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「車でお遍路」第17番札所 井戸寺(「面影の井戸」「太子と大師」の札所)

こんにちは、旅いこかです。

四国八十八箇所巡礼、弘法大師との「同行二人」の旅、17番目のお寺は、


瑠璃山るりざん 真福院しんぷくいん 井戸寺いどじ

16番札所の観音寺から約3.0㎞、車で約15分の場所、

次に訪れた札所は、16番札所から住宅街を抜けた先に四国最大級という間口が広い大きな鮮やかな朱塗りの山門(仁王門)のお寺。堂々とした風格に驚かされます。このお寺の名前の由来でもある「面影の井戸」は必見。

では、「面影の井戸」と聖徳太子作と弘法大師作とおふたりが彫った像のある札所「井戸寺」へ参りましょう。

武家造りの美しい山門 仁王像は四国最大級という


ご詠歌

おもかげを 映してみれば 井戸の水 むすべば胸の 垢やおちなむ


お参りする前に知っておいた方が良い知識

歴史

  • 白鳳2年(674年)天武天皇が勅願道場「妙照寺みょうしょうじ」として開基 当時は七堂伽藍と末寺12坊を持つ大伽藍だった
    御本尊は聖徳太子作七仏薬師如来(主尊:薬師瑠璃光如来座像、左右に3体の薬師像)

  • 弘仁6年(815年)、この地を巡錫中の弘法大師は、榧の一木造りの十一面観世音菩薩を彫り安置、付近を「井戸村」、寺号を「井戸寺」に改称 

  • 貞治元年(1362年)細川頼之の乱で堂宇を焼失

  • 天正10年(1582年)、その後細川頼之の息子が再建したが、再び天正の兵火で焼失

  • 慶長年間(1596-1615年)、阿波藩主蜂須賀公の支援により再興に着手

  • 万治4年(1661年)、本堂が再建

  • 昭和43年(1968年)、失火により中央本尊を残して本堂が焼失

  • 昭和46年(1971年)、再建して現在に至る


弘法大師伝説

  • 弘法大師は、この地に訪れた際、水不足に苦しむ村人を知る。大師はその村人たちのために、現在の場所で錫杖しゃくじょうで井戸を掘ると一夜のうちに水が湧き出てきたという。
    そして、自分の面影を映して石像に彫刻したことから「面影の井戸」という。
    その井戸を覗き込み、自分の顔が映れば無病息災、映らなければ3年以内に不幸が訪れるという。


寺号について

  • 寺号について
    ・・・大師が村人のために井戸を掘りあてたことが寺号の由来

  • 山号について
    ・・・御本尊の薬師如来の正式名称「薬師瑠璃光如来」が由来と思われる


ご利益

  • 御本尊の七仏薬師如来
    ・・・薬師如来は、大医王仏だいいおうぶつ医王如来いおうにょらいとも呼ばれ、十二誓願じゅうにせいがん現世利益げんせいりえきの仏さま(病気平癒、他)
    ・・・そして七仏薬師如来は全国での珍しく、七難即生、七福即生、厄除開運、などに霊験あらたか


御本尊・ご真言

御本尊:七仏薬師如来
ご真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


見どころ

  • 山門(仁王門)
    ・・・阿波10代藩主蜂須賀重喜公の大谷別邸の門を寄進により移築。そのため開口部の大きな武家造り、現在の門は再現した2代目。仁王像は四国最大級という。

  • 本堂
    ・・・御本尊は全国でも珍しい聖徳太子作七仏薬師如来像弘法大師作の十一面観世音菩薩像は国指定の重要文化財

  • 日限大師堂
    ・・・日を限定してお参りすると願いが叶うという

  • 面影の井戸
    ・・・上述の通り 日限大師堂内にある

聖徳太子作の七仏薬師如来を本尊として祀る本堂
「面影の井戸」は日限大師堂の中にある


おまけ情報


写真


次は、第18番札所恩山寺おんざんじへ参ります。

2022年2月25日投稿
2022年9月12日改訂

合掌

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