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本物を見た時よりも、「本物の良さがわかる」こともある 〜 大塚国際美術館(日本・鳴門) 後編

大塚国際美術館(The Otsuka Museum of Art)で今回見学出来た作品の中で、個人的に印象に残ったベスト5を厳選して紹介している(順不同)。前回の続き。

2.スクロヴェーニ礼拝堂
大塚国際美術館の展示の中でも「スクロヴェーニ礼拝堂の実寸大に復元された空間」は、ダントツの完成度だ。壁画の剥がれ具合まで見事に再現している。

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イタリア、パドヴァにあるスクロヴェーニ礼拝堂は、見学時間15分のみ。もちろん、撮影禁止だ。鳴門の「スクロヴェーニ礼拝堂」の画像でもおわかりの通り、時間が足りるわけがない(*1)。私は、ジョットが描いた14世紀イタリア美術史上最高傑作の一つであるスクロヴェーニ礼拝堂の壁画とその空間を、鳴門で再び体験出来るとは、想像しなかった。正直に言おう。パドヴァで実物を見るよりも、ずっと落ち着いてしっかりと壁画を観察することが出来た。可能であれば「スクロヴェーニ礼拝堂」は、鳴門→パドヴァの順番に体験するのが一番だと思う(パドヴァまで行って時間が足りない!と思いたくない方に限り)。

3.ヒエロニムス・ボッス 《快楽の園》
北方ルネサンス美術の鬼才ボッスの《快楽の園》(1500年頃)は、ファンの方も多いと思う。あえてここでは、作品の詳細は避けるが、現在の所蔵先は、プラド美術館(スペイン、マドリード)。このプラド美術館の最大の問題は、全館撮影禁止なのだ。私の場合、マドリードまで行って下のような画像の撮影出来なくてガッカリしたのを覚えている。

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《天地創造》が描かれている扉を開けると《快楽の園》が描かれている。神が創造した全てが無だった天地だったのに、人間によってここまで墜ちたとうところか。ネーデルランド出身のボッスが、当時のカトリック教会に対して痛烈な批判を込めた傑作だ。それにしてもボッスやってくれるなあ。もちろん《天地創造》も《快楽の園》も図版を書籍やネット等で見ることは、出来る。でも、上記の画像の状態で《快楽の園》を「見る」ことが、作品を「本当に理解する」ということじゃないかなあと思う。

4.ゴッホの《ひまわり》全作品
ゴッホが描いた《ひまわり》は、7点あったとされている。そのうちの1点は、実業家の山本顧彌太が所蔵していたが1945年8月6日に芦屋にて焼失している。大塚国際美術館は、この焼失した1点も陶板で復元して、ゴッホの全《ひまわり》を一つの部屋に展示している(*2)。

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各作品の所蔵先は、個人蔵が2点(1点が山本顧彌太蔵&焼失)、ノイエ・ピナコテーク(ドイツ・ミュンヘン)、ナショナルギャラリー(英国・ロンドン)、SOMPO美術館(日本・東京)、ファン・ゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)、フィラデルフィア美術館(米国・フィラデルフィア)。このうち(焼失した1点を除く)全6点が、同じ壁に展示されることは、現実的に不可能に近い。研究者の視点からすると奇跡のような空間だ。

ここでの唯一の問題点は、作品の表面の印象かもしれない。ゴッホの作風は、絵の具を幾重にも盛るような力強いタッチが特徴だ。そのタッチを陶板のという平面で再現することは、厳しい。しかし、構成や色彩を観察するには、十分だった。

5.パブロ・ピカソ《ゲルニカ》
ここまで個人的ベスト5を紹介してきて、私の視点が鑑賞者ではなく「観察者」であることに気づかれたかもしれない。アートを研究するということは、そいうことなんだと自分でも改めて気づいた。最後は、鑑賞者として一番印象に残った作品、ピカソ《ゲルニカ》(1937)。横幅は、8m近い巨大な壁画だ。

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《ゲルニカ》は、現在スペイン、マドリードにある国立ソフィア王妃芸術センターに展示されている。同センターでこの名作を見た時、展示室は、大勢の見物客であふれかえり、作品の真横にセキュリティーのため係員が2〜3人配置されていた。数人の私語も多数となると騒音となる。何回も係員が注意する声が展示室に響いていたことを覚えている。

その数年後、私は、大塚国際美術館の《ゲルニカ》を前にして、ベンチで静かに座っていた。1937年4月26日、スペインのバスク地方の小さな町ゲルニカが、ナチスドイツ軍の空爆によって完全に破壊された。その悲劇を知ったピカソは、パリ万国博覧会のスペイン館の壁画の構想を急遽変更して《ゲルニカ》を描いた。ピカソの思いが、この鳴門の地ではじめて伝わってきた。この時、はじめて本物を見るよりも「本物の良さを知る」ことを体験したのだった。

以上、個人的に印象に残ったベスト5(順不同)の大塚国際美術館の展示作品を紹介した。

補足をするならば、マニアックな視点からは、ギリシア、テサロニキにあるビザンティン時代の聖堂、聖ニコラオ ス・オルファノス聖堂(フレスコ画は14世紀初頭)の復元空間も良かった(撮影に失敗したため今回は外した)。また、ルネサンスから近代にかけての作品は、油彩画が主流となるが、油絵の具を何層も重ねた質感は、陶板で複製するのは、正直厳しい。一方で壁画、フレスコ画等の複製の完成度は、目をみはる。ただし、実寸大を体感するという意味では、全ての展示は完璧だ。

ちなみに、この日は、開館(9時30分)から閉館(17時)まで1日滞在したが、全く時間が足りなかった。

世界を旅することが困難な今、大塚国際美術館の存在意義は、様々な意味で高まっていくと思う。今まで、その価値を知らずに勘違いをしていて「申し訳ございません」という気持ちで一杯になりながら、帰路についた。


NOTE:
*1.イタリア、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂へ訪れた時の記事は、以下の通り。

*2.山本顧彌太が所蔵していたゴッホの幻の「ヒマワリ」については、大塚国際美術館の公式サイトの以下の記事を参照。

(全ての画像は、著者が撮影した大塚国際美術館内、《スクロヴェーニ礼拝堂》、《快楽の園》、ゴッホの《ひまわり》全7点、《ゲルニカ》)

この記事の前編と中編は、こちらでどうぞ。

追記(2020/09/04):一部補足しました。
追記(2020/09/05):タイトル変更しました。