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雪の降る寒空の下、何故3時間も彼を待てたのか

もう遥か昔の話。

高校時代から可愛くカッコよくスポーツ万能だった1つ年下の彼は、同性の友達も多く女子生徒からキャーキャー言われるような目立つ存在で、私もそんな「追っかけ」の中の1人だったのだが、それが恋愛対象としての気持ちか?というとそうではなく、アイドルを見るような気持ちだった。

そんな彼を私が気に入ってると知っていた同じクラスの友人が、たまたま彼の友人と付き合っていたこともあり、高校時代に紹介という形でダブルデートをしたこともあったし、学校の中で顔を合わせれば時々話をするくらいには仲良くなっていたが、互いに告白して彼氏・彼女になったわけではない。

その彼が、私たちの学年が卒業する日に私のクラスに大きな花束を抱えて教室にやってきてクラスは騒然とした。
学校の「アイドル」が花束を抱えてやってきたのだから、「誰にあげるの?」とみんなが気になって注目するのは当然だ。

彼は真っ直ぐに私のところへ歩み寄り、「卒業おめでとう」と言って、その大きな花束を渡してくれた。
当時はまだ珍しかった淡いグリーンのカーネーションと小手毬の組み合わせで、とても素敵な花束だ。
あまりに突然で思いがけないプレゼントだったので驚いたとともに、とても嬉しかったのを今でもよく覚えている。

「ありがとう~!」とお礼は言えたが、彼は花束だけ渡すとサーッと教室を出て行ってしまった。
教室のみんなから「いいなぁ」「可愛い花束~」「いつの間にそんな関係になってたんや~」と言われながら、彼のことが気になって廊下のほうを見ると、今度は小ぶりなピンクのバラの花束を手に持っている。

(え・・・他にもあげる人がいたのかぁ・・・)
と、ちょっと残念に思っていたら、その花束を私と同じクラスの友人に廊下で渡しているところを目撃してしまった。
まぁ、私とは彼氏・彼女でも無かったし、他にあげたい人がいてもおかしくはないのだが、複雑な気分だったのは正直な気持ちだ。

私が卒業してからも、友人カップルに誘われて夏祭りに出かけたこともあるが、それでも2人は恋人同士にはなっていなかった。
ただ、彼の言葉や態度からそれとなく好意のようなものを感じていたのは確かだ。

そんな彼と付き合うことになったのは、彼が高校を卒業してからのこと。
大晦日に初詣のお誘いの電話があり、久しぶりで会いたいなと思ったのでOKしたのだが、てっきりまたダブルデートだと思っていたらそうではなく、2人きりでだと言う。2人で出かけるのは初めてのこと。ちょっと緊張する。

大晦日当日、待ち合わせた駅からゆっくりと歩きながら沢山お喋りし、卒業式に花束を貰って嬉しかったことを告げたついでに、あの「ピンクのバラの花束」について、その当時の気持ちを正直に笑いながら話した。
すると、「あの花束は友達に頼まれて代わりに渡して来てって言われて渡しただけで、俺があげたものじゃないよ~。そうか~~今まで誤解されてたのか~~あいつのせいだ~~~笑」と、笑う彼。可愛い。

途中で屋台で食べ物を買って食べたり、お店に入ってお茶したりしながら、初詣も終えて駅まで送ってくれた彼が別れ際にこう言った。
「すずめちゃん、俺と付き合って。」

そう言われても、私はクリスマスの日に当時付き合っていた彼にお別れを告げたばかりだったので急に気持ちを切り替えられず、即答出来ずにいた。
彼には好意は持っていたものの、弟のような友達のような気持ちでいたこともすぐに返事が出来なかった理由の1つだ。

そのことを彼に正直に伝えたが、彼は「それでもいいから付き合って。」「絶対大切にする。」「惚れて貰えるように頑張る。」「付き合ってみて駄目と思ったら振ってくれていい。」と。

更に彼の話を聞くと、春からは地元を離れて就職先の独身寮に入寮し、そこで働きながら学んで資格を取るらしい。
遠距離になれば週末くらいしか地元に帰れないけど、私に会いに毎週末には帰ってくると彼は言ってくれた。

そこまで言われて「NO」と言えるほど彼を拒絶出来ない自分もいて、彼の気持ちも十分伝わり、これまでの誠実な態度を見てきた私は彼と付き合うことを決めたのだった。

その後の彼は、大晦日の言葉通りとても私を大切にしてくれ、週末デートを重ねながら私もまた彼に対する愛情や信頼がどんどん大きくなっていくのが分かり、それまでの恋愛とは全然違う感覚で、いつもホッとしていられるような穏やかで楽しい日々が続いた。
私は知り合った頃から彼のことをずっと名字に「くん」づけで呼んでいたが、彼は名前とかニックネームとかで呼んでほしかったらしい。
けれど、ずっと「くん」づけで呼んでいたのでなんだか照れる。


付き合い始めてその翌年の年末、職場の忘年会が開かれた。
場所は交通事情の悪い山の中にある鍋料理のお店だ。
終了時刻は大体決まっていてそこから繁華街まで移動して二次会もある予定だったが、職場、忘年会の場所、繁華街、居住地はそれぞれ離れていたし、彼が「夜遅くなると心配だから車で迎えに行くからその後ドライブしよう」と言ってくれたので、二次会には参加せず彼の申し出を受けて迎えに来てもらうことにした。

忘年会が終わり外に出ると大雪。
来る時には降っていなかったのに、道路も真っ白だ。
曲がりくねった山道でこの雪・・・・・
彼のことがとても心配になった。

普段スタッドレスタイヤに履き替える必要がない生活をしていたのに、今日に限って大雪だなんて。しかも山道だなんて。

約束の時間を過ぎても彼は来ない。
今ならスマホで連絡が取り合えて今どこにいるのか、どんな状況なのか、どうするつもりなのか、すぐに伝えることが出来るが、当時はまだ携帯電話も無かった時代。
簡単に連絡が取れなかったのだから仕方ないとはいえ、とても心配だったのは言うまでもない。

1時間・・・2時間・・・お店も閉まって明かりも消えた。
雪道を照らす街灯だけがぽつんと点いている寒空の下で相変わらず雪は降り続いていたが、バッグに入れていた折りたたみ傘をさし、途中で積もった雪を払いながら待った。

彼を待ったのは、この雪の状況を考えてということもあったが、それまでの付き合いから彼の誠実さを知っていたからだ。
決してすっぽかしたり忘れたり嘘をつくような人ではない。
途中で何かあったに違いない。そう思った。

そして3時間経って彼はやって来た。
「ごめん!!」「こんなに寒いのにずっと待たせてごめん!!」「でも絶対待っててくれてると思ってた!!」と彼は言った。

私もだ。「絶対来てくれる」と信じていた。だから待てた。
顔を見て彼自身は無事だったことがわかり安堵したのと、お互い「来てくれる」と「待っててくれる」という信頼が揺るがなかった結果として会えたことが嬉しくて泣いた。

話を聞くと、やはり急に雪が降り出してホワイトアウトで前が見えなくなったことと、ノーマルタイヤで山道の急カーブで横滑りし、ガードレールにぶつかって進めなくなってしまったことが遅れた原因らしかった。
車には、ガードレールにぶつかって擦った痕が残っている。

人通りのほとんど無い山道での事故はさぞ心細かっただろうと思うし、私を待たせているというのが何より彼は気になっていたに違いない。

それでもやっと会え、それまでの彼の身を案ずる不安や寒さは吹き飛んだ。

その彼からはその後プロポーズもされたが、まだ若かったこともあって私が決断出来ず、結局お別れすることになってしまった。
でも、後にも先にもあんなに誠実で優しく強い人とは出会っていない。

何十年経った今も、雪が降る年末の夜にはあの日の出来事と温かい気持ちを鮮明に思い出す。

どうか幸せで暮らせていますように。

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