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「本物を知ること」は、本物を見なくても可能だ 〜 大塚国際美術館(日本・鳴門) 前編

私の頭の中には、「本物を現地で見る」というアートを研究してきた人間としての、どうでもいい使命がこびりついていた。ただ、下記の記事にも書いたが、ミュンヘンの古典彫刻模型博物館での体験が、「本物を現地で見る」=「本物を見ないと意味がない」という思考回路を吹っ飛ばす結果となった。

この体験を通して、すぐに思いついたのが日本の大塚国際美術館へ行ってみて、今度は、名品の複製画を体験することだった(*1)。ご存じの通り、同美術館に本物の作品は、一切展示されていない。その規模といい、世界でも、非常に珍しい美術館のひとつだ。以下、同美術館の公式サイトを引用させていただく。

「大塚国際美術館」は、大塚グループが創立75周年記念事業として徳島県鳴門市に設立した日本最大級の常設展示スペース(延床面積29,412平米)を有する「陶板名画美術館」です。

館内には、6名の選定委員によって厳選された古代壁画から、世界26ヶ国、190余の美術館が所蔵する現代絵画まで至宝の西洋名画1,000余点を大塚オーミ陶業株式会社の特殊技術によってオリジナル作品と同じ大きさに複製しています。

しかしながら、(傲慢な言い方で大変申し訳ないが)それまで自分は、同美術館へ行く必要がないだろうと高をくくっていた。それがとんでもない勘違いだったことを現地で思い知ったのだった。

* * * * *

某月某日、鳴門市で宿をとり、前泊して、朝一番で大塚国際美術館へ向かった(*2)。広いと聞いていたけれども、見学も1日あれば足りるだろうと考えていた(実際は、全く時間が足りなかった)。

館内に入ると長いエスカレーターがある。登り切ると、広いエントランスから、すぐに「システィーナ礼拝堂の原寸大復元の空間」が目の前に広がる(*3)。

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ちなみに、「本物」のシスティーナ礼拝堂は、非常に不便なところにある。ヴァティカン美術館内から同礼拝堂にたどり着くまでに狭い廊下や階段を上り下りしながら、かなり歩く。この移動だけで疲労困憊する見学者も多い。それなのに、同礼拝堂内は、座る場所が極端に少なく、中央にある20人ほどが座れる板状のベンチが争奪戦となる。床に座れば、すかさず係員に注意される。空調も悪い。今で言う「三密」だ。同礼拝堂内は、撮影禁止。限られた時間の中で、予備知識なしにルネサンス美術の巨匠ミケランジェロが描いた同礼拝堂の「天井画」(1477-1480)と《最後の審判》(1536-1541)の全貌を見ることは、不可能に近い。

一方、大塚国際美術館で本物の実寸大で再現されている「システィーナ礼拝堂」は、「本物」とその環境が対照的だ。ここでは、椅子やベンチが沢山あり、空調も快適で何時間でも滞在可能だ。しかも、カトリック教会総本山のヴァティカンにあり、コンクラーヴェ(教皇が選出される会議)が行われるシスティーナ礼拝堂を飾るミケランジェロの傑作を「体験」出来るだけではない、何かが同美術館にはある。

例えば、同天井画の人物像の実寸大を体感するために、「デルポイの巫女」が床に設置されている工夫が素晴らしい(下記画像)。

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頭上の天井画に描かれている巫女がこれほど巨大だとは、美術本の知識のみでは、想像し難い。

そして、同美術館の陶板名画のすごさは、ミケランジェロのフレスコ画を含め壁画を再現したときに、その威力を発揮すると思う。表面の質感が似ているからか、正直、遠目から複製とは、わかりにくい。

でも、大塚国際美術館のすごさは、そんなものではなかったのだ。

続きは、また。

(全ての画像は、著者が撮影した、日本・鳴門、大塚国際美術館内(The Otsuka Museum of Art)《システィーナ礼拝堂内、ミケランジェロによる天井画及び《最後の晩餐》)。

NOTE:
*1.大塚国際美術館の公式サイト。


*2. 最初の関門は(本当に冗談ではなく)、大塚国際美術館がある鳴門へどうやって行くかだった。日本は、JRで全て繋がっていると思っていた私が甘かった。鳴門の観光案内所へ電話して、東京方面からは、関西(新神戸等)から高速バスを使って鳴門海峡を渡る方法しかないということを知った。実際に新神戸から高速バスに乗って淡路島を通り過ぎ、バス停「高速鳴門」で降車した時、本当に驚いた。なぜなら、バス停は、高速道路のど真ん中に位置していたのだ(下の画像は、関西方面の帰りのバス停、前方の道路が高速道路)。

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*3.大塚国際美術館の「システィーナ礼拝堂の原寸大復元の空間」は、厳密に言うと「ミケランジェロが描いた壁画のみ」を原寸大復元した空間だ。ヴァティカンのシスティーナ礼拝堂の壁部分には、ミケランジェロの他に、ルネサンス美術の代表的な画家達であるペルジーノ、ボッティチェッリ、ギルランダイオ、シニョレッリなどが描いた壁画、及びラファエロが制作したタペストリ(未公開の時もあり)が存在する。