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一頭を求めて白銀の山野を歩く 雪中追跡(後編)

しばらく歩くと作業道に出た。道には複数の群れのアシがあり、それらが交差し、追っていた群れの足跡との見分けがつかなくなった。小さな沢を越え見通しのいい斜面に出たとき、右上の斜面で何かが動くのを感じ見上げると、山肌に設置してある土砂止めのコンクリートの陰からメスジカが3頭出てきたのだ。その上の斜面にもう1頭いる。追っていた群れだ。スコープをのぞくと子ジカを2頭連れた大きなメスがいた。

斜面にシカの群れを発見した。
悟られないように銃を構える。緊張する瞬間

打ち上げの角度も悪くないが距離が遠い。風はないが心臓を狙うと、弾がそれたときに腹を抜いてしまう可能性がある。
シカはまだこちらに気がついていない。ゆっくりと構え狙いを定める。大きなメスジカの首上7㎝に照準を合わせ引き金を引いた。
轟音とともに跳ねるように走る2頭の子ジカの間をそれは崩れ落ちた。斜面を転がり落ち、傾斜がゆるやかになった雪面で止まった。あとで距離計で測ると、射撃地点から108mあった。

斜面を滑り落ちたシカが力なく横たわる。
止め刺しの準備をしながら近づいていく

血はジビエを料理したときの臭みの原因になるので、美味しくいただくためには血抜きは不可欠。脊椎を破壊されたシカに意識はないが、反射でまだ動いていた。首にナイフを入れて放血する。神経を破壊されても、しばらく心臓は動いているので血抜きは容易だ。心臓を撃ち抜いてしまうと腹腔に温度が高い血がたまってしまい、早く血を外に出さないと肉が焼けてしまうことがある。血抜きが終わった肉はできるだけ早く冷やしたほうがいい。

雪原でシカの解体に取りかかる

皮を剝ぎ内臓を抜いたら、大まかに部位ごとに分けて雪の上に並べる。こうすることで、肉の温度を素早く下げ、肉の傷みが進行するのを防げるのだ。腹膜を破ると網脂がびっしりとついていた。この時期は厳冬期に備えて脂肪を蓄えるので、シカでも良質な個体なら2㎝ほどの分厚い脂肪がついている。このシカはまさにそんな個体だった。部位ごとに分けた肉や内臓を厚手のビニール袋に入れ、防水ザックに入れる。単独の山岳狩猟では山中で解体し運搬するのが最も効率がよい。帰ってから肉の重さを量ったら34kgほどあった。解体して肉にしてしまうと重さは3分の1程度なるので、シカの重さは90kgほどあったのだ。

剝いだシカの皮は自宅でなめして使用する。
貴重な資源なのだ

自然の恵みに感謝し、できるだけ無駄なく利用したい。それが奪った命への礼儀である。命によって生かされていることを、毎回僕は噛み締めているのだ。


<Column> 忍び猟 荒井裕介さんの装備

①スパイク
軽量で脱着が容易なチェーンスパイクを愛用している。オールシーズンの装備である
②刃物各種
山岳狩猟ではすべてが刃物ありきで進んでいく。野営と大物猟ではこれくらい必要になる
③グローブ
レザーグローブは防寒のウールのアンダーと組み合わせて使用する。丈夫さが重要になる

④散弾銃と実包
僕の愛用している銃はマーリンM512ハーフライフルだ。サボット専用の単身ボルト式で、ルガーのスコープ付き
⑤頑丈なザック
スランバージャックのハンティングザックは肉を含め、すべての装備を運べるタフなザック

解体した肉は30㎏を超えていた。一歩踏み出すごとに、靴が雪に沈み込む

装備と野営道具を背負い、一日中山を歩く。
ウエアはフェールラーベンを愛用している。タフで焚き火にも強い。さすが北欧生まれのウエアである。積雪時期にはスパッツは欠かせないアイテム。

※当記事は『狩猟生活』VOL.1「一頭を求めて白銀の山野を歩く 雪中追跡」の一部内容を修正・加筆して転載しています。

Profile

あらい・ゆうすけ
ワイルドライフクリエーター。フライフィッシング、ブッシュクラフト、ハンティングなど幅広いジャンルに携わる。著書に『サバイバル猟師飯』『アウトドア刃物マニュアル: ナイフや鉈、斧の使い方からナイフメイキングまで』『タープワーク: キャンプ、災害時に役立つ基礎知識と設置法』(誠文堂新光社)がある


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