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【小説】ゲームBOYセンター At 座 三軒茶屋

 電車に乗り合わせた中年の男を見ていると
「何見てんだよ」
 と野太い声で言われた。俺は素直に謝った。タグチ先輩に似ていたのだ。先輩と言っても子どもの頃に通っていた空手道場の先生だ。空手道場には先生と言う概念が無く、マス大山を頂点として彼以外のすべてが兄弟弟子であり、先輩と後輩の関係にあった。
 そのタグチ先輩によく似た男がいたが、俺の勘違いかも知れない。
 だから俺は誤って視線を窓の外に移した。タグチ先輩は舌打ちをした。仮に本人であったとしても失望するだけの話だから確認しようとは思わなかった。

 煙草の煙と埃、オゾン、あとは洗っていない犬と消臭剤の下品な香り。
 それがゲームセンターの匂いだった。擦り切れたカーペットは元がどんな色だったかも想像できないし、壁の色も同じようにどんな色をしていたのか分からない。暗い照明の部屋に並んだ筐体に向かって座り、ブラウン管の画面を凝視する。
 入り口手前にはUFOキャッチャーが並び、3和音くらいのアニメソングが延々と繰り返されていた。ガラス戸を抜けると先述の通り、薄暗い空間がある。壁際にはアダルトビデオのUFOキャッチャーと女性下着のUFOキャッチャーがあり、興奮しながら眺めていても商品が取れるはずもなく、俺は奥にあるビデオゲームコーナーに進む。
 かつてほど殺伐とした雰囲気は無いものの、それでもやはり棘のある陰湿な空気が満ちていた。格闘ゲームの新作では金色の髪をした外国人の客が見た事もないキャラクターで遊んでいた。キャラ名も表記されず、体力ゲージ脇のアイコンも表示されない。隠しキャラと言うヤツだろう。そいつはジャンプしながら飛び道具を撃っていた。
 そう、基本的に金の無い俺はいわゆるヴェガ立ちと言うやつで後ろから他人のプレイを見ているギャラリーだった。そうやって時間を飛ぶして空手教室をサボり、時間を見計らって家に帰った。帰りに飲むジュース代の100円、それを両替して50円のゲームを2回遊んだらおしまいだ。だからギリギリまでヴェガ立ちで見て時間を潰して、あとは適当に遊んで帰る。


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