見出し画像

歴史を学ぶまでもなく

たびたび繰り返される企業やアーティストによる炎上案件。わざわざポリティカル・コレクトネスを意識しなくとも、もう広く身の回りを見渡してみれば、正しさは溢れています。例えば、着るもの、聴くものを選ぶことによって、社会は本来の姿を取り戻すと思うのです。

 Instagramのストーリーズを眺めていると、あるファッション系インフルエンサーの方の投稿に目が留まった。ご自身が持つセレクトショップのオリジナル商品に関する質問に答えたものだ。どうやら質問者はその商品をメルカリで買おうとしているらしい。「それがどれだけ私にとって残念で悲しい事かわからないのですかね」と、コメントされている。なるほど、二次流通は作り手に利益をもたらさない。しかし、着る機会の少ない服をすぐに捨てるわけでもなく、他の誰かに譲ろうとする姿勢は消費者の経済的な事情によらず、サスティナビリティの観点からも広く支持されている。そのものを大切に思うからこその行為だろう。ファッション本来の「流行」という魅力は薄れ、商品のライフサイクルが延びている。使い捨てを前提としたファストファッションは批判の的だ。それだけに今回のインフルエンサーのコメントは一部でネガティブに捉えられるかも知れない。実際、「私の考えが古いんかな」と結ばれている。

 ファッションは着る人の主義主張を表すことも多い。スーツ姿の多いオフィスの中でひとりポロシャツを着ていれば、型にはまることの嫌いな自由主義者だと一目置かれるだろう。プライベートでもいくら格好良いからと言って、まさか好きでもないアーティストのTシャツを着ている人は珍しいはずだ。ブランドだってそう。ユニクロを好む人はファッションにプラグマティックだと思われるかも知れない。私たちは着る服を通じて作り手の思想を世間に投げかけている。先日、Perfumeのかしゆかさんが珍しくInstagramにポストした私服ショットDEPTのオリジナルTシャツの着こなしだったことからも、これを確信した。胸には地球のプリントとともに「BE NICE TO HOME」、「END CLIMATE CRISIS」というメッセージ。ACTIVISM TEEと呼ばれる定番シリーズがオーナーであるeri氏の想いを受けて気候変動への警鐘を鳴らす。DEPTが守る古着文化が、ダイビングを趣味とするかしゆかさんの危機感とリンクしたのだろう。アジアツアー中の彼女の発信力は絶大だ。

 アクティビズムは政治思想と紐づくことも多いためか、日本では特にミュージシャンが距離を取る。しかし自身が表現者である以上、浅はかな主張を行えば足元をすくわれかねない。ロックバンド・Mrs. GREEN APPLEが新曲「コロンブス」のミュージックビデオで歴史を振り返れば、植民地主義を想起させると批判にされされた。海の向こうではアフリカン・アメリカンたちが切々と自分たちの置かれている境遇を歌い上げているにも関わらず、子ども騙しのような演出でただただ盛り上がろうとしてしまったのだ。周囲の関係者を含め、今の時代をしっかりと聴いている音楽好きはいなかったのかと驚かされる。レコード会社は「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていた」と謝罪したけれど、それは教科書を読むまでもなく、海外のミュージシャンたちから学べる内容だっただろう。

 例えば、Perfumeはのっちさんとのコラボレーションも話題の椎名林檎氏ら、日本人アーティストとも関わりの深いホセ・ジェイムズ(José James)氏は最新アルバム『1978』にて、自身の生まれた年まで遡り、世界中のブラックミュージックの関わり合いを紐解いてみせる。Rolling Stone誌のインタビューによれば、それは今残されているものが、本当に価値あるものなのかを問い直す行為のようだ。ご存知の通り、ほとんどの歴史は都合よく語り継がれている。かのマーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)氏が1970年代にヒットアルバムを多く生み出していたにも関わらず、はじめてグラミー賞を受賞したのが1983年だったことは意外と知られていない。同じように、2020年代、ファストファッションのために中国・ウイグル自治区で少数民族が強制労働させられていた事実もいつの間にか忘れ去られてしまうだろう。ウイグル族は語り継ぐ力も、世界に発信する術も奪われているに違いない。同じ過ちが繰り返される。

 よく言われるように、昔は許されたことが歴史解釈の変化に伴って、今はダメになったわけではない。それは昔からダメだった。当時はダメだと言わせなかっただけなのだ。だとしたら、私たちは着る服、聴く音楽で語り続ける必要がある。なぜこれを着るのか、なぜそれを聴くのか。炎上してから覗きにいくほど野暮なことはない。キャンセルカルチャーを迎合することも意味がない。ただ自分の周りに置くからには、その理由を持っておきたい。おそらくこの積み重ねが少しづつ社会を本来の姿に戻すと思うのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?