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一頭を求めて白銀の山野を歩く 雪中追跡(前編)

単独山岳狩猟は捕食者であり追跡者だ

例年より早く雪が降った。日の出とともに山に入ると、降雪後についたシカの足跡が尾根へと続いていた。気温が低く、積もった雪が溶けることなくサラサラの状態だ。運がいいことに足音がしない。2頭の足跡が何度も交差しながら続いている。見通しの悪い尾根を抜けると「ピーッ」と警戒音を発しながら2頭のシカが走り去っていった。狩猟解禁から日が浅いこともあり、獣たちにもまだハンターのプレッシャーはかかっていないようだ。

積雪期になると足跡がいたる所に残っているので、シカの頭数や大きさ、
どっちに向かっているのかを知ることができる

距離をとり、向かいの斜面でこちらの様子をうかがっている。気配を感じて飛んだようだ。あたりをキョロキョロしながら耳を四方に向けている。スコープをのぞくが、低いツツジの木がじゃまでうまく狙えないし距離もある。あたりをよく見ると別のシカのアシ(足跡)がいくつかあった。それに、したばかりのフンもある。子ジカを連れた4頭ほどの群れのアシを見つけ、僕はこのアシを追うことに決めた。子ジカを連れた群れは移動速度が遅いからだ。

日中は針葉樹と広葉樹の森の境目に多くシカが集まる。
暗い森に姿を隠せるうえに近くにエサ場があるからである

複数の尾根が重なるいくつもの谷が形成されている。そのうち水場として利用できる谷は一カ所だけだ。そこに向かってアシが続いている。それは水を飲みに降りている証拠だし、沢沿いの雪の下にはまだ青い草も残っている。それらを求めて移動しているのだ。

こうした水場は動物たちにとっても僕たち猟師にとっても貴重な水だ。
水場から山へいたるまでの足跡をたどるのも獲物に会うために重要
幾重にも重なる尾根には無数の獣のアシがある。
それを追いつづけるのが単独の山岳狩猟なのだ

足のサイズもそうだが、フンのサイズで大体の個体の大きさの見当がつく。このとき見たのは若いシカが2頭と親シカが2頭といったところだ。時折、沢を吹き抜ける風が木をゆらし落雪を起こす。森には様々な音が響くのだが、獣たちはそのなかの非日常的な音を警戒する。特に人間は、ほかの動物とは違い、カカトをついて歩く。その音が獣にとっては危険な音なのだ。獲物を近くに感じたら、つま先立ちの状態でゆっくりと歩くようにしている。いままでの経験上、この方法であれば普通に歩くよりは接近することができる。

樹間に動く動物の気配を感じて銃を構える。
深山であっても矢先の確認は確実にする

シカの痕跡

フンや足跡は、新旧を見極めたい。量や大小サイズによって単独なのか群れなのかを知ることができる。寝屋は、地面を少しかいたように低くなっていることが多い

雪面に刻まれた多数の足跡やフン、エサを探して泥をかいた跡が多く見られた。そのほかにもオスが角研ぎをした際にできる樹皮の傷や、樹皮の食害の痕跡もあったが、樹皮を失った木々は冬に凍ってしまい枯れてしまう。エサ場や水場を知ることでシカの行動パターンを知り、 トラッキングするうえで重要なポイントになり獲物に出会える確率を上げる。

※当記事は『狩猟生活』VOL.1「一頭を求めて白銀の山野を歩く 雪中追跡」の一部内容を修正・加筆して転載しています。

Profile

あらい・ゆうすけ
ワイルドライフクリエーター。フライフィッシング、ブッシュクラフト、ハンティングなど幅広いジャンルに携わる。著書に『サバイバル猟師飯』『アウトドア刃物マニュアル: ナイフや鉈、斧の使い方からナイフメイキングまで』『タープワーク: キャンプ、災害時に役立つ基礎知識と設置法』(誠文堂新光社)がある