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女子中学生に「行ってみたい旅行先」を聞いたら、「二次元」だった話

『築地本願寺新報』で連載中のエッセイストの酒井順子さんの「あっち、こっち、どっち?」。毎号、酒井さんが二つの異なる言葉を取り上げて紹介していきます。今回のテーマは「二次元」と「三次元」です(本記事は2023年1月に築地本願寺新報に掲載されたものを再掲載しています)。

  いよいよ海外旅行が本格化しそうな、今年。私も、新型コロナウイルス流行以降、海外へ行くことを諦めていたものの、新しい年は何とか……と思っているのです。 

  いざ海外へ、となったらどこへ行きたいか、と友人と話していた時のこと。
「私はハワイ」
「ロンドンかなぁ」
 などと言い合っていると、中学生の娘さんを持つお母さんが、
「旅行の話をしていた時にうちの娘が、『二次元の世界に行ってみたい』と言っていて、びっくりした」
 と言っていました。

 二次元の世界とはすなわち、平面の世界。中学生の娘さんは、リゾートでも遊園地でもなく、マンガやアニメの世界の中に入り込んでみたいのだそう。

 それを聞いて私も、驚いたことでした。若者は、ニューヨークのような大都会や、未知なる地の南極やアマゾン、はたまた成層圏を抜け出て宇宙へ……といった地に憧れるのかと思いきや、もはや「遠く」ではなく、違う次元へ行きたいとは、と。

 私が子どもの頃に見ていたアニメ『ど根性ガエル』では、ひろしという少年のシャツに描かれたカエル・ピョン吉が活躍していました。ピョン吉は本当は描かれているのではなく、ひろしが転んだ時、潰されてシャツにはりついてしまったカエル。自身が二次元の存在となったことをよしとしないピョン吉は、ど根性をもってシャツから跳び出ようとしていたものです。

 ピョン吉の行為を見ても、「やはり二次元の存在は行動が制限されるのね、かわいそうに」と思っていた私。ですから、せっかく三次元に生まれたのに二次元へと行きたいという中学生の希望に、首をかしげたのです。

 しかし彼女の母親は、言います。
「まだ13、14年しか生きていない中の3年間がコロナ時代だった娘は、もはや海外旅行が現実的なこととは思っていない。コロナの間に親しみまくっていたマンガやアニメの世界の方が、夢がいっぱい詰まっているみたい。コロナもないから、マスクだってしなくていいわけだし」
 ということなのだそう。

 そう言われてみると、中学生の感覚もわかる気がするのでした。今やメタバースの世界に入れば、どのような三次元空間にも身を置くことができるわけです。となった時に二次元の世界というのは、行こうと思っても決して行くことができない世界として、若者の目には映るのかもしれません。

 そこは若者にとって、大好きなアニメのキャラクター達がいる夢の世界です。アニメを実写化すると、往々にしてキャラクターのイメージが崩れてがっかりするものですが、二次元の世界に入れば、そのがっかり感もなさそう。

 もしも二次元の世界に入り込んだなら、自分は何をするのだろうか。……と考えてみると、やはりかつて読んだことがあるマンガ、見たことがあるアニメの世界を探訪するのでしょう。そして「ど根性ガエル」のピョン吉に会ったなら、
「今、三次元の世界はかなり世知辛いことになっているから、二次元の存在のままでもいいのでは?」
 と、伝えるのかもしれません。
 
 酒井順子
エッセイスト。1966年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経て、エッセイ執筆に専念。2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』がベストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『無恥の恥』(文藝春秋)『うまれることば、しぬことば』(集英社)など。

【上記記事は、築地本願寺新報に掲載された記事を転載しています。本誌の記事はウェブにてご覧いただけます】


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