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大人の背中|掌編小説

「しょうちゃん?」

 成人式が終わると、突然後ろから声をかけられた。一瞬誰か分からず、とっさに身構える。

「まぁ、分かんねぇだろうな。井上だよ。井上拓郎」

 ――あ!?

 井上は小学生の頃のガキ大将で、いじめっ子だった。僕は毎日のようにプロレス技をかけられていたが、いじめのターゲットにされるのがイヤで、何をされても笑ってかわしていた。
 会いたくないもないし、話もしたくない。いや、出来ることなら二度と会いたくなかった人間の登場に、途端に気分が重くなる。

「久しぶりだな。しょうちゃんは……大学生?」
「ああ……うん。東京で」

 意外にも穏やかな口調で拍子抜けした。それに、僕のことを変わらずに「しょうちゃん」と呼ぶことに、不覚にも懐かしさを感じる。

「しょうちゃん、頭良いもんな。そうかー、東京か」

 ――そうだ。お前みたいな田舎のガキ大将と違って、僕は東京で大学生をやってるんだ。気安く話しかけるな。

 心の中で、井上に対する侮蔑の言葉を並べる。そうだ。恐れることはない。もうこんな奴とは住む世界が違うんだから。

「俺はもうすぐ結婚するんだ」
「は? 結婚?」

 僕は驚いて井上の顔をまじまじと見た。

「はは、地元組は早いだろ? まぁ、俺は元々実家の農業を継ぐ予定だったから、早く嫁さんもらおうって思ってたんだ」

 そう言って笑う井上の顔には、もうあの頃のガキ大将の面影はなく、ほんの少し前まで優越感に浸っていた僕は、急に恥ずかしくなった。

 未来とか将来のことなんて、ほとんど考えたことはない。毎日大学へ行って、バイトして、友達と遊んで、そうしていれば、いずれ向こうから勝手にやってくるものだと思っていた。

「じゃあ、帰るわ。カミさんのお腹が大きいんでな」

 そう言って井上は、くるりと背中を向けた。

 ――やっぱり、あいつ嫌いだわ。

 遠ざかって行く大人の背中に、僕は小さく手を振った。

(了)


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