カギ。

 街の、小さなカギ屋。普段は、合鍵を作ったり、カギを失くした人からのSOSを受けて駆けつけたり、保存されていた古い金庫のカギを開けたりというような仕事を受け持っている。

 ある日、そのカギ屋に一人の女性が訪れた。成人済みではあるものの、年頃の男子であるそのカギ屋は、美人の登場に楽しくなった。
「いらっしゃいませ」
そう、笑顔で出迎える。
「あの、どんなカギでも開けてもらえるんですか?」
女性がそう尋ねる。
「どんなカギでも、とはいかないですけど、出来る限り頑張ります」
そう、正直に答えた。
「例えば、こんなのでも…?」
女性が、カバンから何かを取り出す。二つの箱だった。その箱をカギ屋が見て、「お、カッコいい」と声を漏らす。
「宝箱、ですか?」
「そうなんです」
その箱は、おしゃれな模様の宝箱だった。それぞれ違う模様の、白とピンクの箱だった。
「昔、亡くなった母と二人で、それぞれに自分の宝物を入れたんです」
「いいですね」
こんな依頼は初めてだった。ステキな依頼に嬉しくなる。
「先日、母の遺品を整理してたら、こっちの白の、母の箱が出てきて思い出して。自分のも探したら、箱は出てきたんですけど、カギがどうしても見つからなくて…」
「なるほど」
「多分、母の箱のカギは母が持ったまま亡くなってしまったんだと思うんですけど、自分の箱のカギも見つからなくて、それで、ここに持ってきたんです」
「そういうことでしたか」
カギ屋が改めて箱を見る。
「もう、自分でも何を入れたか覚えてないぐらいのものなんですけど、なんだか、気になって」
「大丈夫。開けられると思いますよ」
「良かった」
女性が安心したように笑う。
「どっちから開けます?」
そう聞かれ、女性が選ぶ。
「まず、自分のからお願いします」
二つの箱の、ピンク色の方を示した。
「分かりました。じゃあ、ちょっと待っててください」
カギ屋が解錠に取り掛かる。お客様の大事な宝物だ。とても丁寧に扱う。宝箱は、蓋を閉じると自動でカギがかかる仕組みの物だったので、少し、時間がかかった。

ガチャ。

作業を初めて三十分ほどで解錠に成功し、心地のいい音が聞こえる。
「開きました」
宝箱の蓋は開けず、女性に差し出す。
「そのまま、開きます」
そう促すと、女性が宝箱の蓋を開いた。中からは、折りたたまれた画用紙が出てきた。その画用紙を、開いて見る。
「あ…」
女性が微笑む。切り絵で描かれた花の絵だった。ピンク色の可愛い花が、大きく、元気に咲いている。
「あ、カワイイ」
カギ屋が言う。
「小学生の頃の授業参観で、親子で工作をする時間があったんです。その時に、母と作った切り絵です」
「へぇ」
「私、その時間がとても楽しくて…。だから、その思い出と一緒に、この絵を宝箱に入れたんです」
「じゃあ、お母さんとの共作って事ですね」
そう言われ、女性が「ふふ」と小さく笑った。その様子に、カギ屋も「え?」と笑う。
「うちの母、母親なんですけど、子供みたいな人で。『手伝って』とか『これやって』とか。私が勉強してると、『そんなのいいから、一緒に遊ぼう』とか言う人で」
「へぇ」
「これを作ってるときも、『私不器用だから、やって』って。母は折り紙をちぎるだけで、私が貼り付けていって」
「なるほど」
「でも、子供って不思議と親から頼られたりすると嬉しくて。『もう、甘えないで』なんて言いながら世話焼いたりしてて」
「かわいいおかあさんですね」
「はい、大好きでした」
女性が微笑んだ。

 「じゃあ、そのお母さんが何を入れたか、見てみましょうか」
カギ屋が白い宝箱に手をかける。女性は、「よろしくお願いします」と小さく頭を下げた。
 カギ屋が、再び解錠を始める。さっきと同様、とても丁寧に扱った。その間、女性は切り絵を眺め、微笑んでいた。

ガチャ。

 また、三十分ほどで心地いい音が響いた。
「開きました」
再び、カギ屋が宝箱を差し出す。女性が、蓋を開ける。自分の箱を開けるよりも、少し、緊張している気がした。
「…あ」
女性が、声を漏らした。少し驚いたようにも聞こえる。
「あの、これ…」
女性が、中から取り出したものをカギ屋に見せる。それは、金色に光るカギだった。
「あら、カギですね」
持ち手が鳥の翼のようなデザインの、おしゃれなカギだった。
「ほんとに、あの人は…」
女性が、再び微笑んだ。
「きっと、あの人のことだから、自分で自分の宝箱にカギを入れて、そのまま閉じちゃったんだと思います」
「かわいらしい人ですね」
「ほんとに」
そう微笑んで、女性がカギを宝箱に差し込む。
「…あれ」
女性が首を捻った。
「開きません」
「あれ、そうですか?」
女性がカギを渡し、カギ屋がそれを観察する。すると、「…ん?」と何かに気づいた。
「…これ、もしかしたら、こっちの箱のカギかもしれません」
「え?」
「試してみてください」とカギを返す。女性が、自分のピンクの宝箱にカギを差し込み、捻る。

ガチャ。

宝箱から、心地いい音が響いた。

「あ、開いた」
そう言いつつ、「ガチャ、ガチャ」とその音を楽しむように女性がカギを開けたり閉めたりした。
「でも、なんで…?」
女性が、また母親の宝箱の中を覗き込んだ。中に、手紙を見つける。
「手紙?」
女性が、開いて読む。手紙には、こう書かれていた。

「ごめんね。

 おかあさんが誘ったのに、おあかさんの宝物は、思いつきませんでした。
だって、おかあさんの宝物は、いつだってあなただから。
だから、あなたの宝物を、おかあさんの宝物とさせてください。
こんなことを言うと、また『甘えないで』って叱られちゃうかな。ごめんね」

女性が、手紙を閉じた。

「…私、甘えてくるおかあさんが大好きだったんです」
「はい」
「『甘えないで』っていうのも、そう言うと、また甘えてくれるのが嬉しくて、そう言ってて」
「はい、わかります」
「でも、学校で色々あると、心に余裕がなくなるときもあって、そういう時、つい、きつい言い方になっちゃう時もあって…」
「それも、わかります」
「大人になってからは、そういう時が増えてしまったかもしれません」
「…おかあさん、気にしてたのかな」と言いつつ、二人で作った切り絵を見つめた。

 「きっと、おかあさんは、あなたから叱られるのも、嬉しかったんだと思いますよ」
「…そうでしょうか」とカギ屋に目を向ける。
「でなければ、このカギを宝箱に入れなかったと思います」
「だと、いいんですけど」
「お母さんから甘えられたとき、『嬉しかった』って言ってましたよね?」
「はい」
「きっと、おかあさんも同じ気持ちでいたんだと思います。『負担になってうかな』って気になりつつ、でも、嬉しくて甘えちゃう。そんな気持ちだったんだと思います」
「だとしたら、嬉しいな」
「このカギが、その箱に入っていたことが、何よりの証拠だと思いますよ」
そう言われ再び切り絵に目を落とす。そして、「…ですよね」と安心を顔に浮かべた。

 「もう、だったらせめて、白い箱のカギはちゃんと分かるようにしておいて欲しかったなぁ」
そう言って笑う。その笑顔を見て、きっとこの人は、いつもこの笑顔でお母さんの世話を焼いていたんだろうなと思った。

 「あの、」
「はい」
「この、白い箱のカギって、作れますか?」
「もちろん。ただ、カギがなくて鍵穴から作るので、時間かかっちゃいますけど、いいですか?」
「それは、かまいません。では、二つ作っていただけますか?」
「二つ、ですか?」
「はい。一つは自分で持っておきます。
「もう一つは?」
「もう一つは、私の宝箱に入れます」
そう言い、自分の宝箱を大事そうに抱きしめた。
「かしこまりました」
カギ屋が頭を下げ、そして作業に取り掛かった。

「出来ました」

カギ屋が、二つのカギを差し出す。持ち手に鳥の翼をあしらい、ピンクの箱のカギと似せて作った。

「ありがとうございます」

女性が受け取り、白い箱に、手紙とピンクの箱のカギを戻し、ピンクの箱に切り絵と今作ってもらったカギを一本入れた。
そして、もう一本のカギは自分のカバンに大事にしまった。

「ありがとうございました。きっと、母も喜んでると思います」
そう、頭を下げた女性に、「おかあさんに、よろしくお伝えください」と伝えた。
「はい」
女性は、笑顔を残して店を出て行った。

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