見出し画像

とうとうバレた。「noteで変な小説書いてますよね? 」と後輩から言われてしまった。


「私ね、実は知ってるんですよー」
「何の話? 」
「先輩、noteで変な小説を書いてたりしますよね? 」
「えっ・・・・・・」

   彼女のその口調は、まるでこちらのすべてを見透かしているようだった。



   そう。ぼくは、noteで小説を書いている。この一年でかなりの数の作品を投稿した。これまで、たくさんのスキとコメントをもらった。でも、それはインターネット上の話であって、知り合いの誰にもそのことは話していない。

   いい歳した男が、ヘンテコな小説を書いている。それが小っ恥ずかしくてわざわざ自分から誰かに告知する気にはどうしてもなれなかった。

   でも、年相応という言葉にとらわれて自分にブレーキをかけ続けると、いずれは“無難に息をしているだけの生命体”になってしまう。いい歳したお笑い芸人が体をはってバカな企画をやっているのと同じで、面白いことを追究する姿勢に年齢なんて関係ない。

   矛盾しているのはわかっている。わざわざ本名を晒して書いているのは、誰かに見つけてほしいという想いもどこかにあるのかもしれない。


 その日は、かつて勤めていた古巣企業A社の忘年会だった。当時の社長から「久々に来ないか」と直々に誘われて断れなかった。古巣のみんなと最後に会ったのは何年前だろうか。

   会場となる居酒屋に向かう途中の青山通りで、背後からぼくを呼び止めてきたのが彼女だった。

   「先輩ですよね? 」と声をかけられた瞬間、彼女が誰なのかわからなかった。黒のセットアップ、ブルーのヒール、艶のある黒髪。かなりの美人だった。数秒間、顔をじっと見てようやくわかった気がした。たぶん、あの頃、ぼくの部下だったKだろう。

   確信は持てなかった。これまで何度となく転職を繰り返してきたぼくは、何人もの後輩の面倒を見てきたこともあり、後輩一人ひとりの記憶がおぼろげだった。

   Kも同じくA社の忘年会に向かっているところだった。 Kはとても若く見えた。計算すれば今は三十代前半のはずだが、まるで二十代前半のような肌つやをしている。


「っていうか、変な小説って失礼だろ」
「いえいえ褒め言葉です。ユニークな小説ってことです。私、先輩のほとんどの作品を読みましたよ」

   一瞬ドキッとした。「ほとんどの作品を読みました」という言葉に、自分の心が丸裸にされたような気がした。鍵をかけた自分の心の内側に土足で入ってこられているような感覚におそわれた。

「マジ? なんか恥ずかしいわ」
「恥ずかしくないですよ」

   夕暮れの青山通りを肩を並べて歩きながら、Kは話を続ける。

「・・・・・・」
「先輩の短編の中で、いちばん好きなのが・・・・・・」
「あっ、時間やばいかも。急ごうか。会場は・・・・・・この信号を曲がってすぐのところだったかな」

   ぼくは、会場に急ぐふりをして、話をはぐらかした。


   会場の居酒屋に到着すると、多くの懐かしい顔ぶれがすでに席についていて、思い出話に花を咲かせていた。ぼくは座敷の奥の席に座り、Kは向かいの席に座った。

「では僭越ではありますが乾杯の音頭をとらせていただきます・・・」

   社長が「乾杯」と甲高い声をあげる。あちこちからグラスとグラスが当たる音がする。

「先輩の作品の中に、恋愛小説あったじゃないですか。ハッピーエンドじゃないお話の・・・・・・」
「えっ、いきなり何の話? 」
「またまたー、先輩とぼけないでくださいよー」
「・・・・・・」

   恋愛ネタでハッピーエンドじゃない話・・・・・・というと、ぼくがずいぶん前に書いた短編小説だ。やっぱりKはぼくの作品群を相当読み込んでいる可能性が高い。

「私、今日の忘年会楽しみにしてたんですよ。先輩から小説の話を聞かせてもらえるかもしれないって」
「いやいや、大した小説じゃないし・・・・・・」
「謙遜しちゃって〜」

   嬉しくないと言ったら嘘になる。表情には出さないけれど、自分の小説を褒められるのは、自分の内面を全肯定されたような気がした。

「読んだ後の余韻が好きです」

   noteのコメント欄やtwitterのつぶやきではないリアルの世界で、自分の小説を褒められるのは初めてだった。だからぼくは舞い上がってしまった。

「ありがとう。あれは、まあまあ自信作だったから、そう言ってもらえるとありがたいっていうか」
「あと・・・・・・ほら、あれです。ホラーのやつ。田舎を舞台にした案山子の話」
「ああ、はいはい、『案山子の村』ね」

   お酒も入って気分がよかったせいか、無意識に、調子にのってベラベラしゃべりまくっている自分がいた。

「あ、そうそう。案山子の村っ! あの話を読んで、私、鳥肌立ちましたよ。ほんと、びっくりしちゃって・・・・・・」
「ありがとう・・・・・・そんなに怖がってくれたんだ」
「怖いとかそういう話ではないんですけど・・・・・・先輩、なんであの話知ってるんですか」
「え? 」
「あの小説、私の田舎の話なんですよね。間違いなく」

   Kが何を言っているのか最初は全くわからなかった。ぼくは、Kの田舎がどこなのかすら知らない。そもそも、noteを始めた頃に書いたホラー小説「案山子の村」は、書いている自分が怖くなって公開後24時間ほどで下書きに戻してそのままにしてあったはずだ。

「私、信州出身で、田んぼに囲まれた小さな村で育ったんですけど、村には古い言い伝えがあって、幼い頃、その言い伝えを祖母からよく聞かされていたんですよ。ほら、よくある民話的なやつです」
「どんなの? 」
「毎年、秋の収穫が終わると、村じゅうの農家が一斉に、役目を終えた案山子を田んぼから片付けるんですけど、設置した覚えのない案山子が立っていることがあるんですよ」
「えっ。それって、俺の書いた小説の話のまんまじゃん」
「そうなんですよ。その案山子が現れた田んぼの農家は数日後に一家揃って姿を消してしまうという・・・・・・」
「・・・・・・全く同じじゃん。そういう家族が失踪する系の物語構成、俺がよくやるやつだし」

   いやいや待て待て。そんなはずはない。Kは、きっとぼくのことをからかっているに違いない。たった24時間ほどしか公開していないホラー小説をわざわざネタにするのも、かなり悪質だ・・・・・・。

   真面目に話しているのがバカらしく思えてきた。やっぱり、いい歳した男がヘンテコな小説を書いちゃダメなのだ。こうやって若い子にバカにされて、からかわれるのがオチなのだ。

   はあ〜とため息をつき、目の前の枝豆をつまみながら、noteで小説を書くのはもうやめにしようと思った。

「お前・・・・・・、俺のことをからかってるんだろ」
「ほんとですよ! 私の田舎に行ったことがあるんですか? あれ、村の人間以外は誰も知らないような民話ですよ」
「・・・・・・」

   強い口調だった。Kが嘘をついているようには思えなかった。でも、偶然にしてはできすぎだ。そもそも、あの小説は自分の想像の世界から生まれたものだ。取材はおろか何かの資料を参考にして書いたものではない。

「物語の終盤の方で、主人公の家族が追い詰められていくじゃないですか。あの描写がリアルすぎて、自分が田舎にいた頃のことを思い出すんです。いつも秋の夜になると怖くて、私、お母さんの腕にしがみついてたんですよ」

   ぼくは話半分で聞いていた。

「へえ、お母さんは今もその田舎にいるの?」

   その質問をした瞬間、Kの表情がガラッと変わるのを、ぼくははっきりと見た。目の前にいるこわばった表情の女性は、さっきまでの微笑みをたたえた女性とは完全に別人だ。

「いえ、お母さんは亡くなりました」
「あ、そうだったんだ。ごめんごめん。悪いこときいちゃった・・・」
「お父さんももういません。お爺ちゃんお婆ちゃんもいません」
「・・・・・・」
「全員、村で行方不明になったきり見つかっていません」
「え・・・・・・」

   ぼくは、まだ半信半疑だった。

「先輩、なぜ知ってるんですか」
「いや、・・・・・・だから、あれは俺の妄想がつくりだした世界で・・・・・・」
「お婆ちゃんが言ってました。案山子の語源は、神隠しだと。神隠しという言葉の漢字の頭の文字だけで読むと、かかしになるんですよ」
「・・・・・・うん」
「それも、先輩の小説に書いてありました。なんで、そんなことまで先輩が知っているんですか」
「そんなこと言われても・・・・・・」

   ぼくは、体が硬直して動けなくなっていた。気がつくと、居酒屋の広い座敷には、ぼくと彼女しかいなかった。

   ここは現実の世界じゃないのかもしれない。ぼんやりとした視界と体中に立った鳥肌が、ぼくの体をさらに縛り付けた。

「十二年前のニュースを知っていますか? 」
「ニュース? 」
「信州の農村で、ある一家が忽然と姿を消して、行方不明になった事件です。一時期、マスコミが大騒ぎしていました」
「・・・・・・」
「77歳女性、83歳男性、47歳男性、45歳女性、21歳女性が村から消えたんです」
「21歳女性・・・・・・」
「小説と同じです・・・・・・よね? 」
「・・・・・・」

   背筋がぞくっとして、彼女の顔を再度見ると、ぼろぼろになって恐ろしく顔を歪めた案山子がこちらを見ていた。




「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

   社長の声がきこえた。ぼくは死後硬直のように完全に動きが停止していた。社長に肩をゆすられて、なんとか自分を取り戻した。気がつくと手には枝豆が握られていた。

「お前、焦点が定まってないぞ。どうしたんだ」
「あ、社長。あれ、Kは?」
「Kって誰だ? 」
「ほら、ぼくの下についてた後輩のKですよ、さっきまでその席に座ってて一緒に話してたんですよ」
「寝ぼけてんじゃない、お前に後輩なんていなかっただろ」
「あれ? 」
「ほんとに大丈夫か? お前」

   ぼくは思い出した。この会社にいた頃、自分に後輩なんていなかったのだ。当時のぼくは下っ端だった。

「お前の寝言で思い出したけど、十年以上前、若い女の子を採用しようとしたことがあったな」
「あっ」
「お前も面接官だったから覚えているだろ。ほら、お前の部下になる若手の人材を探していた時だ。結局不採用だったけれど。その子のこと、俺はなんとなく覚えてるよ。信州の田舎から上京したいと言って、はるばる面接にやって来た若い女の子だ」
「・・・・・・」

   忘年会が終わった後、ぼくは二次会の誘いを断って、終電に駆け込んだ。乗り込んだ各駅停車の先頭車両は、自分以外誰もいなくて、貸し切り状態だった。

   軽い頭痛を感じながら、広いシートの真ん中に腰を掛ける。うつむいたまま、スマホでnoteのタイムラインを見て思った。

   今自分がいるこの場所が、もはや現実なのかどうかすら疑わしい。もうnoteで小説を書くのはやめにしよう。そう強く決心して、電車の出発をじっと待っていた。

   一人しかいないはずの車両に、ふと人の気配を感じた。

   うつむいていた顔を少し上げると、向かいの目の前の席にブルーのヒールが見えた。

(了)



※この作品はフィクションです。


#小説 #短編 #短編小説 #物語 #怖い話 #ホラー小説 #ショートショート #ショートストーリー

読んでもらえるだけで幸せ。スキしてくれたらもっと幸せ。