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サボり癖やばいね

こんにちは。サボり癖やばい寺坂です。

文章力強化のために書いてくぞって意気込んで新年からnote始めたのに一週間以上の更新ストップ。

自分の有言実行能力の無さにもううんざりだ。と、自分自身にネガティブキャンペーンしてても意味無いのでとにかく指を動かす。(感情より指を動かせ。そして他人の感情を動かせ)

最近はとにかく〆切が危うくて危うくて危うくて……なんとか一つはクリアしたのだけど、今週中に仕上げなければいけない執筆がまだ後一本残っている。(んーもう無理~目も頭も回らんの~。でも回せ。そして他人の感情を動かせ)

見たいドラマや映画が溜まりに溜まっている。今シーズンのドラマも見始めたけど全然追い付かず。(ありがたきティーバー。そんなん言うてんと他人の感情を動かせ)本当は今日も映画を見に行く予定だったが、グッと堪えて行き先を映画館から近所のカフェへ変更したのだ。(そんなん言うてんと他人の感情を……ああもううるさいな自分もう( `ー´)ノ)

私は見たいドラマの中にはその脚本家が好きで見てるドラマが多数ある。映画も同じく。なぜその脚本家が好きになったかと言うと過去作で面白いストーリーだったり、好きな登場人物だったり、心をグッと突き動かされるようなセリフだったり「うわおもろい。めっちゃ好き」となる瞬間があったからなのだ。しかし、だからと言って必ずしも次作が「うわおもろい。めっちゃ好き」になるとは限らない。正直、同じ脚本家の作品を何本も見ていると「あれ?このパターン見たことあるぞ」とか「うわ、王道展開ちゃう?」とか思うことも増えてくる。そうなると「んー何か微妙やな」と思ってその脚本家の作品を見続けることを止めてしまう人もいるだろう。

でもなぜだか私は見続けてしまう。一度好きになるととことん追いかけてしまうのだ。それはなぜか? わかったことが一つだけある。

その脚本家の作品から溢れ出る「人柄」が好きなのだ。人柄っておいおいその脚本家としゃべったことないやろがいって思う人もいるかもしれないが、もちろん会ったこともしゃべったこともないのだけど、その人の作品を見た時に感じる「うわ明るい」とか「うわ暗い」とか、「重い」とか「切ない」とかとか、一言で感じ取れてしまうモノがその人の作品には溢れ出ているのだ。だからいくら王道展開だなと思っても、その作品のどこか(人物なのか描写なのかセリフなのかもう様々)一瞬にそれ(人柄)を見つけてしまって「あ、やっぱり好き」となって次も、その次も、そのまた次も!と、どんどん追いかけていくのである。

これは音楽とか絵画とか陶芸とか、芸術(エンタメも?)作品において全てのジャンルに言えることだと思う。音楽なんかはそういうところ顕著で、「ファーストアルバムはめっちゃ良かったのに、セカンドアルバムクオリティ低くない?」とか言われたりして新譜を買ってもらえなかったりするアーティストも多いだろう。けどそんな世間の反応なんか構わずずっと買い続けてくれるファンもいる。それはきっとそのファンがそのアーティストの「人柄」をどこかで見出してくれているからなのだ。と私は思う。

うん(´ー`)

えっと、何が言いたかったかと言うと、私はこれからもその「人柄」を見出し続けれる人でいたいし、その「人柄」を見出してもらえるような作品を描き続けたいと思ったのでした。

ちなみに私は「泥臭い」らしい。もうね、ミュージシャン時代から「渋い」だの「いなたい」だの散々似たようなこと言われてきたもんやから、もはや執筆でも同じこと言われてこれは完璧に私の人柄やんってなっている。

この泥臭さ、誰か見出してくれんかね?


本日もサボり癖やばい女の戯言にお付き合いいただきありがとうございました。(今週末の〆切間に合う?)

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