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日本人のマイクロバイオームと老い

前回の記事では、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなどさまざまな国における研究をひとまとめにして「老いとマイクロバイオーム」の特徴を見てきた。

けれど、マイクロバイオームは国籍によってかなり異なっていることもわかっている。
異なる国籍同士の研究をひとつにまとめる試みは、有益ではあるけれど大事なポイントが希釈されてしまっている可能性がある。

今回は日本人や100歳以上の長寿者を参考に、老化とマイクロバイオームの関係をややピンポイントにさぐってゆく。
・第1回 マイクロバイオームの老化を読み解く
・第2回 日本人のマイクロバイオームと老い(本記事)
・第3回 より新しい知見とマイクロバイオームの老化


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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日本人のマイクロバイオームと老い

今回は、森永乳業が2016年に発表した研究(1)を中心に、日本人のマイクロバイオームと年齢の関係について紹介したい。
0歳から104歳まで合わせて367名(うち70代15名、80代48名、90代19名、100歳代6名)なので、各年代ごとの被験者は多いとは言えないが、いくつかの面白い傾向がわかったようだ。

ここでも前回と同様に「多様性」「細菌の構成の違い」「代謝や機能の変化」の3つの観点から見てみよう。

多様性

腸のマイクロバイオーム(腸内細菌)は、3〜5歳くらいまでにおおまかな構成が決まることはすでに述べた

その後20歳くらいまでは緩やかに多様性を増し、何十年かのあいだは多様性も顔ぶれも安定しているが、70歳くらいを境目にまたがらりと変化する。

横ばいだったα多様性は、60〜70歳あたりでまた上がりはじめる。多くの論文でマイクロバイオームの多様性は健康の指標とされているが、この場合はどうなのだろう?
70歳以降で多様性が向上するのは、ウェルエイジングの証拠なのだろうか?

残念ながら、おそらく違う。

著者たちは、高齢者の腸にPorphyromonas(ポルフィロモナス属)、Treponema(トレポネーマ属)、Fusobacterium(フソバクテリウム属)、Pseudoramibacter(和名なし)といった口腔細菌が混じっていることに注目している。
これらの菌はふつう、強い胃酸や胆汁酸のせいで腸まで生きてたどり着くことはできない。つまり、加齢により胃腸機能が弱ることによって、口腔細菌が腸まで届くことが多様性の原因ではないだろうか。

本来腸で活動するはずのない細菌が生態系に加わることで、マイクロバイオーム全体の機能も変化するだろう。
さらに私の推測を付け加えるなら、若い人であってもPPI(胃酸抑制タイプの胃薬)をよく飲む人には同じことが起こっている可能性がある。

多様性が高いといっても、どんな細菌がいるかによってその良し悪しは変わってくる。

本来、人間の腸マイクロバイオームは自然環境中に比べて圧倒的に多様性が低い。これは腸内環境に特化した菌たちが生態系を築いているからで、研究者たちはこれを「選択圧が高い」と呼ぶ。

加齢とともに腸の環境(酸素の有無、pH、温度、利用できる栄養源など)が変わり、マイクロバイオームの顔ぶれが変わることで、これまで彼らと共生することでヒトが受けていた恩恵の一部がなくなってしまうかもしれない。
マイクロバイオームも、適材適所なのだ。

興味深いことに、今回の研究ではセンチナリアン(100歳以上)でα多様性がぐんと下がっていた。この結果は中国の同様の研究(2)と相反する結果であり、その理由はよくわかっていない。

細菌の構成の違い

細菌の顔ぶれに関してはどうだろうか。

門レベルでは、年齢の上昇とともにBacteroidetes(バクテロイデス門)とProteobacteria(プロテオバクテリア門)が増えていた。プロテオバクテリア門は前の記事で述べたとおり炎症やディスバイオシスとかかわりが深い。

より下位のレベルでは、90代以降でBacteroides(バクテロイデス属)、60または80代以降でClostridiaceae(クロストリジウム科)、100歳以降でEnterobacteriaceae(エンテロバクター科)が増えた。
一方で、Lachnospiraceae(ラクノスピラ科)やBifidobacterium(ビフィドバクテリウム属)は減る傾向にあった。

エンテロバクター科はLPSというエンドトキシン(内毒素)を出し、腸バリアを弱らせて炎症を誘発する細菌として知られている。
長生きするために必要な炎症(免疫反応)を起こしているかもしれないので、これを悪玉菌と呼ぶのは早計だが、健康な若いヒトにはあまり見られない細菌ではある。

ラクノスピラ科は3歳以降に増加し、30〜50代でピークを迎え、その後数を減らす。この科にはBlautia(ブラウティア属)などの酪酸産生菌が多く含まれ、酪酸は免疫寛容の鍵であるTregを誘導する。
2歳までの乳児にも少ない菌ではあるが、赤ちゃんたちにはビフィドバクテリウム属がついており、彼らの産生する酢酸などが他の酪酸産生菌を育てる素地になってくれていると考えられる(3,4)。

代謝や機能の変化

著者らは、得られた16S rRNA領域の情報からPICRUStを用いてKEGGに当てはめ、遺伝子の機能を推測している。

「は?」と思われた方もいらっしゃるかもしれない。
安心してください、私も思いました。

遺伝子の機能解析って、メタゲノム解析からしかできないのでは?
16S rRNAだけでは、種の同定すらあやういのでは?

これらの疑問に、この論文(5)が答えてくれている。
要は、コストやなんやらの問題で16S rRNAしか解析しなかったけれど、すでにその生物種のメタゲノム情報がデータベースに登録されていれば、その機能もある程度推測できるということらしい。

PICRUStを使うメリットについて、こちらのnoteが大変わかりやすいです。
佐藤さんと高橋さんの腸にいるのが違う菌でも、それらが同じ機能を持っているならまた話は変わってくるよね、という新しい切り口を与えてくれるツールのよう。

まとめると、実際に解析したのは細菌の全ゲノムのうち16S rRNAの部分だけだけれど、PICRUStというツールで細菌の持つゲノムを推定し、KEGGというツールでその遺伝子が持つ代謝機能を予測してみました、ということらしい。

話を戻すと、この解析を行ったところ、乳児と高齢者で薬物輸送体の遺伝子機能が多く見つかった。
この理由はおそらく、乳児や高齢者は抗生物質などの薬を服用する機会が多いからではないかと著者らは推測している。

↓次回「より新しい知見とマイクロバイオームの老い」

1. Odamaki T, Kato K, Sugahara H, et al. Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study. BMC Microbiol. 2016;16:90. doi:10.1186/s12866-016-0708-5
2. Claesson MJ, Jeffery IB, Conde S, et al. Gut microbiota composition correlates with diet and health in the elderly. Nature. 2012;488(7410):178-184. doi:10.1038/nature11319
3. Mahowald MA, Rey FE, Seedorf H, et al. Characterizing a model human gut microbiota composed of members of its two dominant bacterial phyla. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009;106(14):5859-5864. doi:10.1073/pnas.0901529106
4. Falony G, Vlachou A, Verbrugghe K, Vuyst LD. Cross-Feeding between Bifidobacterium longum BB536 and Acetate-Converting, Butyrate-Producing Colon Bacteria during Growth on Oligofructose. Appl Environ Microbiol. 2006;72(12):7835-7841. doi:10.1128/AEM.01296-06
5. 修二郎奥田. メタゲノムデータ解析から見る環境微生物像. JSBi Bioinforma Rev. 2021;2(1):1-6. doi:10.11234/jsbibr.2021.primer1

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