仕事だからと言って自分を犠牲にしすぎていませんか?

すみません、間違えて記事削除してしまったので再投稿してます。

T&Sです。
今回は自分自身が苦しんできた経験とずっと納得いっていない社会の現状について投稿します。

今、働くということに悩んでいる人に読んで頂けたらと思います。

こんなことを言ってる人を見たことないでしょうか。
プライベートの自分と仕事の時は全然違うよ。
仕事モードで仕事用の自分になるから。

または周りからみて仕事の時は急にしっかりする人
オンとオフを切り分けている人

このことに私は異常さを感じています。
というのも私自身その当事者であり
そのせいで苦しんできたからという理由があります。
仕事とプライベートで人が変わるというのは
つまり自分を殺しているということに置き換えられないでしょうか。
無理矢理仕事のために別人格を作りだしている
自分自身の全否定
自分を演じている。


私自身で言うと私は10年ほど前に初めての営業職というのを経験しました。
それまでの私は部活も図書部で友達と呼べる人もほとんどなく
学校では本を1人で読んでいて家でもゲームをするだけ。
自分から話すなんてもってのほかという性格でした。
営業職を始めたのは営業の力を身につければ会社を興した時にどんな会社でもやっていけるということに奮起したからでした。
ですが飛び込み営業の仕事でピンポンすら押せなく押せても全然話せない。
契約も取れない。上司に詰められる。
地獄の日々でした。
最初の会社は三カ月で辞めて次の仕事もあきらめずに営業に就き、そこで言われたのが普段の自分では営業は全く向いていない。
性格を忘れて営業用の自分を作るんだと言われました。
何故かそこには適用できてしまいそこから結果には結びつくようになり、そこでダメだったのが自己否定であるのにそれを自分の強みであるかのようにしてしまったことでした。
そこから10年も営業を続けてしまい自己否定の自分を評価されていてそこで頑張ってしまうので本当の自分に対して向き合わず自分らしさを受け入れるという概念から離れていたため、短期で転職も繰り返す始末でした。
もっと早くに自己否定した自分を評価されるということを手放すべきだったと今では本気で思っています。
しかも全然幸せじゃありませんし、何も残りませんでした。
10年もかけて報われない人生を歩んでしまいました。
皆さんにはそうなって欲しくないんです。
自分ほどじゃないですが、自分じゃない偽物を評価されている時はありませんか?
そのときに虚しさを感じていませんか?
断言します。
それは全く報われません。
仕事のために自分の大切な自分らしさを譲っても何も返ってきません。
あっても一時的な微々たるボーナスくらいです。
それならば自分らしさを優先して自分を捨て去らない自己肯定の道を歩んで欲しいです。
私は今更ながら自己肯定の道を歩むことを決めました。
どうせ報われないなら自分で自分に優しくして自分を大事にした方が後悔がないです。


誰の役に立たなくてもいい
誰にも評価されなくてもいい
誰かと比べて優れていなくてもいい
自分が幸せと思えれば勝ち
自分のことを自分で心から認めてあげる
それだけで勝ちなのです。
どうか自分自身を誰にも何にも譲らないで欲しい
全ての人の尊厳が守られる世界を望みます。


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