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映画『ドライブ・マイ・カー』 伝え方は苦手だけど、伝えたいことはとても好き。

先日、第94回米国アカデミー賞のノミネート候補作が発表されたことはご存知だろうか。

日本からは国際長編映画部門において、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』がリスト入りを果たし、いよいよ2月8日発表のノミネートにも期待が膨らむばかりである。

さて、そんな注目の本作だが…正直私は画的に好きなタイプの作品ではなかった、それどころか、周囲からの批判を恐れなければ、嫌いとまで言っても嘘ではない。映像が好みではないというのは、映画を観る上で致命的なことなのだが…どうにも映画全体として嫌いになれない。溜息を吐いてしまうのに心地良い。おそらく多くの方が、本作を良く評価しているが故に、私の感想などスルーされて当然だが…この不思議な映画体験を簡単に綴っておこうと思う。

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- 以下、ネタバレあり -

『ドライブ・マイ・カー』の嫌いなところ…

『ドライブ・マイ・カー』は、原作が村上春樹の同名短編小説。立ち読みでササッと読んでみたが…原作と映画とでは所々変えている部分もあるよう。だがこの変化は、2021年に公開するべき作品のための進化だと感じる。このあたりは、さすが映画監督と言わざるを得ないので、ぜひ原作も一度読んでみることをおすすめする。(立ち読み勢が何を言う)

しかし、その上で、私は…批判覚悟で敢えて言う。

本作の鑑賞前から、私は濱口竜介監督の演出・演技があまり得意ではない。笑


とは言え…『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』『スパイの妻』の3本しか観たこともないのだが、どうにも無機質な雰囲気というか、響かない世界観というか…アンニュイやエモいとも違う、まさに濱口竜介ワールドがある。濱口竜介にしか描けない世界というと聞こえは良いが、「これが濱口竜介です」という画が存在している気がする。役者が、台詞が、画が、常に冷たい。

そして本作においては、そんな濱口竜介ワールドに拍車をかけるように、村上春樹ワールドがめり込んでくる…笑 村上春樹の小説も、私にとっては好き嫌いが激しく、「これは面白い!最高傑作だ!」と思うものもあれば…途中で読むのをやめ、再びページを開かぬまま古本屋に流れていったものもある…。

『ドライブ・マイ・カー』の作品全体は淡々と進んでいくものであるが、メタ的に本作を表現するのであれば、私にとってはかなりパンチの効いた、世界の押し付け合いのような印象がある。笑


本作の苦手なところは、まさに画そのもの。

濱口竜介ワールドとしては、役者の立ち位置。

村上春樹ワールドとしては、性描写のそれである。

これは本当に私の勝手な感想だが…濱口監督が演出する役者の立ち位置は、どこか不自然で、とても整備されたもののように感じてしまう。チェス盤に置かれた駒のひとつひとつのように、役者は定められた位置のみから、持てる力をすべて発揮させられているような印象があり…それがどうにも好きになれない。笑

一方、村上春樹の性描写はというと…本質を描き過ぎてリアルさに欠ける印象である。笑 なんか、性とかっていうプライベートな話って、現実の方が意外とオブラートに包む努力をしたり、敢えて冗談にしたり、下ネタに昇華したりして、それで察して…っていう節があるじゃない? もちろんそういう描き方もするが、人間の恥部みたいなところの見せ方がいきなり本質過ぎるのだろうと思う。

(あの…上手く言葉にできていないですけど…なんとなく共感してくれる人がいたら嬉しいです)



と、そんな苦手な演出オンパレードの『ドライブ・マイ・カー』であるが、私は決して本作が嫌いとは言えない。

それはひとえに、伝え方ではなく伝えたいものに魅力があるということだと私は思う。



『ドライブ・マイ・カー』が伝えること

本作のキーとなる物語は、西島秀俊演じる主人公・家福の妻、音(霧島れいか)の突然の死である。

舞台演出家の家福は、妻の死後、再び舞台を創る中で、演目と人生が交差し、また新たな者との関わりによって、音を、そして自分自身を理解していく…といった展開である。

だが物語は単調ではなく、妻・音が生前他の男性と肉体関係を持っていたこと、亡くなる日の朝、夫・家福に「今夜話がある」と言っていたこと、娘を4歳で亡くしていることなど…簡単に言ってしまえば、様々なミステリー要素が含まれており、そこから想像する含みによって家福も、そして我々観客も悩み、考え、どこかのゴールを見つけようとして、あっという間の3時間が過ぎていく……。




(さぁ、ここで本作の核心に触れてしまいます。ネタバレに敏感な方はご退出を…。)




結果、本作はミステリー映画でもなければ、犯人が出てくるわけでも、何かどんでん返しがあるわけでもない。「死人に口なし」という残酷だが当たり前すぎる事象を受け入れることがすべてで、もし何かを理解するのであれば、それは他人ではなく自分自身のことだけ、と語られるのがオチである。

え?つまんな…とか思わないでいただきたい。

本作ほど亡くなった者に寄り添い、残された者に希望を与える映画があるだろうか…と、映し出される映像はことごとく苦手にも関わらず、映らないメッセージの美しさに、私は静かに感動をした。

妻・音が浮気をしていた相手がコイツだ!とか…死ぬ前に話そうとしていたことは何か重大なお告げだったのか!とか…そういうことを探ることは良しとせず、知るべきは自分自身だけ、むしろそれしか知ることができない、という展開には軽く鳥肌である。そう、それまで意味深に描かれる物語はすべてミスリードであり、我々観客もそこに映る他人の心の内を知ろうと本気になっていた。

だが、見るべきは自分であり、自分を介して続く、後世の者たちなのだ。至極当たり前のことではあるのだが…誰しも経験するであろう、何かがすっぽりと抜けてしまうあの感覚のとき、見るべき対象を失う怖さは図り知れない。

本作では分かりやすくも、家福の緑内障というところでその辺りを表現しているのではないかと感じる。それは単純に自分自身を見失っていると捉えることもできるし、外が見えなくなることで逆に内が見えるようになるという儚い事実の喩えとも捉えられるだろう。



濱口竜介監督の自問自答

また、私の苦手な濱口ワールドに対する、濱口監督自らのある種アンサー的な意味も込められていると感じた。

舞台稽古の本読みの場面、「感情を込めるな、ただ読めばいい」と語る一幕である。私が苦手とする濱口演出を、劇中でもろに西島秀俊が語り始める。そうそう…この無機質な感じがなんとも苦手なんだよ、と思うのだが、そう思う傍ら、敢えてそう指示をすることで、本作における登場人物のすべてが「空っぽ」になっていくのかと…これにはぞくぞくした。

「空っぽ」になった者たちに残された道は、何かを入れていくことだけ…そうして何が入れられていくのかを見届けることができるなら、これまで濱口ワールドに感じていたつまらなさが、逆に面白さへと変わり、その完成されていくプロセスを追う映画なのかと、私は拡大解釈甚だしい気付きを覚え、更にぞくぞくとした。

そして映画は裏切らなかった。

岡田将生の神がかったあの演技…西島秀俊の人間らしさ…三浦透子の笑顔…あぁこれだ。そう思った頃には、エンドロールが流れていたのだから、悔しくも面白い。

でも、だからやっぱり伝え方はすごく苦手。笑

それができるなら、私はもっと時間たっぷり役者の魂を覗き込みたい。もっと贅沢な時間を過ごしたい…ついそう思ってしまう。

しかしながら、この伝えたいことを見せるためには、この手法が最も洗練されたものなのか…と思わないこともない。


これらをすべて、幼稚且つ簡単な言葉で表すなら「本当」というキーワードが挙げられるだろう。

他人の「本当」を知ることはできないが、自分の「本当」は知ろうと思えば知ることができる。

「本当」の姿を映し出すためには、「本当」と思っているフリをすべて失くし、真の意味での「本当」を入れ込むしかない……。そういうことな気がする。



その車を走らせているのは誰か

人間は嘘をつく生き物である。

映画はもちろん、虚像やフェイク、仮定を置くことによって文明を築き、生き残り、裏切り、愛し合ってきた。この特性を殺し「本当」を創り上げることの難しさたるや、誰もが無理だ…と感じることだろう。だがその一方で、ここまで繁栄した人類の中で、唯一抗えない「本当」こそ、「死」ではないだろうか。「死」だけは、すべてが「本当」であり、あとから掘り起こすことも、なかったことにすることもできない。

だからこそ、「死」を感じたときくらい、自分は「本当」の自分でありたいと思う。それが亡くなった者へのリスペクトであり、残された者にできる唯一の救いだと思うから………。

だから私も「本当」のことを何度でも言おう。画的にはとても嫌いな作品である。だが、この「本当」ということを伝える本作は大好きである、これは「本当」。

物語のラスト、ポスターでも印象的な赤い車がゆっくりと走っていく。タイトルからも「私の車」と言ってはいるが、果たしてその愛車を走らせているのは一体誰なのだろうか。ハンドルを握り、アクセルを踏むあなたは、一体誰に生かされているのだろうか。

こういうまとめ方はあまり好きではないが…人間の生と死、複雑な愛の形、他者との付き合い方など、人生における様々なモヤモヤが描かれる。無機質な演出は、それらが自分事として考えるひとつの方法なのかもしれない。私の車は、私が運転したい。ぜひ皆さんも一緒にこのドライブを。


それでは。

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