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他人の夢に入った男の話【多田修の落語寺・夢の酒】

落語は仏教の説法から始まりました。
だから落語には、仏教に縁の深い話がいろいろあります。
このコラムでは、そんな落語と仏教の関係を紹介していきます。今回の演題は「夢の酒」です。

 ある商家の若旦那、妻以外の女性とお酒を飲んでいる夢を見ました  

 それを妻に話すと、「そんな願望があるからそのような夢を見るんです!」と、夫婦ゲンカが始まります。さらに妻は義父(店の主人)に「あの女に小言を言ってやって下さい」と頼みます。義父が「できるわけないだろ」と言うと、「淡島さまの句を詠よんでから寝れば、他人の夢に入れると言います」とのこと。

 その通りにすると、店の主人は夢の中で例の女性に会います。そこにもお酒が出てきます。店の主人は酒好きです。小言はどうなるでしょうか?

 「淡島さま」とは、正式には淡島明神と言います。淡島明神は江戸時代、女性の守り神として信仰を集めていました(夢との関係は定かではありません)。淡島明神を祀った淡島堂は、東京では浅草寺や、世田谷区の森厳寺(浄土宗)にあります。なお、浅草寺の島堂も、森厳寺も、ご本尊は阿弥陀如来です。

 夢について、『大智度論』という仏典では5種類に分類しています。うち3種は体の不調を示す夢(古くから「夢は五臓の疲れ」という言い回しがあります)。次いで、心にあるものが現れる夢。そして、神仏によるお告げの夢です。

 この落語のように、私たちは心にあるものを夢に見ます。自分の心だからといって、思い通りに夢を見られるわけではありません。悪夢にうなされることもあります。これは、私たちは自分の心でさえ思い通りにできないということです。ましてや、他人を思い通りにできるはずがありません。
 
『夢の酒』を楽しみたい人へ、おすすめの一枚
 入船亭扇遊師匠の口演が収録されているCD「柳家一門名演集2」(ポニーキャニオン)をご紹介します。妻が、夢の話とわかっていながら実話のように受け止めている様子が、聞き所です。
 
多田 修(ただ・おさむ)
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、龍谷大学大学院博士課程仏教学専攻単位取得。現在、浄土真宗本願寺派真光寺副住職、東京仏教学院講師。大学時代に落語研究会に所属。

※本記事は『築地本願寺新報』掲載の記事を転載したものです。本誌やバックナンバーをご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

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