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「あ」は青空の「あ」

「ねえ、みてみて!うしろ!」

そう言われて振り向いた空にこの雲がいたら、
途端にはしゃいだ気持ちになるのが
おわかりいただけるだろうか。
(下の写真の雲です↓)

☀︎

隣を歩いていた友人が不意に、
私の前にまわりこんで立ち止まった。
そして私の背中側に広がる空を指さした。
その瞳に青空と入道雲が映っている。
笑っているんだ。

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富士山の天然氷のかきごおりだって、
きっとこんなにはフワッフワにならないだろう。
今なら絶対あの雲さわれる!
そんな気持ちにさせられて、
雲に向かって手を伸ばす。
熱い陽射しが腕を焼くけれど、
少しくらい日焼けしたってかまわないとさえ思う。

夏に出逢う光景のひとつひとつを拾い集めて、
そっと心にしまいたい。
少し赤く上気した友人の笑顔が
とても可愛かったことを、
ずっと覚えていたい。

「なんだよ、今日は入道雲記念日なの?」

なにそれ、
と言いながらけらけら笑ったこと。
綺麗なおでこに浮かんだ汗や、
風で流れてきた葉っぱが
髪に絡んだりしたことも。
ずっとずっと、夏のひとつとして
覚えていたいのだ。



あと何回、夏を迎えられるのだろう。


私にとって夏はどこか特別で、
楽しさと感傷とが同居する季節。
夏には過去と今しかなくて、
未来の夏は想像できない。
やがてくる冬の寒い日は、
思い描くことができるのに。

せめて明日が来ることくらいは、
信じたっていいではないか。
別れ際に友人が

「また明日ね!」

と、言ったのだから。
明日もまだ夏が続いていて、
私にも会うと思っているのだから。
青空と入道雲と今を楽しむこと。
友人の瞳の中の夏の光景を思い出しながら、
明日も生きてやれ、
と心のうちで呟くのだ。

「あ」は、青空の「あ」
「し」は、白い雲の「し」
「た」は、楽しむの「た」

夏の「あした」を成り立たせるものは、
この三つで充分なのかもしれない。


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。