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これは読むドラッグであrrrrrrr。『ソフトウェア』『ウェットウェア』ルーディ・ラッカー

そもそもラッカーとの出会いは、伊藤計劃先生が影響を受けたサイバーパンクの作家の一人ということで、いつか読みたいと思っていたのが始まり。
それが去年の年末くらいに、岡山の丸善で、ゲリラ的に開かれていた古本市でたまたま、『ソフトウェア』と『ウェットウェア』を見つけ、購入。読んでみたというわけです。そのときの古本市の様子を写真に撮らなかったのは一生の不覚。テンション上がりますよねー古本市。

他にもハヤカワ文庫を探してストルガツキーの『波が風を消す』なんかも発見。ラッカーもストルガツキーも80年代にSFを愛した誰かが、ごそっと置いていったものなのでしょう。巡り巡って私の本棚に…ありがとう…。

ルーディ・ラッカーは本名をルドルフ・フォン・ビター・ラッカーという名前で、小説家というキャリア以外に数学の教授もしている人。一般向けの科学書なんかも何冊か出版してる。
ちょうど1985年の北米SF大会で史上初のサイバーパンクパネルが発表されたとき、ギブスンやスターリングと同席して司会を務めていたのがラッカーで、彼の作品群は、80年代の原点的なサイバーパンクのそれだと言えるでしょう。

『ソフトウェア』と『ウェットウェア』は本来なら、『フリーウェア』に未訳の『Realware』を加えた4部作なのですが、今回は2冊しか手に入らなかったので、『フリーウェア』の感想はありません。今年の古本市に期待するしかあるめぇ。


ソフトウェア

“オール”の中にノイズなんてものはないー情報があるばかりだ

あらすじ

元サイバネ学者のコッブ・アンダスンという男が、月からやってきたロボットに、不老不死にしてやるから月に来い!と言われ、ロボットたちが統治する月へ旅立つことに。

コッブは月で“バッパー”と呼ばれているロボットたちをプログラムした男で、プログラムを組み立てるさいに、アジモフ回路を無効化し、ロボットたちに自由意志をもたせます。その結果ロボットたちは月で反乱を起こして、独立を勝ち取り、バッパーと自らを呼ぶようになる。

コッブのもとを訪ねてきたのは、ラルフというバッパーで、かつて自分たちを解放してくれたお礼として、コッブに不老不死を与えようとしたのでした。

ラルフというはアメリカSFの父であるヒューゴ・ガーンズバックの小説『ラルフ124C41+』から来ているのではないかと思いますが確証はありません。
アジモフ回路は、アイザック・アシモフの小説に出てくる有名なロボット工学の三原則のことですね。

それと同時に、もう一人の主役がステイ=ハイという若者で、彼は地球でイカれた集団に拉致され、頭を割られ、脳みそをちゅるちゅる吸われそうになったところを間一髪で脱出し、最終的にはコッブと共に月へ向かいます。

このコッブとステイ=ハイが主な主役で、月で起こる事件に巻き込まれるというストーリーです。

レビュー

紹介しといてなんだけど、ストーリーは割とどうでもよくて、本作が面白いのは、月世界の描写と作者による宇宙論の部分かなと思います。

バッパーたちは、いわば自律進化したAIで、コッブがかれらを創造するときに、知能を一からプログラムすることは不可能であることに気がつき、(不完全性定理、フレーム問題)AIに生殖能力をもたせ、遺伝的アルゴリズムのようなものを使ってAIを完成させます。これは今のAIもいっしょで、機械に自ら学習させるやり方ですよね。

でもそのおかげで、バッパー自身も自らの心がブラックボックスになってしまって、人間と同じ悩みを抱えることになってしまうのは皮肉で面白い視点だった。

バッパーたちは、大バッパーと呼ばれるスーパーAIの管理の下にあるのですが、この大バッパーの手によって、生まれてくるバッパーたちには“ワン”という回路スクランブラにアクセスするように、無意識のなかにプログラムを埋め込まれます。

バッパーたちはわけもわからず、強力な宇宙線が降り注ぐ空間を横切って、ワンにアクセスしようとし、その際にプログラムを擾乱され、生物でいうところの変異体を生み出すことになり、進化を加速させているのだった。こういうディティールなんかすごく面白い。

そうして大バッパーがバッパーたちを進化させる目的は、人間と機械の融合という攻殻の人形使いみたいな魂胆があってのことで、地球でステイ=ハイが脳を吸われそうになったのも、バッパーたちが融合のために人間の脳を集めていたからだった。コッブに提供されることになる不老不死も、肉体を捨てデータとして生きるという意味であることがわかる。それでもデータ化しちゃうところがサイバーパンクだけど。

しかし結局、その野望はステイ=ハイと大バッパーに反旗を翻したバッパーたちによって潰えてしまい、月は無政府状態に陥ってしまいます。

『ソフトウェア』はこんな感じの小説なんですが、個人的には次作の『ウェットウェア』こそ作者の本領発揮だと思う。曰くサイバーパンクを意識して描いた最初の小説ということで、ギブスンの影響が強くなっている感じ。ちなみにラッカーの役者は『ニューロマンサー』の黒丸尚さんで、かなり独特な訳語でクセになる。波れる……。くねくね……。

ウェットウェア

「基本的な考え方は簡単なんだー“すべてオール”は“ひとつワン”。宗教が違っても、この宇宙的な真理を表すのに、ちがう表現をしているだけ」

あらすじ

前作『ソフトウェア』から10年後の2030年。月で反乱を起こしたバッパーたちは、有力な指導者も現れず、地球とは生産物を売り買いする関係で、お互い持ちつ持たれつしていた。
前作でも登場したステイ=ハイという青年が、今回はスタン・ムーニィと名前をかえ、探偵業をしていたところ、マックス・ユカワという科学者が、失踪した助手の行方を探してほしいと依頼に来る。
その助手は、デラ・テイズという女性で、彼女の方も彼女の方で、恋人を殺され、何やら陰謀に巻き込まれるというストーリーが進行して、クロスオーバーする形で交互に物語が進む。

レビュー

2作目はちょっとテイストが変わって、ギブスン的に大量のガジェット投入で、わちゃわちゃした世界観に変貌を遂げる。

開幕いきなり、謎のドラッグ“マージ”のぶっ飛び描写があり、そのドラッグを摂取した人間は体がドロドロに溶けてしまい、なおかつそれが快感らしいんですが、前作よりマッドさがアップしてて、笑っちゃう。
マージは二人で使用することもできて、二人の体がドロドロに溶けて混ざり合うのが最高に気持ちいいらしいです。
解説の大森望さんが『生物都市』って言ってたのがドンピシャ。諸星大二郎化してしまう。笑
そのマージを売り捌いているユカワ博士も、元はドイツ人だったのですが、難病を克服するために、ある日本人と遺伝子を交換してしまったという極めてマッドなサイエンティストで、インパクトしかなない。
他にもバロウズとポーの文体で会話するロボットとかおかしくて好きなキャラですね。

本作はラッカーがサイバーパンクを意識して描いた最初の長編ということで、さまざまなガジェットが入り乱れて実にサイバーパンク。そのなかでも一応SF的大ネタがあって、急進的なバッパーの一味が、人間と交わることができる人造人間を地球に送り込んで、新人類を繁殖させてしまおうという恐ろしい計画を実行するというもの。
前作では人間とバッパーの融合は失敗してしまいましたが、諸星化するドラッグ、マージを使えば、なんとかなるんじゃないかという発想で、ヤリチンロボットを地球に送り込んできます。
しかしそれも結局、ユカワ博士が開発した、コンピュータに寄生する特殊なカビを、スタン・ムーニィに感染させ月に送り込み、バッパーたちを全滅させて、終結することになる。そしてさらに今度はカビと合体した新たなバッパーまで出てくるというのがオチ。

人間とロボットの違いという、ディックが『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』で描いたような、古典的テーマがある感じですね。

二冊読んでみて、やっぱり興味深いのは、ある種宗教的ともいえる超越的なビジョンを示そうという試みがあることだった。それはこの小説だけにあるものというより、ある年代のSFすべてに言えることかもしれないですけど…。

人間もロボットも、それぞれ情報処理の仕方が違うだけで、同じ推論する機械であることに変わりはない。情報という観点からすれば、人と機械にさしたる違いはない。
敷衍して、人間どうし、肌の色の違いや話す言葉の違い、文化の違い、男と女とか、そういったことはささいな違いでしかなく、みな情報なのかもしれない。
この宇宙は、融合して密になる情報の塊、生命の進化、文明の進歩はより情報が密に統合されていく過程、ということになる。
そして逆にエントロピーがカオスを生み出し、情報を無に還している。

最近は分断と戦争が日常になりつつあり、ラッカーの無邪気ともいえる越境と融合のヴィジョンが、ことさら強烈で、もやもやした気分を無化してくれます。


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