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Re: 【小説】エンド・オブ・ボーイ・ミーツ・ガール

 さぁ、いこう!
 おれは窓を開けてスキップで夜空に飛び出る。
 宙づりで飛び回る革靴は光り、吊るしのスーツはバタバタとはためく。
 そうやって町中の空にに流し込まれた夜の群青を踏みつけていく。スカイウォーカーなんてそんなもんさ。最高だろ。


 切り替わる信号を手掛かりに続けるスキップ。おれはイカれたジャップ。とまらない動悸。飲み込む救心。黒い粒。まるでジジィが胸に下げたグリセリン。
 ガキの頃は爆発すると思っていたジジィの胸元に光る銀色の筒。
 呆けていく銀色の弾丸。
 爆発する可能性とその願い。
 死ねばいい!ジジィもおれも。なんならお前もだ。死ねばいい!

 だがおれは情けないことにまだ生きている。ジジィは死んだ。呆ける前なら御の字だろう。
 おれは飛び回る。
 おれは歩き回る。
 二本の足をろくに使えない奴らが翼を羨む。
 翼でなにする?
 羽を打つ。
 耳を打つ、音。歌声。地面から響く。
 おれは見下ろす。女が這いつくばる。
 いつもの景色だ。
 道に転がっている女の半分は中島みゆきでもう半分はメンヘラの可能性がある。
 それは純度100%ではないだろう。雑味と言うコンタミがあって初めて成功だ。
 エレーン、生きていてもいいですか?
 誰もが問いたいが問うた奴から退場させられていく。聞くだけ野暮だ。無粋な奴は生きていけない。
 道に転がっている女を拾う気にはならない。それが中島みゆきだとしてもだ。


 頭痛。煙草が吸いたい。
 頭痛。買春がしたい。
 道端に棄てられている段ボールに入った女。
「拾ってください」
 裏返った上蓋に描かれたメッセージ。
 トー横キッズが溢れかえりおれたちは居場所を失う。やつらと目を併せたら負けだ。
 箱の隅にたまったコンビニの菓子パン袋。
 電子タバコの吸い殻。
 煮豆の匂い。または聖水。
 くぐもった世界。窒息寸前。


 足早に通り過ぎる。シカトが一番だ。
 おれは拾わない。
 餌もミルクもあげない。
 傘もやらない。
 スキップ、スワイプ、左右にファック。
 不良やヤンキーが取って食われる。
 バッカルコーンが開く。雨が止む。精神が病む。
 バム。ワム。ハム。公。
 花粉症所注意報。空から降る一億の女。天の光は全て女。あばよズべ公。


 おれは傘をさして空から降る女をやり過ごす。
 飛び散る肉片。骨片。乳房。陰毛。唇。陰唇。乳首。クリトリス。空から降る一億の女。血。淫水。
 つま先が濡れる。赤いブーツ。汚れて傷つく。ブーツ。空から降る一億の女。脂を塗り込む。
 頭痛。煙草を吸いたい。
 頭痛。買春をしたい。
 自動販売機でビールを買っていた時代があるように自動販売機で女を買っていた時代がある。
 売り切れ上等。
 おれは自動販売機に蹴りを入れる。
 組み立て式の簡易女が音を立てて出てくる。おれは丁寧に女を組み立てて犯す。プルタブを引いて差し込む。舌でまさぐる。流体力学。粒をひとつ残さず吸いつくす。

 頭痛。煙草が吸いたい。
 頭痛。買春がしたい。


 ゲップで告げる別れ。棄てられる女。
 スキップ。西東京から東東京まで。
 ニューヨークからおれ部屋まで黒いカーテンを引くよりは楽だ。
 シリカゲルの砂浜。アルファードの足場。埋立地。砂州。トンポロ。土砂。体積する疲労。堆積する白濁。流れていくローション。こぎ出すビニールマット。
 ここはソープランド。
 クソどもの遊艶地。
 帆を張れ!追い風を目一杯に受ける騎乗位!
 お前が舵を取れ!
 ヨーソロー!よう早漏!
 上げる狼煙。飛び散る白い煙。
 ノックノック!
 ドアの外に置かれるコーラ、それは建前、セックス。立ち込める個室サウナ、青雲、それは君が見た光!

 晴れていようと降っていようとおれの頭が狂っていく。
 洗足。吉原。馬賊の足音。曲がり角。職務質問。
 教室。放課後。居残り。カーテンが揺れる。
 野球部の金属バットがボールを打つ。
 サッカー部のスパイクがボールを蹴る。
 ソープ部のヴァジャイナがボールを飲む。
 つまり君の釘バット。
 バレー部のスパイクが白球を叩く。
 ソープ部の壺でうずくまる。

 
 記憶の奥底。
 揺れるカーテン。おれはひとり、陽だまりの中。風。矯正。蚊帳の外。
 いや、壁際のおれは鳥かごの中だ。
 窓を開ける。
 スキップ。できない。
 落下。墜落。
 羽ばたくイカロス。
 溺れるように落ちていく。
 青い春。
 嗤う◯◯くん。
 幸せなら手を叩こう!
 だが受け身でどうとでもなる高さじゃない。つまりおれは足の骨から崩れていく。
 そして空から降る一億の女に混ざっていく。降り積もる女たち。おれはそこに混ざって個を失う。

 ブゥーン


 自動販売機の組み立て式簡易女が嗤う。
 教室の女は同僚に変化する。
 奴らはおれが好きだと笑う。
 愛。嘘だろ?
 知ってる。
 目が高速で左右に動く。瞼が上下に閉まって開く。頭痛。
 宇宙人がおれに好きだと言うのも信用できないし人間がおれに好きだと言うのも信用できない。
 同級生。
 下級生。
 パイセン。
 同僚。
 上司。

 酷い頭痛だ。煙草を吸いたい。
 酷い頭痛だ。買春をしたい。


 絵売りの女の方がまだ正直な目をしている。
 確実におれを馬鹿にしている。
 少し騙せばおれがラッセンの絵くらい買うだろうと思っている。
 スーツを着た男女。
 おれに訊く住所と電話番号。
 それはおれが小学生の頃に住んでいた家で今はもう無くなっているよ。
 だが電話番号は誰かが使っているかも知れない。
 その点と点を線でつないで今のおれに連絡を取ってきたときに初めて結婚しようとおれは言うだろうさ。


 冗談だ。
 おれはお前と出会わない。
 おれはすでに出会っている。そして目を覚ました時にはとっくに防波堤の先端に向かって歩き出している。

 どうやって終わるか。
 この人生の話だ。
 おれは先端を見つめている。
 どうやって始まったかを覚えてないんだ。振り向けない。女が俺の首を固定している。前しか見えない。
 お前は覚えているか?
 その冷たさを。その広さを。自分の存在が芽生えた瞬間の無価値さを、力の無さを、だがそこで生きていかねばならないと言う事を知った瞬間を。

 頭痛。煙草。
 頭痛。買春。


 おれは本屋で本に手を伸ばさない。
 おれは毎日同じ電車に乗らない。
 おれは毎日同じ飯屋で食事をとらない。
 おれは歩くランダム、乱数、雑味、不安定要素だ。こっちに来るな。おれに愛を告白するな。

 酷い頭痛だ。煙草を吸いたい。
 酷い頭痛だ。買春をしたい。
 おれはどうやって始まるかなんて知りたくもない、お前はおれを愛さない。
 おれの愛はお前に届かない。
 おれたちはそのまま平行線の上を歩く。
 ピース、起伏の無い人生。
 ピース、六葉の上をスキップで飛び回る。
 墓場で運動会。墓場でセックス。生と死の倫理。蝉が鳴いている。
 ミンミンミンミンポンカンチー。
 立直!
 白色、白色、虹色、白色、確定レアの中出し、セックスプルーフの仏閣。
 冗談じゃない!
 神社仏閣こそセックスだろ。鳥居の上から奴が見ている。誰だ?ロダンだ。地獄の門だ。考える人。三本目の足。道鏡。ラスプーチン。長い脚。セックス。

 頭痛。煙草が吸いたい。
 頭痛。買春をしたい。
 環境に配慮した原稿。植物由来。リサイクル可能。再生可能。発展可能。アッテンボロー。あわてんぼうのサンタクロース。首が閉まる前にやってきた。長い首。ろくろ首。吊った首の数だけ太くなる梁の家。疲労。慰労。

 あの日からずっと。君を吊るす。俺を許す。プルタブを引く。舌を差し込む。リフレイン。
 インスタント。お湯を入れて三分で出来る世界。企業努力。
 三分までにかけた時間をおれたちは知れない。
 インスタント。お湯を入れて溶かすコーヒー、酸味が立っていておれは死ぬ。そこに到達するまでの努力を俺たちは知らない。
 涙の数だけ美味しくなったインスタント。
 おれたちは笑いながら飲み込む、塩分、カロリー、残ったスープにご飯をいれなくなった。残りを捨てる。
 流れていくインスタント。流れていく企業努力。変わりはしないさ、胃とか腸を通ってないというだけだ。


 または君の膣だとかを経過して公衆便所やコインロッカーに投げ込まれる運命かも知れない。
 おれは試験管の中で死にかけたし、そこに大きな差は無いのだから別に何を言ったってかまわないだろう。そうだろう。どうだろう。
 おれには何もわからない。
 君にはその概念だけでも分かって欲しい。
 結局のところおれはそうやってお前の目を引いている。
 疲れているんだ。
 どこへ行こうか。イルミネーションにも興味は無いし、サンタクロースもやってこない。
 もしもあいつが太陽を盗んできたのなら少し分けてもらってビルの屋上から少し早い初日の出を見るのも楽しいかな。
 どうだろう。
 おれたちに大した未来が無いからってみんなの未来を奪うのも違うか。
 じゃあ二人で太陽を迎えに行こう。
 月を見送ってさようならを言う。
 さようなら。
 防波堤の先で呟く。高潮。朝潮。足元を洗う。流れていく一億の女。花粉少女。同僚。同級生。下級生。パイセン。上司。どこかに置き忘れたセックス。取り返しのつかないボーイミーツガール。始まらなかった物語を終わらせる為におれは歩く。そうだ。
 さぁ行こう。

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