手荷物受取場でアイコに会う。

「明日の夕方のミーティングまでにお願いしたことをまとめておいて。あとザックリしたスケジュールも。社内を通す作業で相手に迷惑かけると悪いし。」

それぐらいは作業済だ。

「承知しました。それではお先に失礼します。」

空港をあとに家路につく。早く家に帰って風呂に入って横になりたい。帰国した翌日は休みたいところだが、明日の午前中に予定が入っていないことだけでも感謝しよう。

家で食事を作る気力は残っていないため、帰りに近所の中華料理屋によって一人で海鮮五目焼きそばを食べた。麺という舞台の上でエビ、ホタテといった主役が踊り、白菜・青菜・タケノコ・きくらげといった脇役が主役を引き立てる。そして、お酢をかけるとステージの雰囲気は一変する。2ステージ分のお得感がある。

機内食のニセ五目焼きそばで失われた食事を取り戻した気分になった。

☆☆☆

翌日の夕方17:00、大手町のオフィスでアイコとミーティングをしていた。議論しながらお互いのやることとスケジュールをクリアにして、18:00頃終わった。

「大きなトラブルもなく出張が成果に繋がりそうで安心したわ。昨日の今日で、お疲れでしょうから今日は早く帰ってゆっくり休んで。」

アイコが成果に拘っていることが伝わってくる。うちのような大企業だと重役たちの社会科見学みたいな出張もいまだに多い。

「はじめての海外出張で緊張しましたが、ミーティングも英語でなんとかなったし、また機会があれば行きたいです。ただ、機内食がヒドかったから次回からユニット航空は辞めましょう。」

ミーティングも終了したので、俺は他愛もないアフタートークとして気に入らなかった航空会社についてなんとなく話題をふってみた。

「機内食はそんなにひどかった?美味しくはないけど、アメリカの食事なんてどこもあの程度でしょ。」

アイコはあたりまえのことをいうなと言わんばかりの表情だった。

「『五目焼きそば』の具がまったく入ってなくて、脂ぎった麺だけでヒドくなかったですか?『五目焼きそば詐欺だ!!』って思いました。」

俺はアメリカの食事が全般的にあわない。どんなに楽しい旅行であってもアメリカの場合は、到着後の食事であがったテンションは一気にさがる。

「あなたの感想はよくわかったわ。けど、詐欺は言い過ぎじゃない?たしかに私の『五目焼きそば』も具らしきものはなかったけど、なんでそうなっちゃったのか思いつかない?」

アイコは詐欺という言葉に引っかかったようだ。カジュアルに使っちゃいけないワードリストに入っていたのだろう。アイコは続ける。

「私たちは知的労働者なんだから、目の前に起きたことをなんとなく受け止めるんじゃなくって、なんでそうなったかを考えてこそ意味があるのよ。丸の内OLみたいな会話はいらないの。」

俺は何気なく話した機内食の話を想像もしていない方向に展開させるアイコに驚いた。もしかしたらこういう所がコンサルっぽくて、大人しい若手社員が敬遠しがちな理由かもしれないと思った。

「そうですねぇ。経費削減の圧力が機内食にも及んで、具材がカットされて『五目焼きそば』が『焼きそば』になっちゃったというのはどうですかね?」

俺はそれっぽい理屈を捻り出した。アイコは会話に乗ってくる。

「無難な発想だけど、それはありえるかも。私が考えたのは食品工場では『五目焼きそば』だった説。私たちが食べた『五目焼きそば』は、実は工場の時点ではきちんとした『五目焼きそば』だったの。けど盛り付けの段階で、たまたま『具がない焼きそば』ができちゃった。麺と具材のバランスはもともと悪かったけど、『五目焼きそば』はウソじゃない。というのはどうかしら。」

アイコが食品工場の巨大な焼きそばまで想像していたことに驚いた。アイコは2番目の仮説を続ける。

「もしくは、『五目焼きそば』の『五目』に対応する上手な英語がなかったとか。たとえば『海鮮焼きそば』はstir-fried noodles with seafoodとなるけど、『五目』だとwith many kinds of ingredientsになってなんだかよくわからないから勝手に削っちゃったとか。アメリカの工場はいい加減で勝手に判断しそうだし。だから日本発の便だと『五目焼きそば』は『五目焼きそば』で、アメリカ発だと『焼きそば』なの。」

短時間でそれっぽいネタを2つも出してくる頭の回転の速さが羨ましい。

「具のない『五目焼きそば』からそこまで仮説を導けるなんてスゴイ想像力ですね。」

『賢い女性』は『賢い男性』と気が合うように思われがちだが、仕事で喧々囂々の議論をしている賢い人は男女共に私生活でそれを求めないことも多く、必ずしも『賢い男性』×『賢い女性』の相性がいいとは限らない。アイコは私生活でも賢さを求めるタイプに見えてきた。

「別に想像力がスゴイわけじゃなくて、思考停止が嫌いなのよ。私はどちらかというと頭は良くない。だからこそ使っているの。しかも頭は使えば使うほど良くなる。人間の身体でどんなに酷使しても壊れないのは頭ぐらいよ。あなたも頭をフル回転させて仕事してね。」

俺は自分が今まで頭を使わずにのほほんと過ごしてきたことがなんとなく理解できた。

そして、頭をフル回転させた。

☆☆☆

俺は10秒ぐらい熟考して、アイコに言った。

「今度、2人で食事でも行きませんか?」

「は?なんで?」

アイコは当然驚く。

「どう考えたらそんなセリフが出てくるの?」

しかし、まんざらでもなさそうだ。

「頭をフル回転させた結果、たどり着きました。」

アイコは思考プロセスに興味を持ったようだ。

「どんな思考をしたのか聞かせて」

「えー、嫌です。正直に言ったら怒られそうですし。」

「怒らないから教えて。」

「少し失礼なこともいっちゃいますよ。」

「いいわ。」

ここまで来たら仕方ない。俺は積み上げた思考をつまびらかにした。

「高橋さんは性格がストレート過ぎて男性にウケない。美人だけどモテない典型みたいな女性です。」

仕事中には見せない少しムッとした表情になった。

「なかなか失礼なこというわね。続けて。」

「しかも同年代の高橋さんがいいなぁと思うような男性は結婚しちゃっているし、おとなしめの2軍の男性達は高橋さんの経歴と稼ぎに引け目を感じてよってこない。そして高橋さん自身が、適正な相手がいないことを構造的な問題と理解して半分あきらめてキャリアをとっちゃっています。」

「はい、それで?」

「ただ、まじめな性格だから既婚者と不倫をするのは気が引ける。そして、年下は性格があえばありかなぁぐらいには思っているけど、普通に若い女性とバッティングしちゃうから積極的にはいけない。競合相手の観点でも構造的な問題と考えていて、ちょっと詰んじゃったかなって考えていますよね?」

「ずいぶんと正当に積み上げてきたわね。それで?」

「更に私生活でも議論とかしたいタイプですよね。賢い男性は仕事で散々議論しているため、私生活には妙な議論を持ち込みたくないタイプが多い。そうなると自分よりも頭が悪かったとしても、思考を積み上げて議論に付き合ってくれる男性には自然と惹かれると思われます。」

「3C分析ね。それで。」

 3C分析とは
「Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)」の3つの頭文字を取ったもので、ビジネスの市場環境分析によく用いられるフレームワーク

「市場と競合がややネガティブな環境下において、贅沢は言っていられないので、重要視するであろう『議論に付き合ってくれる人』であれば僕にもチャンスがあるんだろうと考えました。」

アイコはすぐには飛びつかない。

「随分と自信があるようで。私だって、あなたが考えるほど困っているわけじゃないのよ。」

タケヒロには強がってみえた。

「そこで少なくとも経済力・見た目・性格のうち、2つでも高橋さんの要求を満たすことができたら、対象には入るだろうと考えました。さすがに3つすべてを求めるようなことはないだろうなぁと。」

「3つのうち、2つ選んだら3つ目は選べなくなるトリレンマの構造ね。」

「そうです。アラフォー婚活女子のトリレンマが発動しますよね。」

「ちょっと、私はまだ33歳だからギリギリアラサーよ。」

はじめてアイコの正確な年齢を知った。

「え!?見えない。」

アイコはたしかに若く見えるが、話の流れ的には後付感が出るのはしかたない。

「アラフォー婚活女子とか言っておいて、『見えない!』は後付じゃない。」

「絶対怒らないっていったじゃないですか。」

"絶対怒らないから"はだいたい怒る。

「そうだったね。ごめんごめん。」

「これだけ環境と条件が整ったら、僕が食事にお誘いしても1回ぐらいは付き合ってくれるんだろうなと考えました。」

アイコは納得して、スッキリした表情になった。

「わかった。思考プロセスが2次情報主体で現場感覚に欠けるのと、この手の話は必ずしも論理的に割り切れることばかりじゃないけど、手元にある情報でまじめに思考を積み上げたのは私好みだわ。ただ気をつけておいたほうがいいのは、適齢期の女性の恋愛観を若い男性がわかったように語ると、気にする人は気にするので私だけに留めておいたほうがいいわね。」

「わかりました。ただ、高橋さんの『絶対怒らない』を信じて言ったのもあります。」

「論理的にはYESでも感情的にNOはあるからね。いいわ。今週の金曜日にどこか行きましょう。」

「やった。では、恵比寿に美味しい『五目焼きそば』を食べられる中華料理屋があるのでどうでしょうか」

「具はきちんと乗っているのかしら。」

2人は料理人が作った美味しそうな『五目焼きそば』を想像しながら、同時に笑った。

俺の出張は次につながった。

☆☆☆

ミーティング終了後、まだ時間があったので銀座をぶらぶらした。

ベルルッティの店舗を横切った。今度のアイコとの食事には少し背伸びしてベルルッティのローファーを履きたいなぁと浮かれている。

その時、数件先の高そうなてんぷら屋にアイコと佐藤常務が上司・部下の関係を超えそうなただならぬ雰囲気で入っていくのが見えた。

俺は現場で一次情報にふれ、世の中は論理的に割り切れる話ばかりじゃないことを学んだ。

金曜に食べる『五目焼きそば』はどんな味がするのだろうか。



あとがき:

この短編小説は、友人の「機内食の五目焼きそばに具がまったく入っていなかった」ことに対する文句を一方的に聞かされたことをキッカケに生まれました。

気に入らないことがあったとしても、「なぜそうなったのか」について想像力を働かせて考えられれば、それだけで人生は豊かになる。そんな想いを表現するために物語にしてみました。

飛行機と出張がコロナのご時世には少しあいませんが、妄想による創作こそが自粛生活における最高の娯楽かもしれません。


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