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縦書き派、横書き派。あなたはどっち?

『築地本願寺新報』で連載中のエッセイストの酒井順子さんの「あっち、こっち、どっち?」。毎号、酒井さんが二つの異なる言葉を取り上げて紹介していきます。今回のテーマは「縦書き」と「横書き」です(本記事は2023年12月に築地本願寺新報に掲載されたものを再掲載しています)。

 この原稿を書いている時、パソコンのディスプレイ上に、文章は横書きで表示されています。これが紙に印刷される時は縦書きになっているわけで(編集部注:誌面掲載時は縦書き)、その文章を横書きで書いて気持ちが悪くないのか、という話もあろうかと思います。が、昔からこのスタイルなのでさほど気にはならず、「そういうもの」と思って書いているのでした。

 パソコンもワープロも世に登場していなかった時代は、私も原稿用紙に縦書きで書いていました。今もし停電などになってパソコンが使えなくなっても、原稿用紙に書くことができる気はします。

 紙に印刷されている文章は、そもそも縦書きが多かった日本。しかし今、ネット上における文章は、ほとんどが横書きです。ディスプレイを上下にスクロールしていくという機器の性質上、ネット社会は横書き社会となっているのです。

 ネット社会の存在感が強くなるにつれ、そんなわけで横書きがじわじわと縦書きを追いやっている気がしてならない私。「縦書き」は、今や絶滅危惧種状態になりつつあるのかもしれません。

 紙の本や雑誌、新聞等の多くは、今も縦書きではあります。しかし本や雑誌といえば、「売れない」と盛んに言われているのであり、我々が縦書きの文章を読む機会は、どんどん減っているのではないか。

 縦書きが減りつつある世においてすっかり影が薄くなってきたのが、漢数字です。私は小学生の時、
「横書きの時は1、2、3と、縦書きの時は一、二、三と書きましょう」
 と先生に教わって以来、その法則を遵守してきたのですが、今は縦書きの時もアラビア数字を使う人が多いのでした。確かに、漢数字を使うと、ケタが多くなればなるほど、読みにくいことは確か。
 
 ネット上では、そもそも文章が横書きなので、漢数字を目にする機会はほとんどありません。あるとしたら、「真一」とか「浩二」「正三」といった、男性の名前においてくらいではないか。

 しかし男性の名前においても、今や漢数字は使われなくなっています。かつては、長男には「一」、次男には「二」、三男には「三」が使われがちでしたが、少子化の今、男の子を何人も産む人が少なくなっています。男の子三人の兄弟がいても、今時の親御さんは、長男か次男か三男かを区別できる名前よりも、それぞれの個性を尊重する名前をつけている。人名上でも、漢数字は消えつつあるのです。

 もう一つ私達が漢数字を目にする機会があって、それは郵便物の住所なのでした。年賀状の宛名は手書き派の私は、「これくらいは」と縦書きにして、番地を漢数字で書いています。

 しかしマンションに住んでいる人の部屋番号が「二三二」だったりすると、横棒ばかりが縦に並んで、わけがわからないことになり、「アラビア数字の方が便利かも」と思う。

 とはいえ手書きで文字を書くこと自体がめっきり減った今、年賀状は数少ない手書き&縦書きの機会です。やがては消えてしまうかもしれない縦書きと漢数字を細々と守るべく、今年も宛名は手書きをするつもりなのであり、もうしばらく経てば、
「縦書きができるなんて、すごいですね」
 などと若者から言われるのかもしれないなぁ、と思うのでした。

酒井順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト。1966年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『処女の道程』(新潮文庫)など。

※本記事は『築地本願寺新報』掲載の記事を転載したものです。本誌やバックナンバーをご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

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