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色は、ひかり。

出かける場所なんて
たいしてありはしないのだけれど、
春感に鼻腔をくすぐられると、
新しい気持ちに合う
新しい服がほしくなったりする。


お洒落をして煌びやかな街へ繰り出すとか、
久しぶりに会う友達とランチを食べに行くとか、
あるいははじめましての人を交えて
みんなで北鎌倉あたりを散策したりとか。
そんなこととは無縁の生活を強いられて、
しかもすっかりそれに
慣らされてしまっているというのに。


とりあえずは
シフォンのロングスカートのような、
風に靡いて翻るものを身につけたい。
春先にはいつも
そんな衝動が心の中で芽を出す。
一歩二歩踏み出すたびに
春の風がすぅっと足首を撫でていくような。
あの感覚。
さらさらしたロングスカートは
風を孕んだ帆のように、
歩みを前へと推し進める。

そんなわけで、
私は久しぶりにリアル服屋さんへ行った。
ネットではない服屋さんの楽しさは格別。
ブラウス、カーディガン、パーカー、
ジャケット、スカート、ワンピース。
てろてろのシャツから
しなやかに編まれたコットンセーターまで、
手触りもかたちも様々なものが、
わぁっと私を出迎えてくれる。
気の向くままにぽつぽつと歩き回る。
そうして今の気分にピッタリくる服との出会いに、心動かされる。

大抵の服屋さんの照明はムーディー。
服屋さんのコンセプトに沿った世界観の
素敵な店内は、
あたたかみのあるライトが灯っている。
そこで私は
しばし悩むのであった。

この服のほんとうの色は、何色だろう?


照明の下で見る服の色と
自然光の下で見る服の色は、
おそらく違うのだろう。
私はこの服の本来の色が知りたい。
自然光に近いライトはないか。
もしくはあたたか色のライトが
当たらない場所はないかと、
店内を見回してみる。
見つからない。
服を手に取って外へ出るわけにもいかず、
たぶんこんな感じ、
などという自分の予想で色を思い込む。

小さなコーナーでかまわないから、
自然光に近い照明の場所が
あったらいいのにな、と、
いつも思うのだった。
みんなはどうしているのだろう。
そんなことは特に気にせずに
服を買っているのだろうか。

色は、ひかり。
光がなければモノの色は存在しない。
光によって、色は微妙にニュアンスを変える。
人の眼によっても、
色は少しずつ違って見えているのではないか
と思う。
私が見ている赤と
あなたが見ている赤は、
厳密にいえばきっと、同じではない。
そう考えると、
ひゅうひゅうと風が吹きこむ
暗い洞穴を覗き込んでいるような
気持ちになってくる。


わたしが大好きな色は、
あなたにそのままの色として
伝えられてはいないのかもしれない。
それでもあなたが
その色をいいと言ってくれるならば、
ささやかでやさしい誤解を
受け入れていくしかない。
微かな誤解を解く術などないのだから。
そしてお互いに、
それいいね!
と思っているのなら、
それはそれでよしとする。
ほんの少しズレた世界を隣に並べるようにして、
私たちは生きているのかもしれない。

私が買った早春の一枚目の服は

《ごく軽くグレイッシュにくすんだ
淡い薄青緑色》


はてさて。
どんな色を想像しますか?


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。