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#13 新里 幸恵さん パン屋×ソーシャルワーカー

関西学院大学社会学部を卒業後、 老人保健施設に相談員として就職。一度転職し、デイサービスセンター指導員として働きながら、3人のお子さんの産休育休を取得。その後、福祉への仕事への想いを持ちながらも、2002年からはパートナーが開業したパン屋で働いてきた新里さん。

2019年、「パン屋でソーシャルワークやったらいいんだ!」と思い立ち、相談機関ではなくても立ち寄るお客さんや地域の人たちとも関わる「パン屋ソーシャルワーカー」として活動されています。

行ったら気持ちが少し明るくなる、「パン屋さん」

今は、2002年にオープンしたパン工房 カザン・ヴォでお客さんの接客をしています。『美味しい!楽しい♪』がお店のコンセプトで、お客さんとしてパンを食べてくれた子どもたちが大きくなった時に、パンを食べた思い出が家族や友達との楽しかった時間と結びつくようなものになったらいいな、と思っています。

私は、お客さんが嬉しい気持ちやしんどい気持ちを気軽にふっと置けちゃうような店にしたいんです。店は住宅街にあるパン屋さんです。だんだんとお客さんと顔見知りになってくると「実はね…」「こういうことがあってさ~」とお客さんがお話してくれるようになることがあります。

相談機関ではない日常的に立ち寄るパン屋にいるからこそ、お客さんのいつもと違う様子に気づいたり、何気ない会話でエンパワメントしたり、地域の人たちにも想いを伝え一緒に考えたりすることができるのではないかと思っています。

店から出る時に、来た時よりも気持ちがちょっと明るくなって帰りの足取りが軽くなるような、そういう関わりをしたいなと思っています。

お店の看板には、毎日変わる新里さんのメッセージが。このメッセージを読むために、毎日バス停2つ分の距離を歩いてこられるおばあちゃんもいらっしゃるそうです。

ソーシャルワークへの想いの原点

元々、小学生の時に同じクラスに障害のあるクラスメイトがいて、それが普通の環境で育ちました。部落差別や戦争について教えてくれる熱心な先生の存在や、中学校の時に読んだ児童虐待についての新聞連載、母からの「何か資格を取りなさい」という助言などがきっかけとなり、大学では福祉を学び社会福祉士を取得しました。

大学生の時ははじめ、児童福祉の領域で働きたいと思ってましたが、大学の授業にゲスト講師として来られた特別養護老人ホームの相談員の方がとても魅力的だったんです。人の尊厳や在り方のお話に引き込まれて、高齢者福祉分野へ志望変更。お願いをしてその相談員の方が働く施設で実習させてもらいました。

実習では、「介護、特に排泄介助は本当に大切なプライバシーのところだから、いくら勉強だからといっても簡単にはさせられない」と言われ、レクレーションや雑談をしながら過ごしました。その実習の最後に「専門書などで勉強しなきゃだめですよね」と相談員さんに言ったら、「うーん…小説とかがいいんじゃない?」と言われたんです。

人は、自分が持ってる気持ちしかわからない。だからいろんな気持ちがあることを想像できるように。その時に教えてもらった、「本音を話してもらえる人になりなさい」という言葉がずっと心に残っています。

相談員として就職して・・・

大学卒業後は、老人保健施設に相談員として就職しました。施設開所のタイミングでの入職でした。介護保険制度導入前で、在宅生活への復帰・サービスを利用しながら在宅生活を続けるためのさまざまな関係機関とのやりとりや入所・転所手続き、施設のベッドコントロールなどやることがたくさんあり正直とても大変でした。関係機関との連絡や調整が上手くできず悩むことが多くなりました。

「ソーシャルワーカーには向いていないのかな…」と考えて、転職してデイサービスで指導員をすることにしました。ちょうど結婚、出産のタイミングでもあり、育休産休をはさみながら働き続けていた時に、パートナーが勤めていたパン屋が閉店。「開業するから、仕事を辞めてパン屋を手伝って」と言われたんです。

正直、「えーー、辞める…??」と戸惑いがありました。いつかはパン屋を手伝うのもいいなと思っていましたが、福祉職への想いもある。ただ、まだ子どもも小さく、お店を手伝ってくれる人を他に採用することも難しかったこともあり福祉の仕事から離れることになりました。

「ずっとソーシャルワーカーだったんですね」

お店にいらっしゃる色んなお客さんとお会いして少し関係ができてくると、「あ、この方は息子さんが東京に行ってて…」「お孫ちゃんがこの前発表会で…」「あの方、最近いらしてないな…」などと、頭の中にケース記録がファイリングされている感覚がありました(笑)

福祉で働きたい想いを持ちつつも、実際に相談員として働いたのは新卒で2年。どこかでまたソーシャルワーカーをするにしても、店はどうするのかとなってしまう。そんな想いから、長い間、一般の人よりも福祉を知ってる’お節介なおばちゃん’的な位置付けを、自分で決めてかかっていました。

でも、ある時「パン屋でソーシャルワーカーをやったらいいんじゃない?」とひらめいたんです。病院など組織じゃなくても、地域でできることはあるんじゃないかと思えた瞬間がきたんです。

ただ、「自分はソーシャルワーカーと言えるのか、名乗っていいのか」という自信がなく、悶々とした時間が過ぎていきました。

そんな時、きっかけとなったのがSNSでした。元々パン屋のお店のアカウントはあったのですが、自分個人のアカウントをつくり、「ソーシャルワーカー」の方をおそるおそるフォローしていったんです。

そうしてできた繋がりがご縁で「スーパービジョン」を受けることになり、今までのお客様との関わりや黒板に書いてきたことなどを伝えたところ、スーパーバイザーから「新里さんは、ずっとソーシャルワーカーだったんですね。」と言ってもらえました。


涙が出てきましたね。


パン屋×ソーシャルワーカーとして「地域でソーシャルワーク」

スーパーバイザーからの助言を受けながら、包括主催の認知症サポーター養成講座に参加したり、お客様の困りごとにソーシャルワークの価値・原理を意識して関わるなどして、自分はソーシャルワーカーだと徐々に思えるようになってきました。今もまだその途中ですが、「パン屋×ソーシャルワーカーになりたい」と書いていたSNSのプロフィールも「パン屋×ソーシャルワーカー」に変えました。

自分が元々は福祉の仕事をしていたことはパン屋のお客さんにほとんど伝えていませんが、ソーシャルワーカーとしてさまざまな活動を始めました。

その1つがお店の黒板です。今までも書いてきた前向きな考え方や気持ちの持ちよう、視点をずらす提案の他に福祉のことを話題に選び、自分ごととして考えてもらえるようなメッセージを時々書くようになりました。

お客さんの変化に気づいて声掛けをしたり、認知症の方への配慮 、小さいお子さん連れのご家族へも気軽に来てほしいと絵本をお店に置いていたりもします。

店の外へ!!

病気を抱えていても、障害があっても、認知症になっても、心配事があっても、どんな時も自分らしく生きることを選んでいくことができる社会になればいいなと思っています。

そのために地域で安心して気持ちを言葉にできる場所、自分を責めることなく周りに助けを求めて大丈夫だと思える対話の場を作りたいという同じ想いをもったお寺と4月から活動を始めました。地域に世代を超えた緩やかな繋がりを作っていく活動です。

初めから対話の場を作りました!!と言っても足を運んでもらうことは難しいので、第1回は「本の交換会」第2回は「アジサイの鑑賞と絵本の読み聞かせ」、今後はヨガやハンドマッサージ・・・とプチイベントにして、まずお寺に来てもらうこと、私たちと繋がってもらうことを目指しています。

認知症についての勉強会、エンディングノートを書いてみる企画も構想中。地域の人たちの関わりから、課題が見つかればそれについて一緒に考えていく柔軟な場にしていきたいです。


みんな、「頑張らないと」「できるようにならないと」ってどんどん頑張ってるじゃないですか。できなくても、助けてもらったらいい。周りの目が気になることもあるけど、分かりやすく口にしなくても本当はみんな応援したいって思ってるし優しい。それを信じてみたら相手からも想いが返ってくることが多くあると思うんです。

私自身も少ししんどくなってしまった経験があり、そんな時にブログを読んで救われたことがあります。店でも地域でも「私は私のままで、あなたはあなたのままでだいじょうぶ」、そう思えるような関わりを続けていきたいと思っています。




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