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耳物語 2.【ショートショート】

生まれたての朝の光が
ベッドの上に差し込む頃、
僕は彼女の耳の形を指でそっとなぞっていた。
立ち上がる外側のふちのカーブは、
夜明けの静かな湾。
耳たぶにあるぷつりとしたピアスホールは、
僕をこの場所にとどめる錨だった。

美しい彫刻のような彼女の耳に見入っていると、
唐突に耳の穴の中から
するすると小さな梯子が伸びてきた。
1センチくらい突き出たところで止まると、
小人が梯子を昇ってきたのだった。
息を切らしながら
一段一段昇り切った小人は、
ふぅ。と額の汗を袖でぬぐうと、
彼女の耳の縁にどっかりと腰掛けた。
よく見ると
年老いた小人の顔は煤で汚れ、
皺の間には埃が溜まっていた。
服のあちこちにかぎ裂きがあり、
肘は汚れで黒光りしていた。

「任務完了!」

小人はしゃがれ声を張り上げ、
落ち窪んだ瞳で僕をまっすぐ見つめた。

「俺はこの人からの依頼で
耳掃除を請け負ったんだ。
代金はお前さんに請求することになっている」

「なんの話?」

驚く僕に小人は鋭い眼差しを向けながら、
腰のベルトに差していた槍のようなものを
砥石で研ぎ始めた。

「代金を払わないなら、
この人の鼓膜がどうなっても知らんぞ」

脅迫の手段がやけに手慣れている。
おそらく
代金踏み倒しの憂き目に
何度も遭ってきているのだろう。

「わかった。
代金を払うから物騒な物はしまってくれ。
いくらだい?」

「三万と五百円」

小人は僕に向かって
がさついた手を差し出した。
僕は仕方なく財布からお金を取り出し、
小人の前に置いた。
小人は金の前歯を見せて笑うと、
自分の体より大きなお札を
うんうん唸りながら器用に折り畳み、
耳の穴に入るサイズに整えた。
それを穴の近くまでずるずると引きずり、
梯子を降りながら耳の底へと
下ろしていった。
それから小人は
もう一度あくせくと梯子を昇ってきて、
今度は五百円硬貨を
小さなハンマーで叩き割って細かく砕き、
窮屈な穴の中へと押し込んだ。
やがて梯子も小人も
彼女の耳の穴の中に吸い込まれて
見えなくなった。
あたりはしんと静まり返り、
いつもの部屋は
どことなくよそよそしい顔をした。



彼女の耳元でサファイアのピアスが揺れている。
青い煌めきが彼女の白い肌によく似合う。
午後の眩しい日差しを受けて
ピアスが乱反射すると、
道行く誰もが彼女を振り返った。

「素敵なピアスだね」

「そう?ありがとう。とても気に入ってるのよ」

「すごく似合ってる」

彼女ははにかみながら小声で僕に耳打ちした。

「臨時収入があったから買っちゃった。
これね、30500円なのよ」

臨時収入。
30500円。

信号待ちをする僕と彼女の間を、
分厚い風がすり抜けていった。
なんだって今日は
こんなにも天気がいいのだろう。
横断歩道の白線が僕の目を射る。
雑踏が笑いさざめいている。
軽い眩暈がした。


任務完了!
風にまぎれて
小人のしゃがれた声が僕の耳に届いた。


fin.


*********

同じ書き出しで二つのストーリーが
出来てしまいました。
どちらにするか迷った挙句、
両方書いてみることにしました。
ごめんなさい。

今回もボディパーツは『耳』

#ショートショート
#ボディパーツショートショート
#耳



文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。