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私、生きているし。【超短編小説】



人は感動すると泣く。
何かが美しかったり
圧倒的だったり
そういうものに触れて
激しく心を揺さぶられると、
泣くようにできた生き物らしい。
悲しく辛い時だけじゃない。
楽し過ぎたり
気持ち良過ぎたりしても
泣く。
最近になって
自分の中にもそんな感情があることに
気づいた。

晴れた空に白い絹の雲。
花は目覚め、風は優しい。
緑の新芽の匂いがする。
天上には七色のアーク。
いくつもの至福が重なった時、
心地良過ぎて私は泣きたかった。



赤ん坊がこの世に誕生する時に泣くのは、
美しい楽園から薄汚れた世界に
生まれ出てきてしまった絶望で
嘆いているのだと思い込んでいたけれど、
本当は嬉しくて楽しくて
なんだかわからないけれど
この新しい世界にものすごくワクワクして、
泣いていたのかもしれない。
声でしか知ることのなかったママに
会えた喜びもきっとあるだろう。
そう思ったら
世界中の赤ん坊を大切にしたい気持ちが
沸々と湧いてきた。

姉の子供は
赤ん坊のころ、泣いてばかりいた。
赤ん坊は理由なく泣いたりしないのだと
助産師に聞いてから、
姉はいつも理由を探していた。
お腹減ってる?
おむつは濡れてない?
眠いのかな?
抱っこしてほしい?
それらのどれを試してみても
赤ん坊が泣き止まない時、
姉は途方に暮れて
気持ちを病んでしまいそうになった。
みかねた母は言った。

「泣くのは赤ちゃんの言葉なの。
悲しいとか不快だとかだけじゃなくて、
赤ちゃんは嬉しくても楽しくても泣くものよ」

それを聞いていた私は、
そんなことあるかよと内心思っていた。
楽しいのに泣く意味がわからない。
そう訝しんだけれど、
今ならば納得する。
人は嬉しくても楽しくても
感情が胸いっぱいに広がりすぎたら
涙を流して泣くものなのだ。
あの時の私はなにもわかっていなかった。

手放しに
ただ泣きたいだけ泣いて
心を解放する喜びに咽せて、
私はいま幸せだと実感したい。
そのあと妙に冷静になって、
私、生きてるんだなと思う。
たぶん、それでいいのだ。

#短編小説 #ショートストーリー


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。