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鮨の真髄No.001 スシの秘密

筆者は2023年12月末にアメリカのSubstackで"Spirits of Sushi"という、鮨に関する連載を始めました(Substackとは、noteライクなプラットフォームです)。目的については、世界に鮨の本質を伝えるためです。僕は研究のために鮨に関する洋書も買って読むことがあるのですが、優良書が極めて少ない状況です。日本酒についての名著は多いのですが…。

ただ、何回か記事を書いているうちに、これは日本人であっても知らない情報が多いので、日本語でも発信した方が良いのではないか?と思い至りました。

参考にして頂ける人が多いはずだ、と。

また、時を同じくして、「英語だと読みづらいけど、鮨に詳しくなりたい」とのご要望も頂きました。ごもっともです。そこで、noteに記事を連載することにしました。本記事は連載「鮨の真髄」第1回目のイントロダクションとなります。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に予定する目次があります)。

本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。

本記事の英語版の記事はこちらのリンク先にあります。外国人向けに書いているので、noteの文章とは異なる部分がございます。本連載についても、外国人向けの記事がベースとなっている点をご了解ください。

また、「だ・である口調」である点をご了承ください。筆者は決して怖くありませんので!

はじめに

日本の食文化は世界的に見ても圧倒的である。筆者は約40ヶ国を旅して6,000軒以上の飲食店を訪問してきたが、日本の食文化のレベルは地球上でも異常なまでにハイレベルだと断言する。そのうえ、店員さんのホスピタリティや衛生観念については、世界トップクラスである。これは日本人にとっては当たり前になっているかもしれないが、世界的に見ると凄いことである。店内が清潔で、接客で不愉快な目にあいにくい国は決して多くないのだ。日本人は自信を持って外国人に自慢すべきポイントだ。

グルメな外国人は日本に来て、最適なお店さえ見つけられれば幸せになれるだろう。そして、比類ない美味しさに感銘を覚え、リピートする結果になる。僕にはアメリカ人、シンガポール人、タイ人、香港人、台湾人など「日本のグルメリピーター」の友人たちがいる。彼らは一般的な日本人よりも遥かに精力的に日本各地を巡り、日本の文化と食材の魅力を熱く語ってくれる。今後そのような外国人はより増えるはずだ。

そのような日本において、世界的に知名度が高い料理こそがスシだろう。

来日した旅行者に「美味しかった料理」を聞くと、ラーメン、すき焼き、お好み焼き、天ぷらなどと並んでスシは人気を博している。僕は鮨ブログを運営しているので、外国人のグルメアンケートに関するニュースは、もれなく目を通しているのだ。

もちろん、スシは発祥の地である日本においても「憧れの料理」で、ほぼ全ての国民を魅了しているのは間違いない。筆者が食べ歩く15年以上の間にも、スシは信じられないほどに人気を高めた。そして、これからもスシは現在進行系で発展していくだろう。

ここで、一つ、コロナ禍で僕が驚いたエピソードを挙げよう。多くのお店が休業を余儀なくされる中、人気の鮨店はコロナ禍でも人気が落ちること無く、連日満席の状態を維持していた。コロナ下の東京では、飲食店の営業時間短縮要請や、酒類提供を一律で停止する「禁酒法」などの珍妙な政策が繰り出されたが、鮨の勢いを止めることはなかった。外食がはばかられる保守的なエリアにおいては、お店にこそ行かないものの、持ち帰りや宅配などで鮨を頼む人は非常に多かった様子である。敢え無くコロナ前にお店を開いた方々が、「このような人たちに助けられた」と今でも深い感謝を示されている姿は散見する。上記のような大量出店問題に対する解決策はローカライズであり、人の縁に基づくお店選びが見直されることを願っている。

東京では2016年ころから鮨の人気が急上昇し、「鮨バブル」と呼ばれる現象が起きた。新店が雨後の筍のように生まれ、鮨の高級化が促進した。また、資本系の大量出店に伴うレベルの低下も現在進行系の問題である。鮨の人気上昇は地方にも多大な影響を及ぼし、大阪や名古屋でも江戸前鮨の店舗数は増え続けている。そして、意識的に高級化を進める鮨職人も多い。しかし、高級化の反動を受けて、敢えてリーズナブルな価格で勝負する若手職人も現れている。様々な問題をはらみながら、鮨は今後更に多様化していくだろう。「江戸前鮨」は江戸時代の文化・文政年間(1804年~1831年)から続く長い長い伝統を持った料理であるところ、未だに進歩しているところが興味深い。

スシは西洋の料理に比べると調理法が少なく、和食の中でも極めてシンプルな料理だ。シンプルであるにもかかわらず表現の幅を広げ続け、時代を追うごとに美味しく進歩しているのがスシの凄さである(日本人はこの点を認識して、世界に誇って欲しい!)。

筆者である私、大谷 悠也は20代中ばの2008年にスシの魅力を実感し、2015年にスシの専門ブログ「すしログ」を開設した。「すしログ」を開設した理由はスシファンを増やすために尽きる。それまで日本にはスシ専門のメディアが存在しなかったのだ。なお、スシに魅了された理由はシンプルだ。鮨は一口で複雑な味覚と香りを楽しませ、感動に導いてくれる。私は「一口の感動」に惚れ込み、スシを追い求めるようになった。

「本当に美味しいスシ」は噛み締めるごとに味わいを変える。そして、余韻が長い。口に入れた瞬間に「美味しい!」と叫びたくなるようなスシは、本質的に「本当に美味しいスシ」ではない。真に美味なるスシには日本らしい詫び寂びの美学があり、複雑なものだと考えている。

スシの秘密

私はスシを食べ歩く中で、あるスシの秘密に気がついた。それは、スシが人の精神を豊かにしてくれる事実だ。誇張なく断言するが、鮨は人の精神を豊かにしてくれる。人は鮨店に通うことで、人間としての魅力が向上し、人から敬愛されるようになる。スシは人間力を高めてくれる料理なのだ。もっとも、「正しいお店を訪問し、正しい振る舞いをすれば」と言うカッコ付きにはなるが…。通ぶって無様な振る舞いをしたり、浅はかな知識を披瀝したりしては、人間力は高まらない。本連載では、知識だけでなく鮨店通いのノウハウを余すところなく説明する。

一流の鮨店は静謐かつ清浄な空間だ。私は鮨店に、神社や山岳寺院に似た幽玄を感じる瞬間がある。ただ料理を食べるだけではなく、日本文化と自己の内面に向き合えるのが鮨店であり鮨を頂く快感だ。カウンター越しに鮨職人と対峙すると、日本人であっても武士の真剣勝負を頭に浮かべる時がある。「真剣勝負」と言っても決して戦いではなく、精神の交流と言う意味だ。他の料理ジャンルでは感じられない心地よい緊張感と上質な時間の流れ、カウンターごしに当意即妙に展開される鮨職人のおもてなしによって、そのように感じるのだろう。ビジネスで重要なプレゼンテーションを控えている方は、鮨店に一人で訪問すると良い。鮨職人の立ち居振る舞いとおもてなしからインスピレーションを得られるのは間違いない。

なお、たまに銀座の一流の鮨店であっても、尊大な態度で粗雑に食べている人に遭遇する。このような方々は財産が幾らあっても精神が貧しく、自己の精神を自ら豊かにする事は出来ない。かたや、背筋を伸ばして鮨と鮨職人にピュアに向き合っている人の表情は美しい。自信に満ちていて、他者への敬意がある。そのような方々の顔を見てきたことで、私はスシが人を豊かにするのは間違い無いと確信した次第だ。年齢や社会的ステータスではなく、人間としての自信を高めてくれるのがスシだ。

本連載の記事を読み終えた時、あなたは間違い無く世界トップクラスの鮨通になっている。そして、鮨店に行きたくなるだろう。そして、いざ鮨店を訪問した時、私が本序文で述べている事を実感し、スシに魅了されているはずだ。

「スシ」の表記について

ちなみに、本連載では「スシ」の表記を意識的に分ける。ニュートラルに用いる時は「スシ」で統一する。そして、3つの主な漢字表記については、下記のとおりである。

  1. 寿司

3つの中で最も古い表記が「鮓」だ。もともとは「発酵させて作るスシ(魚介類の漬け物)」という意味で、「酸し(酸っぱい)」と言う語源を持つ表記である。「ナレズシ」や「関西ずし」などで使われることが多い。江戸時代の江戸前鮨店も「鮓」を多用した。ただ、読める日本人は多く無いので、「鮨」の表記を用いるお店が一般的だ。江戸前鮨店においても使われる事があるが、その場合は伝統に敬意を払う場合や、他店と一線を画す意味などがある。

「鮓」の次に古い表記とされる。現代では、多くの場合、江戸前鮨のお店で使われる(ややこしいが、江戸前鮨のお店とは江戸前鮨の仕事=調理法を施すお店で、それらのお店の職人さんは生魚主体の大衆店とは一線を画している)。「鮨」は「寿司」よりも本質的に江戸前鮨である事を強調する場合に用いられると言う訳だ。

そして、個人的にも江戸前鮨を表現するのに一番適している漢字だと確信している。理由は漢字の構成だ。「鮨」の字は、「魚」偏と「旨い」で構成される。魚を仕事で旨く昇華させるのが江戸前鮨の本質。それゆえに、漢字の成り立ちとしては江戸前の握り鮨よりも遥かに古いものの、現代の江戸前鮨の特徴を巧みに表現している漢字だと言えよう。

寿司

現在、最も一般的な表記だ。これは語源があるわけではなく、幕末以降に縁起担ぎで作られた当て字である。各字の語源は、寿=めでたいこと、司=役目とする。文献を見ていると、江戸時代には「寿し」が多く、明治時代以降に「寿司」が増えた印象だ。幅広い文脈で使われるため、現在多く用いられている。例えば、「回転寿司」はほぼ100%「寿司」が用いられ、スーパーで1貫数10円~100円ほどで売られているスシも「寿司」である。あるいは、江戸前鮨の仕事が少なく、創作的なスシは「寿司」の表記が多い。最も大衆的な表記である(それ故に新規開店する高級店では使用を避ける傾向にある)。

今後の目次構成

今後については、以下のとおり執筆していく予定です。
一回目の記事は観念的で、硬い内容となりましたが、以降は実際的な情報をバンバン盛り込んでいきます!

  1. スシの歴史

  2. スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど

  3. スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集

  4. 鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について

  5. 鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド

  6. 鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について

  7. 日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ

  8. 必訪の鮨店: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで

  9. 郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る

  10. 鮨と日本酒のペアリング

  11. 鮨の作法とテーブルマナー

  12. 家庭で美味しいスシを作るための必需品

  13. ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画

  14. スシの健康と持続可能性

  15. まとめ:スシの未来

なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。

それでは、今後ともよろしくお願いします!


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