いいね!って共感の押し売り?
SNS上での共感っていうのに、違和感を感じたりしませんか?
すごく簡単に言えば、共感の押し売りっていうのがしっくりくる言葉かもしれません。笑
最近は共感というのが、あたりまえのルールというか義務化されてる感があるんですよね。僕は個人的に、SNSはふーっと一息つけるような落ち着いた環境ではないと思うんですよね。実際に、どこかでなにかをしている、関わるはずのない人が影響力というナイフを持って、共感しなければ刺し殺すぞ、と脅してきているように感じられています。特にここ最近はですけど。
それはひとえに、人の感情を売り物にする時代が到来したということなんじゃないか。
今までも、これからも人間は感情とつきあっていかなければならないので、それを狙いにしたビジネスなんてのはありあまるほど存在しますし、感情が存在しない仕事を探す方が大変なんですが、今って、感情そのものが売り物になってるのではないでしょうか?
感情って、いろんな影響を受けてますけど、特にインフルエンサーなどが投稿した経験や感情が伝播して、全く違う環境に生きる人達が自分の感情を捨ててまで、「ああ、確かに、この人がこういっているのだから私も同じ感情になっている気がする」と感情を売り物にしてしまっているのがここ最近の変な流れではないか。
例えば、数字は嘘をつかなくても嘘をつく人は数字を使う。とかいう名言めいたものを聞いたことがあるんですが、僕はそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないと思います。仮にそれが流行語大賞をとっちゃったりして、一部の世間がもうしばらくはそういう考え方しかできないみたいなことがあったとしたら、世間は数字に対する警戒心を高めるようになるんじゃないでしょうか。これって、今までは数字をあくまで数字として捉えていた人々の無垢な感情を、そうではない、数字を使っている人は悪だ、みたいに置き換えていますよね。そうなると、数字を使わないで、(統計・データではなく)気持ちでつながる共感の方が大事! みたいな流れが一部では出来上がって、むしろ数字を信用している人たち頭おかしいの? みたいなことになりかねない。それって情報操作ならぬ、感情操作だし、迷惑です! はっきりいって笑
────閑話休題─────
その点、このnoteみたいな落ち着いた環境は本当に素晴らしいと思いますし、大好きです。それぞれの作家さんたちがいて、互いに無理に関わり合おうとはしないで、ごく自由に活躍している感じ。ここにこそ、居場所をみつけてもいいんだと思いますね。なににも流されないで自分の好きなことに向き合っていく、それって素敵じゃないでしょうか
ぜひみなさんも僕の友だちも自由気ままに思ったことを言葉に置き換えて発信してみてください。
ちょっと突然食い込みますが……笑
朝井リョウさんの「何者」って小説があります。就活生の若者たちを描いたストーリーなのですが、タイトルが示す通り、自分の存在意義を問うたり、周りに存在する友だちへの無意識な敵意、その先にある虚無感みたいな黒い存在が散りばめられています。今のSNS社会においても、SNSでの投稿、発言が大いに取り上げられて、その人を知った気になっている。逆に言えばそういう人たちとは対照的にに自分はなにも秀でたものがない、とかで心を病んでいる人がいる。だからこそ、SNSは諸刃の剣なわけです。
まあ、それだけ世の中の大半の人は自分は何者にもなれていないと感じているような気がします。だけど、「何者にわたしなれてます!」って公言する人ってなかなかいないと思います。だし、周りを気にしていたら周りに向けた自分の生き方になっちゃうだけで、結局それはあなたが決めることなんだし。笑
なんか、じゃあこういうことを話している自分は何者なのか? と問われちゃうのが嫌になりますけど、ほどよく気にせず、マイペンライでいきましょう。(マイペンライはタイ語で「気にすんな」の意)
────閑話休題・了─────
兎にも角にも、
こういう共感がルールとして求められています!
みたいなのやめませんか? もっと自然なはずのものなので、共感って。
生きていたら、何か物事が起こり、自分はどう生きるかと考える時期があるのは当然です。そんな中、肚を決めて自分はこうして生きていくと決め、既に人生を歩みはじめている人たちがいたり、未だに心を決めかねて立ち往生している人たちもいる。千差万別で十人十色なのだから、人に対する印象だけでその人を知った気になったり類別するのはどうも納得できない!
今はSNSでどんな人かをある程度判断しなければならない部分もありますが、人間それだけではない。むしろそんなものがなかった時代から人は対して変わっていないんじゃないか。
それなのに周りの決めたルールや他人の反応にごまかされて自分を偽る人が非常に増えてきている気がします。
ただ、SNSの情報だけでその人の印象が変わってしまったり、うわさ話でしか構成されない世の中って気持ち悪いっしょ。笑
なにかをしている、していないという単純なことで人って決められないでしょう。
なにがいいたいのか? いいね!を押すだけじゃなく、人間っていいね!という全力の愛を込めていいね!を押しましょう!笑
p.s.晴れの日のお昼、ブルーハーツを聴きながら
最後まで読んでいただきありがとうございました。だいぶ気まぐれな投稿ですが、自分なりに考えたことを文字に起して日の目を浴びるのは悪くないものだと思いました。
これからもこういったエッセイであったり、できれば小説を上げていければと思います。
みなさんも何かを発信してみてください。何も発信しないのもある意味発信ですが。
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