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第二話「血まみれの過去」


あらすじ

植物に乗っ取られた人間が「アクマ憑き」として戦う世界――銀行に内定した主人公は、遅刻して入社式へ向かった。入社式では、499人の内定者たちが意識不明の重体となっていた。主人公は敵に襲撃されるが、銀行員の女性に助けられる。再び命の危機が訪れるが、寮母からもらった「朝顔の種」が身体に取り込まれ、「朝顔のアクマ憑き」となった。特殊部署に配属された主人公は、街で起こる怪奇事件を解決していくが……前代未聞の銀行×植物×お仕事ファンタジー!

※第一話はこちら※


二「血まみれの過去」

「あー、そっか。口ふさがれてて喋れないよな? 悪いな。俺、これが性癖でさ」

 俺が話し続けたのは、2人の目があまりに座っていたからだ。ここは本来なら「助けて!」って許しを請うたり、泣き出したりするシーンじゃないのか? 彼女たちが少し怖くなって、口の拘束を解いてあげた。先に話し始めたのは、ピンク色の少女だった。

「おにーさんも植物のアクマ憑きだったんだ! もう、先に言ってよ!」
「へ? アクマ憑き?」
「うん! あたしはアクマ憑きじゃなくて、アクマなんだけど、ね!」

 いつのまにか、少女をぐるぐるにしていた朝顔の芽が枯れていた。少女はそこからするりと抜け出して、こちらに近づいてきた。そして俺の腹をまじまじと眺めながら、腹に埋め込まれた種や芽をそっと撫でた。

「うわ! しかもこれ、アサガオのアクマじゃん。すごいね!」
「そ、そんなにすごいのか? まあな……」

 人生で褒められたのなんて片手で数える程度だ。だから褒められると、どういう顔をすればいいか分からない。ばあちゃんから種をもらったとは、言わないでおいた。何て答えようか迷っていると、ピンク色の少女は無邪気に微笑んだ。

「だって使えば使うほど、おにーさんの寿命が減っちゃうんだもん!」
「え?」

 俺がすっとんきょうな声を出した時。日本刀のような緑色のものが、朝顔の芽たちを切り裂いていくのが見えた。寿命を削ってまで出した、俺の朝顔の芽たちを。それが葬儀屋女の掌から出されたミントだということは、清涼感のある匂いと、さっきの経験からわかっていた。

「まさかお前も、取り憑かれていたとはな。ローサ以上にイカれた奴を見たのは、久しぶりだ。やっと戦う相手が出てきたな」

 葬儀屋女の目が、好戦的にギラギラと輝いている。手には緑色のグロテスクな日本刀が握られていた。さっきよりサイズもでかい。

「なあ、ローサ。俺、もしかして何かマズいスイッチを押した?」
「えー……」

 ローサは、面倒くさそうな顔で立ち去ろうとしている。待て、俺を置いて行くな。

「おにーさんが、まいた種じゃん」
「違う。まかれた種だ」

 はー、とローサは大きなため息をついた。いや、ため息をつきたいのはこっちなんだが。

「確かにそろそろ撤退しないと、みんな戻ってきちゃうからね。おにーさんもこっち側なら、まあ良いか」

 ローサは指を鳴らした。再びあの地獄が訪れるのかと思いきや、今度は心地よい眠気に襲われた。

「ミントもアサガオおにーさんも、どっちも運んでくよ。まったく、女の子に重いもの持たせないで欲しいんだけど……」

 目の前では葬儀屋女も、緑色の刀を抱いて眠り込んでいる。最後の記憶はピンク色の少女が俺たちを担いだことだった。意識の帳が落ちる直前、ミントと呼ばれる葬儀屋女から、「お前、もしかして……」という言葉が聞こえた気がした。

 幼い時の夢を見た。もう何度も見る夢だ。俺がまだ小学2年生の頃だ。6歳の双子の妹と、4歳の天使みたいな弟もいる。

「ママ、抱っこしてー」と弟が言い、ママが弟をぎゅっと抱きしめた。俺たちきょうだいとママは、子ども部屋の布団でゴロゴロしている。次は妹たちが抱きしめられた。俺は順番を待っていた。

「はい、そろそろおしまい!」

「え、ママ、俺は?」と俺が聞くと、ママは申し訳なさそうに「ごめんね。パパ、帰ってきちゃうから……」と呟いた。俺は立がりかけたママを無理やり座らせて、膝に乗った。そして、たずねた。

「今日はパパ、何時に帰ってくるの?」
「何時かしら、お仕事だからねえ」
「でもケンタのパパは、土日はお仕事ないって言っていたぜ」
「うちはうち、よそはよそ。じゃ、食器洗いましょうか」

 ママが立がろうとした瞬間、ガチャッと玄関のドアが開く音がした。俺たち5人に、緊張が走った。

「ただいま……」

 不機嫌そうな顔で父親が帰ってくる。俺たちは顔を見合わせた。

「父親におかえりも言えないのか、この低知能たちは」

 あの時、俺は一生後悔することになる。嘘でもいいから「おかえりなさい! パパ大好き!」と言って、父親に抱きつけばよかったと。でも俺は父親がそれまでママにしてきたことを見ていたから、そんなことはできなかった。彼の目線は、台所のシンクに注がれた。

「皿も洗っていない。雑菌が繁殖するだろう? 常識じゃないか」

 ママは作り笑いをして立ち上がった。そして、そのままシンクへ向かった。父親はリビングでソファーに座り、テレビをつけて、海外の政治討論を見始めた。片手ではスマホで新聞を読んでいるようだ。

 俺は知っていた。ママはテレビの音が苦手だということを。特に政治討論のような攻撃的で長時間に渡る番組は、一番嫌いなはずだった。でもそれを父親に言うとますます不機嫌になるから、ママはそれを隠していた。

 父親は社会的には成功している科学者だったが、家ではただの暴君と化していた。いっそ暴力でもしてくれたらいいのに、と思った。体に傷があれば、周りに助けを求めることができるから。今でこそ彼はモラルハラスメントをしていて、ママはカサンドラ症候群だっただと分かる。ママは精神を病んでいて、彼にひどい態度をされるたびに、押入れの中にあるスピリチュアルなグッズを増やしていた。

 俺は妹たちと弟を、子ども部屋に避難させた。そして父親の隣に座った。どうやら彼は虫の居所が悪いらしい。ひいきの候補者が負けているのだろう。

「宿題はやったのか? 今日が夏休み最終日だろう」

 ママがおとなしく食器洗い始めたので、矛先が俺に向かってきた。「やってないよ」と俺は言った。怒りの対象がママではなく、俺に向けは何でもよかった。そうしたら計算通り、彼は怒鳴り始めた。

「お前はバカか! くそ、俺の血だけじゃなくて、ママの血もついでいるから……ベランダの朝顔も枯らして、観察日記はどうするんだよ!」

 もう我慢の限界だった。いつも家にいないくせに。ママに全てを押し付けるくせに、家にいる時は威張りちらしている。俺はママを幸せにするために生まれてきた。だから、ママを傷つけるこの男は許さなかった。

「おい! 何とか言えよ! 父親にその態度はなんだ!」

 父親が俺の頭を叩いた瞬間、俺は殴り返した。その後のことはよく覚えていない。気がつくとママに抱きしめられていた。あぁ、やっと抱きしめてもらえた。そう思いながら目を閉じた。目を開けると、そこには血だらけの父親が倒れていた―――

~~第二話・完~~

第三話はこちら(7/14(日)17時に公開予定)

第一話はこちら


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