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趣味のデータ分析059_男女賃金格差の謎⑩_女の学歴の価値詳細版c+男

058では、学歴を得るコストと年収を比較することで「基本的には女性の学歴には価値がある」ことを(再)確認した。ただ、早期に(30歳)仕事の第一線から退く(非正規職になる)場合、専門学校卒は、高卒よりコストパフォーマンスが悪い可能性もあることがわかった(図1、2)。

図1:女性の学歴別平均生涯年収
(出所:賃金構造基本統計調査、就業構造基本調査)
図2:ライフコース別の高学歴コストを回収できる年齢
(出所:賃金構造基本統計調査、就業構造基本調査)

今回は、前半でこの図1、2からもう少し読み取れる内容を確認するとともに、後半では、男性の学歴の価値について同様のチェックを行う。

学歴コストやライフコースは現実と整合的か?

さて、図1、2から推察できることは何があるだろうか。
一つ目は、ほぼ自明の話だが、図2の年齢までに専業主婦になってしまうと、高学歴コストはペイしない、ということだ。30歳までに専業主婦になる場合、どんな学歴でもコストを一切ペイできないため、高卒でさっさと働き始めるべきである。ただここで気になるのは、実際専業主婦や、出産等に伴い、正規職から非正規職に転換する人はどれくらいいるのか、という点だ。
以前ライフコースの議論で触れた(046)ように、専業主婦になりたい、という(独身の)人は案外多くはなく、15%前後だが、(結婚出産のタイミングで)一旦退職をする再就職コースを理想/予定とする者は30%程度おり、057で俎上に上げたライフコースが仮定として妥当かは、検討に値するだろう。

これについて、2021年の出生動向基本調査で興味深い調査がなされている(なお、2015年以前では取得不能)。図3がそれで、「妻50歳未満の初婚」で、「結婚を決めた際に妻が就業しており」かつ「1歳以上の子供がいる夫婦」を対象に、妻の就業経歴がどのようなものだったか、という分類をしている。分類の詳細は下記の通り。

・正規継続型:結婚を決めたとき正規就業~子ども1歳時正規就業~現在正規就業
・就業継続型:結婚を決めたとき就業~子ども1歳時就業~現在就業(正規継続型を除く)
・再就職型:結婚を決めたとき就業~子ども1歳時無職~現在就業
・専業主婦型:結婚を決めたとき就業~子ども1歳時無職~現在無職

出所:出生動向基本調査

横軸は婚姻継続期間で、妻の年齢は不明なのだが、継続期間が短い=最近婚姻した夫婦ほど、正規継続型が多く、0~9年までの夫婦は、50%以上が(おそらくではあるが)一度も退職をせずに、あるいは少なくとも無職期間をほぼ挟まずに、就労を継続している。これについては、女性進出促進政策が奏功した、とみなして良いのではないか(少なくとも、出産等に伴う正職員の消極的退職が減少した結果なのではないかな、と思う)。

図3:妻50歳未満初婚夫婦の、妻の就業経歴別構成比(2021年)
(出所:出生動向基本調査)

057~058のライフコースの仮定では、再就職コースについて、単純にペイするタイミングが後ろずれするだけで、分析上のインプリケーションが少ないと思われたため、設定していなかった。「再就職コースがない、というのはやや現実を踏まえてないのでは?」という懸念もあったのだが、これを見る限りはそこまで無理のある設定でもない気がしてきた。
一方で、専業主婦も20数%存在しており、彼女らは潜在的には再就職コース群ともいえる。今後の追跡調査が望まれる項目である。

もう一つ検討できる点は、実際の婚姻、出産年齢と、この「ペイできる年齢」の関係である。つまり、学歴別に女性を見たとき、学歴コストをペイできるような人生を送っているのか?具体的には、高学歴の者は30~40歳で結婚や出産を経験しているのか?ということだ。
実際にそれを直接計測することは難しい。マクロで検証するとすれば、学歴別就業状況別第一子出産年齢のデータが一番なのだが、そんな都合の良いデータはない。ただ、以下の点は確認できる。
学歴別未婚率は、学歴が高いほど高い(図4)。20代では高卒(以下)の未婚率が低く、30~34歳になると、高卒~大卒までの未婚率が40%台でほぼ並ぶ。35~39歳では大学院卒の未婚率も30%程度まで下がり、学歴別未婚率にほぼ差がなくなる。
・既婚者でも、25~29歳時点での子供数は、大卒では0人が過半数を占める。39歳までは、平均的には学歴が高いほうが子供の数が少ない(図5)。

図4:学歴別未婚率(有業者のみ・2022年)
(出所:就業構造基本調査)
図5:初婚夫婦の妻の年齢別最終学歴別子供数(2021年)
(出所:出生動向基本調査)

きわめてマクロな視点であり、十分なフォローにはなっていないのだが、以上の2点は、学歴コストをペイしようとした結果と解釈することも、不可能ではないだろう。要するに、「高学歴化は婚期が遅れる」というのは、学歴コストの観点からは十分合理的だし、実際にそのように女性もふるまっている。

男の学歴の価値は低い

さて、後半は男性の学歴コストについて検証しよう。男性については、正直ライフコースみたいなのがいまいちないので、各学歴で正職員と非正規を並べ、正職員/非正規職で貫いた場合に、学歴コストをペイするかどうか、という単純な検証にしたい。
検証は、引き続き賃金構造基本統計調査と就業構造基本調査の両方を用いる。人数の分布等は、煩雑なので補足にまとめ、最終的な年収からすぐ始めてしまおう。

男性の場合、正職員データは賃金構造基本統計調査と就業構造基本調査でほぼ差はなく(10%前後)、かなりきれいな年功序列と学歴順になっている。高卒と専門学校卒で大した差がない、ということくらいか。
非正規は、女性と同じく年齢、学歴による差が全く見られないだけでなく、30歳を過ぎたあたりから年収が減少しているのが興味深い。女性は子育て時期で労働時間を減らしているのかと思われたが、男性でも同様の事象となっている。詳細はこれまた補足に譲ろう。

図6:賃金構造基本統計調査と就業構造基本調査の年収比較(男性正職員)
(出所:賃金構造基本統計調査、就業構造基本調査)
図7:賃金構造基本統計調査と就業構造基本調査の年収比較(男性非正規職員)
(出所:賃金構造基本統計調査、就業構造基本調査)

生涯年収では図8のとおりとなった。最も興味深いのは、賃金構造基本統計調査では、非正規職員で最も賃金が高いのが大卒であり、大学院卒が専門学校卒と大差ない賃金しか得ていないことだ。就業構造基本調査ではそんなことはないので、サンプルバイアスの可能性もあるが。

図8:男性の学歴別生涯年収
(出所:賃金構造基本統計調査、就業構造基本調査)

最後に、学歴コストをペイできる年齢は、図9のとおりとなった。専門学校卒のコストがほぼ回収できないこと、大学院卒のコストが非正規だと回収できない可能性があること以外は、概ね女性と変わらず、30~40歳のうちにコストは回収できる。正職員で女性の場合、高卒比で大卒コストを回収するのは36歳、男性では41歳なので、男性は女性に比べ、比較的高卒のコスパが良い(高学歴になる意義が薄い)感じはある。

図9:就業形態別の高学歴コストを回収できる年齢
(出所:賃金構造基本統計調査、就業構造基本調査)

まとめ

前半では、学歴コストに関する女性のライフコース選択の妥当性と、前々回からの検証が現実に即しているかを見てみた。結果、「正規にせよ非正規にせよ、子供が生まれても働き続ける」という仮定自体は、特に最近はそこまで無理のない仮定と思われる。もちろん子供が2人以上になったらとかも考えられるが、とりあえず子供1人か2人かは、就業経歴に関係ないようだ。

図10:妻50歳未満初婚夫婦の、妻の就業経歴別子供の数別構成比(2021年)
(出所:出生動向基本調査)

また、高学歴になるほど婚姻、出産年齢が下がる傾向も確認できた。「高学歴化は婚期が遅れる」というのは、学歴コストの観点からは十分合理的だし、実際にそのように女性もふるまっている。

男性の学歴コストについては、個人的には、大学院卒のコストがペイされない可能性がある、というのが衝撃的だった。就業構造基本調査では確認できないのでロバストな結果ではないが、補足で詳細は触れるが、これは大学院卒の実働日数の少なさに起因している。
女性と比較すると高卒のコスパが良い、という点も含めると、学歴を得る価値は男性より女性の方が高いのだろうか。女性はもっと高学歴を目指したほうがよいし、男性はFラン大学に行くくらいなら、高卒で十分なのかもしれない。ちなみに男女の大学進学率は、近年同じくらいの水準である。
なお男性の場合、高卒でも、収入さえあれば大卒よりも既婚率が高いことは049で確認したとおりである。

図11:高校、大学等の進学率の推移
(出所:学校基本調査)

男女格差についてはこんなところか。なんとなくやりきった感があるので、次回以降はまたまた違うトピックでやっていきたい。

補足、データの作り方など

データは賃金構造基本統計調査就業構造基本調査、そして学校基本調査である。

男性の学歴別労働者数等について並べておこう。まず労働者数および学歴別構成比は、まず賃金構造基本統計調査だと図12~15のとおり。概要としては、時短正職員は全年齢で極めて少ない。時短非正規は若年または老年(定年後)にほぼ偏っており、その間の「働き盛り」の年齢は10万人前後で一定になっている。
また、正職員では若いほど大卒が増えている一方、非正規職員は、大卒の構成比が年代が若くなってもあまり増えていない。女性の場合、「大卒率が若いほど高い」という傾向自体は、正規も非正規も変わりなかったこととは対照的である。

図12:男性正職員の学歴別労働者数(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図13:男性正職員の学歴別労働者構成比(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図14:男性非正規職員の学歴別労働者数(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図15:男性非正規職員の学歴別労働者構成比(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

就業構造基本調査でも傾向は同様だが、総数が違う(就業構造基本調査のほうが1.5倍位多い)のと、正職員の「若いほど大卒が多い」傾向が比較的弱いことくらいだろうか(40~50歳でも30%以上が大卒になっている)。
ちなみに非正規労働者の若年層の数が少ないのは、在学者をデータから除いているためである。

図16:男性正職員の学歴別労働者数(2022年)
(出所:就業構造基本調査)
図17:男性正職員の学歴別労働者構成比(2022年)
(出所:就業構造基本調査)
図18:男性非正規職員の学歴別労働者数(2022年)
(出所:就業構造基本調査)
図19:男性非正規職員の学歴別労働者構成比(2022年)
(出所:就業構造基本調査)

賃金構造基本統計調査では賃金の詳細も覗けるので、これも見ておこう。一般職員のユニバースでは、特に大学院卒の決まって支給する現金給与額は、非正規も正職員もほぼ同じ水準で、大学院まで行けば、非正規職員でも1000万円近い年収になる。流石にボーナスは異なるが…というか、このボーナスという制度、やっぱりよくわからないね。

図20:男性の学歴別平均決まって支給する現金給与額(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図21:男性の学歴別平均年間賞与等(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図22:男性の学歴別平均年間所得(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

大学院非正規一般労働者の給与水準の高さと、図7の大学院卒平均年収の低さから分かる通り、短時間労働者の給与水準は結構酷いことになっている。短時間非正規職員(図24)では、短時間正職員は数が非常に少ないので、年収の平均もばらつきが激しい。短時間労働者は、大卒が一般労働者と同じくらい得ているが、それ以外の学歴はかなり低く、大学院卒も大卒の半分くらいしか得られない。

図23:男性正職員の学歴別平均年間所得(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図24:男性非正規職員の学歴別平均年間所得(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

最後に、短時間労働者の給与水準を要因分解してみよう。給与、労働時間、労働日数が構成要素である。各構成要素の全体平均を100とした場合、各カテゴリではどのくらいになるか、というのを示したものである。
時給に関しては、男性では大学院卒と大卒、女性では大学院卒が図抜けて高い。女性の大学院卒が、非正規でも比較的年収が高水準である背景には、端的な時給の高さがあるようだ。
一方で、男女ともに、大学院卒はどの年齢でも労働日数がかなり少なめになっている。男性に至っては、平均の半分、月10日未満しか勤務していない。研究職的なバイトとか、非常勤、副業的に、企業で研究職をしているとか、非常勤理事とか何かだろうか…平均が少ないだけで、月勤務日数が少ない人と多い人の分布も気になるところだ。

図25:男性短時間非正規労働者の年収要因分解(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)
図26:女性短時間非正規労働者の年収要因分解(2020年)
(出所:賃金構造基本統計調査)

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