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DXが導くコモンズ|ジェネレーション・レフトという価値観、習慣

グレタ・トゥーンベリ氏を見るまでもなく、今の若い世代の間では左傾化が進んでいることが分かります。物欲をむき出しに、資産を築くことばかりを成功だと捉えた上の世代が貧富の差を生み、地球環境を破壊したと知れば、彼ら彼女らは必然的に社会主義的な思想に近づくでしょう。ここで見出されるコモンズという概念に、右派の進めるDXがどのように結びつくのか。デジタルの力ばかりを頼っていても何も変わらないと思うのです。

 マイクロソフトはCOVID-19の蔓延に伴う在宅勤務が社員に与える影響をレポートにまとめた。結果は予想の通り。グループ内でのつながりが強化される一方、グループ間のコミュニケーションは減少して、いわゆるサイロ化が進んだと報告されている。在宅勤務前からの交流は維持されるけれど、新たなコラボレーションは生まれにくくなったというわけだ。従前より、初めて仕事をする相手とは電話やメールではなくて、ちゃんと顔を合わせて人となりを見極めることが一般的だった。そのプロセスが叶わないとすると、勝手知ったる相手とばかり仕事をしてしまう心情はよく分かる。考えの違う相手との摩擦を、オンライン会議などの「リッチ」ではないコミュニケーションで埋めるストレスは大きい。

 SNSの中で醸成される分断も、実は同じ仕組みなのかもしれない。似た考えの人たちばかりが集まり、他の思想を排除しようとする偏りの背景を、デジタルマーケティングに端を発するフィルターバブルに落着させることは簡単だけれど、コトはそうも単純ではないのだろう。デジタル空間において、受け入れたくない他人の意見とのすり合わせにかかる心理的コストは、現実世界よりも圧倒的に大きいのだ。楽をしたい人間の本性が多様性を排除する傾向を強めてしまう。だから今のインターネットを巨大プラットフォーマーたちから取り戻せたとしても、同じことが繰り返される可能性は否定できない。

 インターネットの公共性を偽る新自由主義は、行き過ぎた資本主義を看過し、一部の資本家にかつてないほどの富を集めた。これに抗おうとする若い世代は、ジェネレーション・レフト(左派世代)と呼ばれている。政治理論家キア・ミルバーン(Keir Milburn)の著書、その名も『ジェネレーション・レフト』(堀之内出版)によれば、80年代前半以降に生まれたミレニアル世代、90年代後半以降に生まれたZ世代を中心に、アメリカやイギリスでは若い人ほど左傾化が強く見られるという。デジタルネイティブとも呼ばれる彼ら彼女らにとって、子どもの頃から親しむインターネットは資本にまみれた卑しい空間なのだ。これを正そうと、コモンズ(Commons)の価値を主張する。

 それは、かつてのインターネットが夢見た世界。雑誌『WIRED日本版』の最新号(Vol.42 特集「コモンズと合意形成の未来」)に寄せられた政治学者・宇野重規氏のテキストによれば、コモンズとはモノや空間などの資源を共同管理する仕組み。コミュニティよりも「出入りが自由で、嫌になったら抜けていい、都市的なもの」だという。だからもちろんデジタル空間に限らず、現実社会においても有効に機能する必要がある。シェアハウス、カーシェアに代表されるシェアリングエコノミーが当たり前になった先に、天然資源や文化施設など、本来はみんなで所有すべき対象が次々と見つかってきているのだ。一部の人間が資本力にものを言わせて資源を独占したことによって、社会も地球も壊れかかっている。

 コモンズの実現に向けた有力な手段として、WIREDはデジタルトランスフォーメーション(DX)を挙げる。共有資源としてのデジタルデータを活用することで立ち上がるミラーワールドやメタバースといった仮想空間が、新しい領土として、新しい共有資産として機能するという。しかし、本当だろうか。未来はそんなに明るいのだろうか。デジタル中心の社会において、人は自分と違った意見を聞きたがらない。結局は数多くのコモンズが生まれ、コモンズ同士のコミュニケーションは成立せず、それぞれの共有資源を奪い合うだけのサイロ化された世界が想像できてしまう。DXの結果を映した都市、生活、行政は今までと同じように、暮らしやすい人と暮らしにくい人とを分け隔てつづけるのではないだろうか。

 『ジェネレーション・レフト』の巻末解説において、経済思想家・斎藤幸平氏はジェネレーション・レフト、もといZ世代を「価値観」だとまとめた。そして、価値観は世代を超えて社会全体でシェアすることも可能だと。富の集中も、環境問題も、誰もが影響を受けている重大なイシューなのだから、楽をせずに、億劫にならずに、周囲と積極的に意見を交わす必要がある。その価値観こそが本来のコモンズを実現に向かわせることだろう。今一度、宇野重規氏の言葉を借りれば、それは「習慣」と言える状態まで持ち上げられる必要があると思うのだ。

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