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鮨の真髄No.002 スシの歴史1

本記事は「鮨の真髄」の連載2回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(章立てについては最下部に記載しています)。

本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。

それでは、2回に渡ってお届けする「スシの歴史」では、古代のスシから現在の江戸前鮨をざっくりと俯瞰します。

Chapter 1. スシの歴史

それでは、最初のチャプターでは「スシの歴史」について見ていこう。いささか形式ばった内容となり、歴史アレルギーの方は逃げ出したくなるかもしれないが、コンパクトにまとめるので、お付き合い頂ければ幸いだ。読んでみると意外に楽しいはずである。スシは時代に伴って姿を変えてきた。しかし、今の時代に多くの人が「スシ」と聞いて頭に浮かべるのは、下記の形状ではないだろうか?

すなわち、握り鮨だ。「スシ」と聞いて握り鮨が頭に浮かぶのは古今東西、変わらない様子だ。スシと言えば握り鮨……これは嬉しさと寂しさを同時に感じる状況である。なぜならスシには多くのバリエーションがあるためだ。握り鮨の人気が高いのは嬉しいが、他にもバリエーションがあることは知っておいて欲しい!

その理由は、「江戸前鮨」は様々なスシの発展形である為だ。江戸前の握り鮨は唐突に現れたわけではない。過去のスシ無くして現在のスシ無し。そして、現在も発展し続けている。さらに「江戸前鮨」は温故知新によってさらに発展する余地を感じるので、筆者は歴史とスシのバリエーションを伝えていきたい所存だ。つまり、過去の鮨や他のスシに、未来の江戸前鮨のポテンシャルがある

では、歴史の解説に入るとしよう。文中に登場するスシのバリエーションについては、チャプター2で細かく解説するのでご安心あれ。今はざっと見て頂ければ幸いだ。

スシの誕生

さて、日本にスシが登場したのは何時代か、ご存知だろうか?答えられなくても全く問題ない。これはとても難しい質問で、スラスラ答えられる人は稀有だ(今までに3名しか会ったことが無い笑)。答えは、奈良時代(西暦710年~794年)である。

当時の奈良の朝廷には、近江国(現在の滋賀県)や若狭国(現在の福井県南部)からアワビやイガイ、タイなどのスシが貢納されていた(『養老令』の『賦役令』より)。当時のスシは東南アジア(タイの北部から中国雲南省あたり)で誕生したナレズシであったが、これこそがスシの原点だ。「江戸前鮨」の祖先は、米と魚介を乳酸発酵させて作る、魚の漬け物だったのだ。

1619年(元和5年)創業「喜多品老舗 」の鮒鮓

ちなみに、「イガイ」は馴染みが薄い貝だが、漢字で書くと「貽貝」となり、日本各地で水揚げされる大型の二枚貝である。関東では馴染が無いものの、味は非常に美味だ。形状はムール貝にそっくりだが、人気はムール貝に圧倒されている。旬は貝類としては貴重な夏だ。

イガイ

その後、平安時代(927年)に編纂された『延喜式』(905年に醍醐天皇の命によって編纂が開始された古代の法制書)の中で、諸国から朝廷への貢ぎ物としてスシが多く登場するようになる。使用されていた魚介類はアユ、フナ、サケ、アメノウオ、アワビ、ホヤ、イガイなど。実に興味深い顔ぶれだ。魚類については、海水魚よりも淡水魚のほうが愛されていた様子だ。現代と様相を異にするが、現代でも再評価されるべきとも言えよう。

なお、非常にマニアックな情報となるが、スシが「魚の漬け物」であったために現代の鮨店でも調理場を「漬け場」と呼ぶ。古代由来の調理法に留まらず、江戸時代においても魚介類を塩、酢、醤油に漬け込んだために「漬け場」と言う呼称が定着したのだろう。さらに言うと、鮨を置く台は「漬け台」で、「すし台」や「すし置き」などと呼ぶのは無粋ってぇもんだ。

現存する最古のスシ店

なお、驚くべきことに、平安時代の鮎鮓の名残をとどめているスシが奈良県の吉野に現存している。「つるべすし弥助」だ。

「つるべすし弥助」外観

「つるべすし弥助」は、日本に現存する最古の鮨店である。創業は1185年~1189年頃とされるので、ゆうに800年超の歴史を誇る。

明治初期頃までの庭園図
現在の庭園
つるべすしの図
つるべすしを作るための釣瓶型の曲げ桶

ただ、現在は鮎を乳酸発酵させて作らず、塩で〆た鮎を醸造酢で作った酢飯に合わせて、棒寿司のスタイルで提供している。マニア的には残念だが、最古のスシ店で歴史に思いを馳せながら頂けば格別の味を楽しめる。

現在の鮎寿司

ただ、現在は発酵が脚光を浴びているし、調理技術も格段に進歩しているので、乳酸発酵のスシが再評価される可能性はあるのではないだろうか?滋賀の名店「徳山鮓」さんや「湖里庵」さんは、ナレズシの魅力を現代人に伝えている。さらに、フナズシをスイーツに使う「とも栄菓舗」さんのような面白いお店も登場している。

また、私が「郷土寿司王国」と呼んでいる和歌山県にも古来伝統のナレズシが現存している。鯖のナレズシだ。

「弥助寿司」の鯖のナレズシ

和歌山市内にある「弥助寿司」は室町時代以来の製法をそのまま伝える貴重な一軒だ。創業は1882年(明治15年)であるものの、古来の製法を現代に伝えている。鯖を1ヶ月以上塩漬けして、真水で塩抜きし、塩飯と合わせて、アセの葉を巻いて桶に漬け、1週間から10日ほど発酵させて作る。これは従来のナレズシよりも発酵期間が短く、「生成れ」と呼ばれる手法である。味については現代人にとって壮絶なパンチがあるため、歴史的価値を味わうのが良いだろう。ご賞味される際には、平和酒造の「紀土」純米酒のひや(常温)を忘れずに頼んで欲しい。マストだ。

米酢と江戸前鮨の登場

その後、時を経て現在のスシにぐっと近づいたのが、江戸時代(1603年~1868年)の元禄年間(1688年〜1704年)となる。「えっ、時間が空きすぎじゃない?」と思われるかも知れないが、戦国時代や江戸時代初期まではナレズシ(生成れ)が主流だったのだ。

元禄年間頃から米酢(酢酸発酵させた清酒)が用いられるようになり、米を乳酸発酵させる必要性が低くなった。乳酸発酵食品引き続き好まれ続けていたが、酢酸発酵による酸味の方が癖が無く、しかも手っ取り早いので一般に広く受け入れられたのだろう。江戸ッ子がせっかちだったことも一因だ。そして、お米部分も食べられる点もインパクトが大きかったはずだ。なにせ江戸時代は資産価値が米だったので、今よりも遥かにお米が重要な存在であったことだろう。

この頃から特権階級以外の人間も米酢を使えるようになり、「早ずし」が誕生することになる。関西エリア(京都府、大阪府、奈良県など)では「関西鮓」が人気を博し、【鯖の棒ずし】や【箱すし】などが誕生した。

これらは現在も残っていて、大阪や京都で旅行者を中心に人気を博している。しかも、京都においては未だに江戸前鮨よりも京鮓の方が人気が高い状況だ(全国的に見て非常にレアなケースである)。また、日本各地でも「郷土すし」が生まれ、スシ=「特別な日に食べる祝いの料理」と言う認識が芽生えていった。

そして、遂に【江戸前鮨】の誕生だ。現在スシの代名詞となっている【江戸前鮨】は、江戸時代の文化・文政年間(1804年~1831年)に誕生したとされる。発明者とされる鮨職人は2人いて、「與兵衛壽司」(創業1824年)の華屋與兵衛(小泉與兵衛)、もしくは「松が鮨(松の鮨)」(創業1830年)の堺屋松五郎だ。世間的には華屋與兵衛が開祖と言われることが一般的だが、史料的には不確かで、華屋與兵衛は「江戸前鮨を大人気にした功労者」とみなされている。

「與兵衛壽司」の外観、明治時代の『東京新繁昌記』より

「與兵衛寿司」は大繁盛した結果、「こみあいて、待ちくたびれる與兵衛鮓 客もろ手を握りたれけり」と言う狂歌が生まれたほどだ。「松が鮨」も「江戸中で最も贅沢な鮨」と呼ばれるようになり、遂には天保の改革の「奢侈令」で「與兵衛寿司」もろとも罰金刑を課された程だ。当時、なんと30名以上の鮨職人がお縄となったそうである。今の世で箱海胆をこれみよがしに並べたり、キャヴィアやトリュフを使ったりするバブリーな鮨職人たちは、お縄では済まないだろう。

歌川国芳『縞揃女弁慶 松の鮨』

なお、江戸前の握り鮨が誕生する前(1700年代後半)から、メジャーで人気の高かったタネが小鰭(コハダ)である。

小鰭(コハダ)

スシとコハダの人気を示す有名な都々逸がある。

坊主だまして還俗させて こはだの鮨でも売らせたい

読人知らず

現代語訳としては、イケメンの坊さんを還俗させて鮨売りさせたら粋で儲かるだろうなあ…と言った意味だ(もともと僧侶は美男子である事が求められていた。現世における生き仏だからだ)。当時は鮨を振売りしていて、美声を武器に売りさばいたとされる。読経で鍛えた美声のイケメン僧侶が売る流行りのコハダ鮨ならば、現代の原宿のカフェのごとく女性たちが殺到したことだろう。

『狂歌四季人物』春には専ら小はだの鮨を呼び売る

さて、以上で「スシの歴史」の第1回目を終える。次回は【江戸前鮨】に更に踏み込み、江戸時代以降から現代までの歴史を解説する。是非とも楽しみにしていて欲しい。

今後の目次構成

今後については、以下のとおり執筆していく予定です。

  1. スシの歴史

  2. スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど

  3. スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集

  4. 鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について

  5. 鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド

  6. 鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について

  7. 日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ

  8. 必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで

  9. 郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る

  10. 鮨と日本酒のペアリング

  11. 鮨の作法とテーブルマナー

  12. 家庭で美味しいスシを作るための必需品

  13. ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画

  14. スシの健康と持続可能性

  15. まとめ:スシの未来

なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。

それでは、今後ともよろしくお願いします!

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