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熱い心にかき氷を
ベランダに独り佇むウサギは、静かに空を見上げていた。淡い雲がゆっくりと流れ、雨を降らせるのか、それとも静かに消えていくのか、迷っているかのようだった。
「今日は七夕ね。天の川は見えるのかな」
部屋に戻り小さな本棚の前に立つと、一冊の絵本で指を止めた。彼女は窓辺に腰を下ろすと、ゆっくりとページをめくり始めた。
「天女と人間って、本来は結ばれる運命じゃないのに、うしかいは織姫を妻にしちゃうんだから」彼女の心の中に物語の灯火がそっと灯った。
天の西王母は織姫のことを知り、彼女を天に連れて帰った。織姫と牛飼いが出会った天の川は空高く引き上げられ、再び出会うことは叶わなくなる。
「でもね、うしかいさんとその子どもたち、天まで登り、ひしゃくで天の川の水を汲み出すの。そのひたむきな思いが、ついには西王母の心をも動かしちゃうんだから」
ウサギは絵本を閉じ、ベランダに戻るとそっと天空を見上げた。
「今夜は織姫と彦星が一年に一度だけ会える七夕の夜か…。ちょっと待って!よく考えたら一年に一度だけなんだよね?一年に一度しか会えないなんて、私には絶対無理だわ!」
ぼんやりと空を見上げていたウサギの瞳に、強い光が宿った。気がつくと、彼女は一心不乱に図書館へ向かって走り出していた。
静かな閲覧席でページをめくっていたカメが、彼女に気づいて顔を上げた。
「今日は行きたい場所があるんだけど」と、カメは優しく彼女の手を取った。
雲ひとつない空が、まるで真夏を先取りしたように広がっていた。汗ばみながら二人がたどり着いたのは、かき氷のお店だった。
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「ミントの香りが爽やかなジュレに、ラムクリームのまろやかさと濃厚なバナナジャムの甘さが絶妙に絡み合ってるの。まるで、このまま天の川まで登っていけそうな気分だわ」
ウサギは、かき氷とカメの間で視線を揺らし続けていた。気づかぬうちに、心の中の熱が静かに和らいでいった。
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※たなばた
君島久子・再話/初山滋・画/福音館書店
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