鮨の真髄No.013 鮨の生命線:シャリ(酢飯、鮨飯)について4
本記事は「鮨の真髄」の連載13回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の完全日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に目次を記載しています)。
本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
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今回の記事は「鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について」の4回目です。前回の記事では、シャリにとって最も重要な調味料、お酢について解説しました。しかし、シャリと鮨には他にも重要な調味料があります。今回は、塩、醤油、味醂について解説します。
鮨で重要な調味料:塩
塩なくして美味しい鮨はあり得ない。塩は鮨飯に必須の調味料であり、塩が無ければ魚を〆る事が出来ないためだ。江戸前鮨において最も重要な調理法が〆である以上、塩は必須である(そもそも塩を用いる保存技術の延長線上に江戸前鮨と〆の仕事は存在する)。よって、鮨において常に付いて回るのが「塩梅」である。酢飯で「塩梅」が崩れていると全ての魚、仕込みに影響してくるので極めて重要だ。多くの人が鮨店を気に入るかどうかは、酢と塩の「塩梅」によると断言できる。最近は塩のバリエーションが広がっているため、塩の産地や銘柄にこだわる鮨職人も増えてきた。ヨーロッパの星付きレストランのシェフと同じく、日本の一流鮨職人も使用する塩を吟味しているのだ。
日本では古来より「塩浜製塩法」が行われ、江戸時代には瀬戸内海に「入浜式塩田」が発達した。塩田は江戸時代初期から瀬戸内海沿岸の10の国に作られ、「十州塩田」と呼ばれた。しかし、1905年に塩専売制度が開始されて途絶えてしまった。塩専売制度の目的については、当時は「塩の生産量が少なく、品質が安定していない事」が理由であったそうだ。驚くべきことに専売制度は1997年まで92年間も続き、日本で完全に自由化されたのは2002年と比較的最近である。自由化以降、日本各地で海塩が作られるようになり、「自然塩ブーム」が起きた(なお、「自然塩」についての問題提起は澁川祐子氏の記事と書籍が非常に参考になる)。そして、現在、日本に流通する塩は外国産を合わせて4,000種類以上にも及ぶと言われる。ちょっとしたスーパーに行っても塩の種類は10種類ほどあり、現代日本人は塩の好みが多様化し、高い関心が維持されているように感じる。
その中からどの塩を選ぶかは、鮨職人が理想とする鮨飯の方向性による。自身の経験則では、沖縄県の海塩、瀬戸内海や越後の藻塩、奥能登の入浜式塩田の塩などが使用される事が多い。ちなみに、藻塩も日本固有の塩である。製法については非常にユニークで、海水に浸した海藻(ホンダワラ)を乾燥させて、海水に浸し、また乾燥させて…と言う工程を何度も繰り返し、塩分濃度の高い「かん水」を作り、「かん水」を煮詰めて塩を採取するプロセスだ。その結果、海藻の旨味成分が溶け込むため、旨味の強い塩が出来る。海藻の主要な旨味成分(遊離アミノ酸)はグルタミン酸なので、藻塩を使えば旨味調味料いらずなのだ。旨味調味料派の人もアンチ旨味調味料派の人もこのように主張している人がおらず、個人的には不思議でかなわないが(ネット上の議論は何かと二者択一化しており安直極まりない)。
なお、塩について詳しく学びたい方は、青山志穂さんの『日本と世界の塩の図鑑』がイチ押しである。塩に関心のある方ならば、必読だと断言する。
鮨で重要な調味料:醤油
醤油は鮨に留まらず和食において無くてはならない調味料だ。しかし、江戸時代には醤油よりも「煎酒」が長らく一般的であった。1643年に刊行された江戸時代初の料理本『料理物語』によると「煎酒」の作り方は、削り鰹節、梅干し、古酒、水、たまり(味噌の上澄み)を3分の1ほどまで煮詰めて作る。醤油が普及するようになったのは、文化・文政(1804~29年)の頃だ。つまり、江戸前鮨の誕生と同時期である。
鮨においては、仕上げに塗るあるいは鮨種を漬けるための「煮切り醤油」が必須である。「煮切り醤油」とは、日本酒や味醂を煮切ってアルコールを飛ばした後に醤油と合わせたものだ。鮨ならではの「ソース」である。鮨店では、醤油は「煮切り醤油」と「生醤油」の2つに明確に区別される。「生醤油」は他の調味料と混ぜていない醤油そのもののことだ。街場寿司店や回転寿司店、家庭などでは「生醤油」で寿司を食す事もあるが、上質な江戸前鮨のお店では「煮切り醤油」で食すもの。「生醤油」は醤油の香りや味が強いので、調整しなければ魚の味に影響を及ぼす為だ。なお、居酒屋でも真っ当なお店ならば刺身用の醤油をきちっと選んでいる。居酒屋において刺身は一番のご馳走なので、醤油が美味しくない居酒屋は如何に有名であっても志は三流である。
さて、「良い醤油」を選ぶのは比較的簡単だ。お酢と同じく、原材料表示を見れば良い。「大豆、小麦、食塩」のみで造られている醤油は「真面目な醤油」だと判断できる。かたや大量生産されている醤油の原材料を見ると、「外国産脱脂加工大豆、小麦、食塩、大豆、アルコール」などである。一目瞭然だ。さらには、原材料が「アミノ酸液、脱脂加工大豆、小麦、食塩、砂糖、調味料(アミノ酸等)、カラメル色素、甘味料、保存料」と言った物も存在する。これは「醤油風調味料」であって醤油ではないので、醤油を求めている人は要注意だ。このような旨味や甘味を人工的に添加した調味料は、漁場が豊かなエリアで愛好されている事が多い。筆者が思うに、日々魚を食べている漁師は上品な醤油だと飽きるので、焼肉のタレ的な「醤油風調味料」が生み出されたのではないかと思う。
一方で、伝統的な製法で真面目に作られた醤油は、香りとコクが違う。発酵と熟成による複雑な香りが食欲をそそり、味わいも濃醇だ。人工的に味を添加せずとも、強い旨味に驚く醤油も存在する。大量生産品だと平板な味(味気ない味)になるので、鮨店では上質な醤油である事が望ましい。ただ、濃厚な味や風味の醤油を用いるのは味を壊すと考える鮨職人もいる。香りや味が強いと魚の味を阻害してしまうためだ。醤油は上質、高価であればあるほど良いわけではなく、魚を活かす目的で選ぶ必要があるわけだ。これはイタリア料理におけるエクストラヴァージンオリーブオイルと似ている。香りと味を見極めて、自身が目指す味に調味料を活用するのが料理の面白さだ。
鮨で重要な調味料:味醂
味醂は鮨、和食において、甘味を付けるために使われる伝統調味料である。歴史の史料に登場するのは1593年刊の『駒井日記』が初めてだが、当時は嗜好飲料として飲まれていた。調味料として使用されるようになったのは江戸時代後期だ。この頃から、蕎麦ツユや鰻の蒲焼のタレに使われ始めたとされる。
味醂についても上質なものと大量生産品が混在しているが、鮨店で使用すべき味醂は伝統的な「本味醂」一択だ。家庭では味醂の存在がないがしろにされているが、味醂は世界的に見ても類を見ない調味料である。例によって真贋判定のために原材料を見てみよう。本味醂の原材料は「米麹、焼酎、もち米」だ。かたや味醂風調味料は「水あめ、米および米こうじの醸造調味料、醸造酢、酸味料」となる。味醂は日本酒と異なり、醗酵過程がない。麹の持つ酵素の力を利用して糖化を行い、焼酎と合わせた後に長期熟成させて造る調味料だ。よって麹なくしては味醂ではないのだ。
本味醂の中で特筆すべきものを挙げると、岐阜県にある白扇酒造の「福来純」が極めて上質だ。筆者は様々な産地の味醂を試したが、結局、「福来純」を1升単位で常備している。
日本で数多く流通する味醂風調味料は、そのまま飲んでも美味しいものではないが、「福来純」はそのまま飲んでも美味しい。考えてみると、料理に使う調味料をそのまま飲んでも美味しくないと言うのは変な話ではないだろうか?料理で使えば味に違いが出るのは自明である。味醂には甘味だけでなく、複雑な香りや旨味が無ければならない。また、甘味についても糖化による甘味はコクがありつつ余韻が軽やかだ。人工的な甘味は舌に残り続ける。甘味に無頓着な人は多いが、甘味は甘ければ良いものではなく、甘味にも様々な性質がある事を理解すると食の解像度が上がる。更に言うと、鮨においては上記の醤油の項目で書いたとおり味醂は煮切るものである。アルコール分を揮発させ味を凝縮させると、良い味醂と味醂風調味料の差が露骨に表れる。また、煮詰めを作る際にも個人的には砂糖よりも味醂の方が格段に上等な味だと感じる。一流店でも砂糖に頼るお店はあるが、甘味がクドいと感じる次第だ。
さて、以上をもって本チャプターを終える。次のチャプターでは、鮨種について解説していく。「待ってました!」という方も多いだろう。必ず期待に応える、濃密な内容となるので楽しみにしていて欲しい。
今後の目次構成
今後については、以下のとおり執筆していく予定です。
スシの歴史
スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど
スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集
鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について
鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド
鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について
日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ
必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで
郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る
鮨と日本酒のペアリング
鮨の作法とテーブルマナー
家庭で美味しいスシを作るための必需品
ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画
スシの健康と持続可能性
まとめ:スシの未来
なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。
それでは、今後ともよろしくお願いします!
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