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コロナ禍のクラウドファンディング|「利他」とは何か

社会心理学者・山岸俊男氏が『安心社会から信頼社会へ』を著してから、20年以上が経ちました。予測不可能な関係性を前提とする社会に「信頼」を求めた氏の思想は、このコロナ禍に「寄付」という形で実装が進んだ気がするのです。

 新型コロナウイルスが「利他的」であることの意味を考えさせる。緊急事態宣言、外出自粛要請、営業時短要請。本来、誰に対しても平等に危険なはずのウイルスが、国の気まぐれな施策によって、一部の職業・職種に偏ってその影響力を高めている。医療関係者を中心とするケアワーカーの感染リスクの高まりはもちろん、飲食業や旅行業、イベント業など、経済的な窮地に立たされている業種・業態も多い。いくら職業選択の自由が保障されているからといって、資本主義経済だからといって、今の複雑につながりあう社会が、これだけの急激な変化にすぐに追従できるはずもない。だから助け合う必要がある。

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 海外ミュージシャンの来日公演をサポートする企業Office Zooから、クラウドファンディングの返礼品が届いた。シャイ・マエストロ(Shai Maestro)やケンドリック・スコット(Kendrick Scott)ら、大好きなミュージシャンたちを日本に招聘してくださった同社がコロナ禍の経営難と知って、少しでも支援させていただきたいと思ったのだ。他にも、レストランであったり、美術館であったり、いくつかの身近な企業に僅かばかりの協力をさせていただいた。個人的にここまで深く寄付と向き合ったのは初めてのこと。東日本大震災の時は形ばかりで、日本赤十字社に委ねてしまっていた。

 「半返し」など、独特の贈与文化を作り上げた日本において、寄付はなかなか定着しない。寄附金控除の仕組みを使うふるさと納税も、返礼品ビジネスに成り下がっている。リターンを前提とした支援は投資と変わらず、極めて「利己的」だ。心理学者アダム・グラント(Adam Grant)の著書『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』が話題になったのが2014年。あれから7年が経って、今一度「GIVE」について考えるタイミングに来ているのではないだろうか。これまでであれば著名人による多額の寄付を、偽善だの、売名だのと揶揄する声もあったけれど、この2月に公示された紺綬褒章の受賞者リストに名を連ねる芸能人に対しては、素直に称賛の声が上がっている。

 一方で、相変わらずSNSでは、マンスプレイニング(mansplaining)と呼ばれる行為が横行している。2010年にニューヨーク・タイムズ紙のワード・オブ・ザ・イヤーにも選ばれたこの言葉は、主に男性が女性に対して「知らないだろうから、教えてあげる」という見下した態度を取ることを意味している。相手の知識前提を調べもせずに、親切心から提供した情報がおせっかいを通り越して、失礼だと捉えられる場合も多い。年齢・性別を問わず発生しうる事案だけれど、日本では若手の女性経営者や研究者が被害にあうケースをよく耳にする。未成熟な社会に本来の「利他」は影を潜めたままだ。

 この現状に美学者・伊藤亜紗氏は著書『「利他」とは何か』を通じ、「「うつわ」的利他」を提唱する。他人である相手の状況・気持ちを完全に理解することはできないのだから、余白を残すことで様々な料理を引き立てる器のような振る舞いが大切だと説く。主張の強すぎる器は多様な料理を受け止められない。これを民藝の文脈から、自己からの解放と繋ぐのが批評家・若松英輔氏だ。名もなき作り手が生み出す民藝品はその美しさを以って、使い手に奉仕する。自己を作品から切り離し、作品の価値以上に見返りを求めない姿勢が「利他的」だといえるだろう。

 テクノロジーが個を際立たせ、誰もが直接社会に作用できる時代に、この考え方は馴染みやすい。クラウドファンディングだってリターンが全てではなくて、自ら選んだ支援先に確実に貢献できると思えば有効な手段となる。その際、支援先を信頼し、使い道を委ねることで利他の精神が体現されるだろう。大切なのは、誰もが助けを呼びかけられる、公平な社会の醸成に違いない。一人ひとりの心持ちが、きっとこれを実現するだろう。

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