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マイクロバイオームの「老化」を読み解く

老いという現象は、不思議だ。
それは昨日と今日のあいだにはなく、ふとしたときに顔を出す。

食事の嗜好、体力、肌のハリ。
子どもの成人、同窓会の友人の顔、治りにくくなった傷。
夢や野望を持つこと。感情の揺れ幅。

私たちは、肉体的にも精神的にも老いていく。

老いは、ある人にとっては怖いものかもしれない。
またある人にとっては、救いかもしれない。
年を重ねるプロセスを楽しむ人もいるだろう。

秦の始皇帝のように不老不死を本気で望む人がどれくらいいるのかはわからないが、老いと死は私たちに等しく訪れる。

みんな、老いが死につながることを知っている。
自分はまだ死んだことがなくとも、周りの人間が老いて死んでゆくさまを見ているから。

今回から3週にわたって、老いとは何かを考えながら、老化とマイクロバイオームの関係をさぐってゆきたい。
・第1回 マイクロバイオームの老化を読み解く(本記事)
・第2回 日本人のマイクロバイオームと老い
・第3回 より新しい知見とマイクロバイオームの老化


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
・用語解説はこちら(随時更新)
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老いとはなにか? 健康的な老いと不健康な老い

老いとはなにか?

この問いにはさまざまな学問やレベル、切り口から答えることができると思うが、分子生物学的な細胞レベルではゲノムの不安定性、テロメアの減少、エピジェネティックな変化などが起こっている。(と聞くと難しそうだけれど、要は細胞の働き)

免疫システムは徐々にバランスを崩し、慢性的に緩慢な炎症が続くようになる。
それらは心血管疾患、認知機能の低下、代謝疾患などにつながり、最後は死をもたらす。

一方で、死に方や老い方には個人差がある。
特に老いには「アンチエイジング」や「ウェルエイジング」という言葉があるように、老いに逆らってみたり、心がけひとつで健やかに年を重ねることができるらしい。

健康な老いと不健康な老いを明確に定義することはとても難しい。
生物学的には、同年代の平均的な人に比べて健康だったり、平均寿命を大きく超えて生きている人たちは、良い老い方をしたと言ってもいいかもしれない。
特に、100歳を超えて長生きした人たちを「センチナリアン」と呼ぶ。

ここで、疑問がひとつふたつ私たちの脳裏をかすめる。

私たちと共存するマイクロバイオームたちも、私たちとともに老いていくのだろうか?(もちろんひとつの細菌の話ではなく、全体の生態系として)

健康的に老いていく人とそうでない人のあいだには、マイクロバイオームから見てなにか違いがあるのだろうか?

マイクロバイオームと加齢、長寿まとめ

加齢によるマイクロバイオームの変化や、健康に長生きすることとマイクロバイオームの関係を調べようとする研究はいくつもある。そのほとんどは腸マイクロバイオーム、あるいはもっと絞って腸内細菌に関するものだ。

けれど、それらの研究に共通する課題がいつかあるので、前提条件として先に確認しておいたほうがいいと思う。

まず第一に、マイクロバイオーム研究全体に言えることとして、長期間の個人のデータを時系列に並べたものがほとんどない。マイクロバイオームは個人差がとても大きいため、異なる年齢の他人同士を比べてどれほど有用かは疑問が残る。
この第一の前提がもっとも深刻で、論文内では「多くの研究が横断的研究のため、コホート効果と被験者内効果を区別することが不可能だ」という言い方をしている。(詳しく知りたい人はこれらの用語を調べてみてください)

第二に、健康な老いと不健康な老いの定義があいまいなために、マイクロバイオームの比較も難しい。

そして第三に、マイクロバイオームは遺伝子と環境両方の影響を受けるようだけれど、老いという現象もその両方と関係がある。

最後に、長寿に関しては同じ年齢で比較すべきマイクロバイオームのデータがないので(100歳までに死んでいる人と、生きている100歳を比べられない)、ご長寿のマイクロバイオームを評価しづらい。

こういったややこしい前提はあるけれど、さまざまな切り口で研究が試みられている。

ありがたいことに、カリフォルニア大学サンディエゴ校のTanya T. Nguyen氏らが、2020年に出したレビュー論文でこれらの研究をまとめている(1)。

彼らは論文検索システムなどでヒットした267件の論文から27本を厳選し、腸マイクロバイオームと老いについて以下の4つのカテゴリに分けた。

  1. 平均年齢よりはるかに長生きしている人たちの腸マイクロバイオームの構成(8本)

  2. 加齢による腸マイクロバイオームの変化(12本)

  3. 年配者における認知と腸マイクロバイオームの関係(3本)

  4. 年配者におけるプロバイオティクスなどの介入とマイクロバイオームの変化(4本)

これらの論文はさまざまな国籍の被験者を対象としている。

  • ヨーロッパ(イタリア、アイルランド、オーストリア、イギリス、スペイン、オランダ、フィンランド、フランス、ドイツ、エストニア)

  • アメリカ

  • アジア(日本、韓国、中国)

  • その他(インド、カザフスタン)

続いて、各論文がおおむね共通して検討していることなどから、以下の3点についてまとめようとしている。

  • 多様性(α多様性、β多様性)

  • 細菌の構成の違い

  • 代謝や機能

以下、これらの点をひとつひとつ眺めていくことにしよう。

多様性

ある人の腸に棲むマイクロバイオームの種数や種ごとの個体数のばらつきを総合して見る指標に、「α多様性」というものがある。
どこを重視するかによって(希少種を重要視したいなど)、使用する指数(計算方法)は変わる。
そのため、複数の研究のα多様性をひとまとめに総括するのは難しいが、今回検証した27の論文では、「普通に年齢を重ねていればおおむね年齢とともにα多様性は上がる」という結果に落ち着いている。

腸マイクロバイオームの多様性指数は高いほうが健康だとされることが多いが、年齢という文脈で見ると若い人のほうが健康である場合も多く、多様性=善とは言い切れない面もありそうだ。

一方、個人と個人のマイクロバイオームの違う度合いを測るβ多様性という指標もある。こちらは、異なる年齢群同士でβ多様性が高かった。
つまり、53歳と84歳の人同士よりは、53歳と56歳の人同士のほうがマイクロバイオームの特性が似ていることを意味する。
この違いが加齢からくるものなのか、その世代特有の違いなのかは、前述した「被験者内効果かコホート効果かわからない」というところで、はっきりしない。

ある研究(2)では、施設で暮らす高齢者と自立した生活をしている高齢者で大きなβ多様性を観察した。加えて、前者ではα多様性が高く、後者では低かった。

細菌の構成の違い

腸に棲んでいる細菌の顔ぶれにも違いが見られた。

年齢を重ねるにつれよく見られる細菌としてもっとも頻繁に名前が挙がったのはAkkermansia(アッカーマンシア属)だった。

逆に、年齢とともに少なくなっていく細菌には、Faecalibacterium(フィーカリバクテリウム属)、Bacteroidaceae(バクテロイダ科)、Lachnospiraceae(ラクノスピラ科)が挙がった。
この傾向は超高齢者ほど顕著だった。

ここに列挙している細菌は、階級(属レベル、科レベル、門レベル)の呼び名が混在しているが、これは複数の研究をまとめている関係でそうなってしまっている。

さらにご長寿に関しては、炎症やディスバイオシスを助長するというProteobacteria(プロテオバクテリア門)の増加や、短鎖脂肪酸の産生に重要な役割を持つフィーカリバクテリウム属の減少が見られた。

↓ここ重要
「ご長寿に炎症を起こす菌がいて、有益な物質を出す細菌が少ない」といった結果は、一見して「長生きのマイクロバイオーム」という考え方と対立するように見えるかもしれない。けれど、確実に老化しているご長寿の腸では、健康を維持するために免疫系や代謝系などが腸の生態系で微妙なバランスを保っているのかもしれない。
炎症も、裏を返せば病原菌を排除するための免疫システムがしっかり働こうとしている証とも取れるのだ。と、著者たちは分析している。
(本文より:At first glance, these patterns appear to be conflicting and counterintuitive to the picture of longevity. However, they also suggest that the gut ecosystem of the oldest-old comprises a delicate balance between health-promoting vs. health-degrading bacteria. It has been previously noted that exceptionally long-living individuals exhibit a complex balance of pro- and anti-inflammatory features, permitting an effective immune response that is counterbalanced by robust anti-inflammatory activity. Thus, successful interplay between opposing immune response networks may permit oldest-old adults to evade typical age-related pathology.)
↑ここまで

つまり、ここからは筆者の推測だけれど、若い人にとっては歓迎したくない状態であっても、老化の進んだ体にとっては生命維持に重要な役割を持つ機能というのもあるかもしれない。

単純に、腸内細菌の構成だけで良し悪しを決められない複雑さを象徴する結果とも言え、善玉悪玉といった言葉を安易に使えない状況になってきている。

一方、あとで述べるように長寿の人では短鎖脂肪酸の産生能が高いという報告もある。
短鎖脂肪酸産生能が一方の研究では高く、もう一方では低く出るといった、一見して矛盾した結果は、単一の細菌ではなく複数の細菌の連携プレーを示唆するか、異なる細菌でも機能がダブっている可能性(機能の冗長性)を示している。
(↑補足すると、研究によっては特定の細菌の有無で短鎖脂肪酸産生能を評価していたりして、短鎖脂肪酸産生能の評価が同一でないことによるものである可能性があるということ)

代謝や機能の変化

異なる年齢間で、マイクロバイオームの遺伝子が持つ代謝や遺伝的な機能にも違いがあった。

まず、年配者は炭水化物の代謝やアミノ酸合成の代謝経路が少なく、遺伝子の転写や修復にかかわる遺伝子も減っていた。
加えて、マイクロバイオームの出す有用物質である短鎖脂肪酸(SCFA)のうち酪酸をつくる能力も落ちている傾向にあった。

一方で、一部の研究ではご長寿の人々にやや違った傾向も見られた。
彼らのマイクロバイオームは短鎖脂肪酸の産生能が高いという報告があり、さらには中枢代謝系、細胞修復、ビタミン合成などの機能遺伝子が年配者よりも高かった。

これは、年配者がそのあと長生きできるかどうかを決める鍵となる特徴なのだろうか。

この論文では、ほかにも食事、性別、国籍、運動習慣、サプリメントの影響なども検討している。(ちなみにサプリメントはマイクロバイオームの老化にあまり効果がなさそうだ)

このように、老いとマイクロバイオームの関係はまだまだ理解の途上だ。
そのうえで研究者らはいくつかの結論を導いている。

「長生きできるかどうかは、腸マイクロバイオームの柔軟性(flexibility)と安定性(stability)にかかっているらしい。さらには、コア・マイクロバイオータ(細菌の主要メンバー)のバランスや、炎症と抗炎症のバランスが良いことも健やかなエイジングの特徴と言えそうだ」

私たちのそのときどきの体の状態に応じて柔軟に変化してくれるマイクロバイオーム。
彼らが長期的に活躍できるよう、宿主としていい年の重ね方をしたいものだ。

↓次回「日本人のマイクロバイオームと老い」

1. Badal VD, Vaccariello ED, Murray ER, et al. The Gut Microbiome, Aging, and Longevity: A Systematic Review. Nutrients. 2020;12(12):3759. doi:10.3390/nu12123759
2. Claesson MJ, Jeffery IB, Conde S, et al. Gut microbiota composition correlates with diet and health in the elderly. Nature. 2012;488(7410):178-184. doi:10.1038/nature11319

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