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その、瞬間。

夕方の空は気まぐれだった。
さっきまで遠くにいたはずの鈍色の雷雲が、
もう頭の上にのしかかってくる。
冷たい風があごの下をひゅう、と
撫でて通り過ぎる。
いよいよ雷が怒鳴り出すと、
鳥は慌てて寝ぐらへ帰ってゆく。

急転直下のざざ雨に、
私は仕方なく日傘を広げる。
白いはずの日傘に
大きな雨粒が丸い染みを作って、
あっという間に水玉模様の傘に変わった。

少しして
空に明るい裂け目が見えると
私は殆ど反射的に東の空を振り返って、
虹を探してしまう。
この激しい通り雨の置き土産、
七色の半円はないかと目を凝らす。
まだ雷は遠く小さく轟いているけれど、
私は望みを捨てていない。
空がひらけた場所を求めて
びしょ濡れの日傘でかまわず歩く。

遠くの建物の窓が、
西陽を反射してオレンジ色にひかりだす。
もうすぐだ。
もうすぐ、その時は来る。

それは突然だった。
湿った雨の匂いと土の匂いが重なる造成地で。
さああ、と、光の揺れる音が聞こえた。
小止みになった雨のひとつひとつに
太陽の光が宿る。


虹。


濃く
さらに濃く、輝きを増す。
何色が欲しいかなんて聞かないで。
私も虹も
お互いに会うためにここにいるのだと、
錯覚するほどに
真正面から見つめ合うのだ。
色と光に包まれて、
息をするのも躊躇われる。
雨に濡れることなど、些細なことだ。
今、このために生きている。
そのことを強く意識する。


永遠に触れられない存在。
空と恋に堕ちる瞬間。

どこかで鳥が鳴いている。
この奇跡を、
世界に告げるために鳴いている。








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雨の日をたのしく

文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。