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パンドラの箱を久しぶりにあけた話し。(1804文字)

 


 先月この記事を書いてからというもの、何年も開けていなかったパンドラの箱を開けてしまったかのように、ある場所のことを思い出した。


 大阪の西成区にある地域、通称「釜ヶ崎」
路上生活者のブルーシートハウスや、日雇い労働者向けの簡易宿泊施設(ドヤ)が林立するエリア。
なにわのシンボル「通天閣」からたったの徒歩15分ほどのこの場所を、大阪で生まれ育った私もずっとしらなかった。


 学生時代の2年間。ゼミの先生に誘われるままに、釜ヶ崎を支援する団体と共に釜ヶ崎で週一回の夜回りを行っていた。

「こんばんは 夜回りです」

 握ったばかりのホカホカのおにぎりをもって、路上で暮らす方々に声をかけて回る。もちろん、屈強な男性も必ず一緒だ。

 最初は声をかけるのはおろか、街へ踏み入れることも怖くて仕方なかった。街は見たことがないような特異な景色と異様な雰囲気だった。

「こんばんは。夜回りです」

 寝ている方も多いので、なるべく驚かせないように、一軒一軒そっと声をかけていく。ときには一言二言ことばを交わす。

「ありがとう。おおきに。すんません」

 配り終わって家路につくころは、別世界へのトリップを終えたかのように決まって放心状態。次の日からはまたもといた世界に戻る。

 

 路上で暮らす方の多くは、高齢かつ身寄りがない男性。
倒産やリストラ、借金、けがや病気、さまざまな理由で路上生活者となる。
 その風貌や存在から、「怖い」と思われがちなおじさんたち。たった二年間だけだけれど、おじさんたちは一度も怖くなかった。
 銃声が聞こえてきたこともあるし、明らかにその筋の人もいる。薬の売人や娼婦も街角にたつ。
でも、路上生活者に怖い思いをしたことはいちどもない。

 路上生活者の人たちが一番怖いのは、「普通の人」だと聞いたことがある。

働かずに怠けている。
怖い。
見ちゃダメ。

「普通の人」がむける差別や偏見。突き刺さる侮蔑の視線。
「普通の人」からの悪質な襲撃は耐えることがないという。

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 卒業と同時にぱったりと行かなくなり、気づかぬうちに記憶のふたをしめてしまっていたかのようになっていた釜ヶ崎。そこに15年ぶりに訪れた。
夜回りはいろいろと支障をきたすので、昼のたき出しのお手伝いに参加した。

「生活保護者優遇」
「生活保護、アパート、医療相談」
「泥酔者、麻薬常習者お断り」

他の地域にはない文言に久しぶりに面食らいながら、高い柵と鉄格子で囲まれた要塞のような警察署を通り過ぎる。

ホテル一泊「850円」ラーメン「200円」

衣食住、ここの物価は日本とは思えないほど軒並みに安い。

お世話になっていた支援団体は変わらずに、明るく朗らかにそこに建っていた。そこに集う人たちは一様にまっすぐに淡々と支援をつづける。

 見たくないものを見ないようにすること、人の行動を非難することは簡単にできる。反対に、信念をもって一つの支援を続けていくことはどれほどのことだろう。偽善や同情では不可能な活動がそこにはある。

「おおきに。すんません。ありがとう」

すまなさそうに並ぶ人、疲れ切った顔の人、歯がない顔で屈託なく笑う人。
おじさんたちは、15年前と変わらない。

あなたのことを気にかけているよ。
見ているよ。
生きていてね。
一緒にこの世界にいようね。

 今回久しぶりに炊き出しに参加させてもらい、炊き出しや夜回りにはこんな想いがこもっているのではないかと感じた。


住民票が日本にない
携帯がない
職業がない
銀行口座がない
自宅がない

 

 状況と程度は違えども、私も今年1月に帰国し急きょ日本にとどまることとなり、これだけでも随分落ち着かなかった。
 それなのに、身寄りがない。居場所がない。仕事がない。絶えずヒエラルキーの最下層であると常に突き付けられながら、世間とのつながりもたたれるのはどんな気持ちか。

あなたのことを気にかけているよ。
見ているよ。
生きていてね。
一緒にこの世界にいようね。

 隠したい過去や失敗、人に言えないこと、つらい経験。自分を責めたり、過去を責めたりすることもあるかもしれない。自分からも社会からも、世間からも責められ、どこにいても疎外感を感じる人達にとって、自分たちの存在を肯定してくれるうららかな声は、それだけで生きる希望となる。


人の温かさ、社会の不条理、15年の歳月を経た自身の変化、いろんなものを感じられたのも、思い切ってパンドラの箱をあけたからこそ。良かったしかない。


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