見出し画像

より新しい知見とマイクロバイオームの老化

前回まで2週にわたって、老いとマイクロバイオームの現状を俯瞰してきた。

最終回である今回は、より新しい文献をいくつか紹介して、老いとマイクロバイオームの章を終わりにしたい。
・第1回 マイクロバイオームの老化を読み解く
・第2回 日本人のマイクロバイオームと老い
・第3回 より新しい知見とマイクロバイオームの老化(本記事)

100歳以上のお年寄りにある特別な胆汁酸

センチナリアン(100歳以上生きている人たち)に、いくつかの細菌が多く検出されるという報告はあるが、彼らが実際にどのような働きをしているかまで解明できることは少ない。

2021年7月29日に発表された慶應義塾大学医学部の本田賢也教授らによる論文(1)では、長生きのお年寄りには特別な胆汁酸を出す細菌が共生していることが示された。
さらにセンチナリアンに顕著に増えているisoalloLCAという二次胆汁酸は、グラム陽性の病原菌を抑制することがわかった。

たとえばクロストリディオイデス・ディフィシルというグラム陽性の細菌は、病院などでたびたび発生し、重度の下痢を引き起こしたり、最悪の場合は死にいたる腸炎の原因になる。

実はこの細菌は健康な人の腸でひっそり暮らしていることも多く、免疫力の下がった人の腸で異常増殖することが特徴でもある。
クロストリディオイデス・ディフィシルを感染させたマウスに、isoalloLCAを産生する細菌を経口投与すると、クロストリディオイデス・ディフィシルは排除された。

この特別な胆汁酸を出す菌を持っているから長生きできたのか、それとも100歳を超えて長生きするためにはこういった細菌が増えざるを得ないのか、そのあたりはまだわからない。

少なくとも、長生きに不可欠な細菌がいることは間違いないらしい。

↓日本語で概要が読めます。
腸内細菌から産生される健康長寿に関わる胆汁酸―百寿者のマイクロバイオームで増加する新たな胆汁酸の生合成経路― | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構

腸内ウイルスが代謝を改善して長生きの可能性を高めてくれる?

MIT・ハーバード大学ブロード研究所のDamian R. Plichta氏は、慶応大学の本田賢也教授らやイタリアの研究者らの発表したデータを用いて、195名のセンチナリアン(100歳以上の人々)の腸内ウイルスのデータを解析した論文を2023年に発表した(2)。

結果は、18歳以上、60歳以上のどちらのグループと比べても、センチナリアンは腸内ウイルスの多様性が高かった。
これまで観察されたことのなかったウイルス群や、溶菌性(細菌を殺す性質)ウイルスも多く観察された。

ウイルスは細菌のゲノムに組み込まれたり、細菌を殺したりすることもあり、細菌たちの生態系に多大な影響を及ぼす。

自分で複製や代謝ができないので、ウイルスは生物ではないとされることもあるが、立派にマイクロバイオームの一員だ。
もしかしたら研究が進めば、細菌よりも宿主(ヒトなど)の健康に影響が大きいことが判明するかもしれない。

高齢者の腸内細菌叢の安定性

日本人高齢者の腸内細菌叢安定性評価に関する論文(3)が、2023年10月18日に公開された。
一般向けの腸内細菌叢検査を提供している株式会社サイキンソーと神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の山下智也教授による共同研究の成果だ。

ここでは、高齢者のやせと肥満に注目し、特にやせている高齢者の腸内細菌叢ネットワークが不安定であることが示された。
先進国の中でも、日本は若い女性や高齢者のやせすぎが健康上の問題となっていることとなんらかの関係があるのかもしれない。

↓参考リンク
日本人高齢者の腸内細菌叢安定性評価に関する論文がBioscience of Microbiota, Food and Health誌に掲載されました | 株式会社サイキンソーのプレスリリース

センチナリアンのマイクロバイオームは若い?

広西科学院のShuai Wang氏らのチームが2023年に発表した、中国の広西省の1,575人(20〜117歳)を対象にした研究(4)がある。
この研究にはなんと297人のセンチナリアンが含まれている。

彼らは一般的な老年期にある人々と比較して、マイクロバイオームの種数のばらつきが少なく、有益な働きをする細菌が多く、病原菌が少なかった。
そのうち45人は1年半にわたってサンプリングが続けられたが、種数のばらつきが少ないほうがマイクロバイオームが安定し、「若いマイクロバイオーム」の特徴を持つことがわかった。

この結果は、生態学的な多様性と安定性の概念とも相反しない。

以前の記事で、帝王切開で生まれた子ども低栄養状態の子どもはマイクロバイオームが未熟なままであることを紹介したが、センチナリアンのマイクロバイオームが「若い」というのは、子どもの場合とは違う意味を持つ可能性についても考える必要があるだろう。

さて、あなたは長生きのマイクロバイオームを手に入れたいだろうか?

(追記:2024年6月4日)
加齢とマイクロバイオームに関する新しいレビュー論文が出ていました。
アメリカのラトガース大学の研究者によるものです。
The Role of the Gut Microbiome in Health and Disease in the Elderly | Current Gastroenterology Reports

1. Sato Y, Atarashi K, Plichta DR, et al. Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians. Nature. 2021;599(7885):458-464. doi:10.1038/s41586-021-03832-5
2. Johansen J, Atarashi K, Arai Y, et al. Centenarians have a diverse gut virome with the potential to modulate metabolism and promote healthy lifespan. Nat Microbiol. 2023;8(6):1064-1078. doi:10.1038/s41564-023-01370-6
3. Watanabe S, Yoshida N, Baba K, et al. Gut microbial stability in older Japanese populations: insights from the Mykinso cohort. Biosci Microbiota Food Health. 2023;advpub:2022-2047. doi:10.12938/bmfh.2022-047
4. Pang S, Chen X, Lu Z, et al. Longevity of centenarians is reflected by the gut microbiome with youth-associated signatures. Nat Aging. 2023;3(4):436-449. doi:10.1038/s43587-023-00389-y

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?