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【超短編小説】狂猫Quick Onion頼むぜジーザス

 違う、そうじゃないと言う声は「にゃあ」と言う音になってフローリングに吸い込まれていった。
 床に散らばった野菜と玄米を齧る。孔を開けたペットボトルから滴る水を舐める。
「にゃあ」
 俺の呪詛は再びか細い鳴き声になって消えた。
 確かに猫になりたいと願った。
 働きたく無い。メシを食って寝る為に働いていくのはごめんだと思った。地域猫になって撫でられて可愛がられて生きたいと願った。餌の苦労をせず、愛想や社会性を必要としない存在になりたかった。
「その願い、聞き入れた」
 俺が寝る前に聞いたのはその一言だった。
 ある朝に起きると俺は一匹の中途半端な成猫になっていた。
 猫砂は無いので洗面台で用を足した。
 ソファで爪を砥いだ。
 腹が減った。
 今週末に買い足そうと思っていた、残り少ない玄米の袋を引き裂いて中身を数粒食べた。野菜は何を食べて良いのか自信が無いので水菜やトマトを食べた。カボチャは硬くて食べられなかった。中学の時にもっとまじめに生物をやるべきだった。
 なにがネギ類か分からなかった。
 ジャーン!!と言う音でスマホの目覚ましが鳴った。同時にテレビのオンタイマーが作動してニュースが映った。
 びっくりした。
 オシッコが少し出た。
 苛立ってきたが肉球ではリモコンスイッチが押せなかった。スマホのスヌーズは三分起きに鳴った。
 出社時間になると会社から電話がかかってきた。苦労して応答したが「にぁあ」と言うと「おい、猫か?って事は家か。いつまで寝てるんだ、早く来い」と言って切られた。
 そうやって何日かが経った。
 腹が減った。
 俺はいま目の前にあるタマネギを転がしていた。もう諦めてこれを食って楽になるべきなんじゃないだろうか。
 疲れたよ、と言う呟きは「にゃあ」と言う声になってタマネギの毛根を揺らせた。

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