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鮨の真髄No.015 「伝統的な鮨種」第1回:鯛、春子

本記事は「鮨の真髄」の連載15回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の完全日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に目次を記載しています)。

本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。

チャプター5「鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド」では、 鮨種を「伝統的な鮨種」と「モダンな鮨種」の2つに分けてアツく語っていきます。


「伝統的な鮨種」第1回:鯛、春子

「伝統的な鮨種」の第1回は、以下の2種類の白身魚について解説する。

1.     真鯛(タイ)
2.     春子(カスゴ)

これらは言うまでもなく江戸前鮨を代表する鮨種だ。しかも江戸前鮨が誕生する前から関西鮓や日本料理全般で愛されてきた白身魚の王者である。美味しい鯛を見極めることも、鮨として美味しく提供することも非常に難しいので、鯛と春子が美味しい江戸前鮨店は間違いないと判断できる。

真鯛(タイ)

和名:真鯛(タイ)
英語名:Red sea-bream (Tai)
鮨種のカテゴリー:白身魚
主な旬:通年とれる魚で、海域によって異なる

古代より神前の儀に用いられてきた国民的な高級魚だ。凛々しく美しい見た目と相まって「めでたい」象徴とされている。神前の儀だけでなく、お祭りや祝い事などに食べる定番の魚だ。高級魚でありながら一般人でも手が届く価格帯である点も愛されている理由の一つかもしれない。鯛は幾つもの異名を持ち、季節に応じて名付けられているところが愛されている証だろう。春の名物「桜鯛」もいれば秋の名物「紅葉鯛」もいる。旬の定義が難しい魚である。ただ、「産卵期を除き、海域で異なる旬を楽しめる」とも言える。旬が異なる大きな理由は北方と南方で産卵期が異なるためだ。さらに、海流、水温、エサによって味を大きく変える点も影響している。それ故にエリアによって「本当の旬は秋」だとか「鯛が最も美味しいのは冬だ」など、様々な意見がある。美味しい鯛は白色半透明ではなく、かすかに琥珀色がかった見た目で、これは脂を蓄えている証だ。

鮨で真鯛を食べる時に注目するポイントは以下のとおりだ。

  • 旨味を引き出しているか

  • 旨味だけでなく、香りと食感があるかどうか

  • 皮目を用いているか、そこにどう包丁を入れているか

  • 柑橘の使用

鯛は熟成を掛けても美味しい魚だが、旨味の代償として香りと食感を失っては台無しである。香りと食感が抜けた鯛は味に気迫が無く、鯛が可哀想にすら感じる。せいぜい数日の寝かせで香りと食感を活かしつつ旨味とのバランスを取っている鯛が美味であるし、産地では当日の朝締めで抜群に旨い鯛も食べられる。つまり、寝かせや熟成を行う場合には、生で食べるよりも旨味、香り、食感のバランスが良くなければ行う意味が無いと断言できる。

そして、江戸前鮨において鯛で重要なポイントは皮を付けているかどうか。ここに鮨職人の美学が表れる。皮を残す意義としては見た目の美しさや食感を表現する、皮下脂肪を完全に残す、皮のゼラチン質を味に加えると言った点が挙げられる。ただし、生のままだと歯切れが悪いので、湯霜にして包丁を入れて「松皮造り」にする事が前提だ。かたや皮なしの場合だと白身自体の旨味や甘味をピュアに楽しめる。そして、腕の立つ鮨職人は皮下の脂を残しつつ皮を引ける。皮の有無は鮨職人の好みに依拠し、どちらがベターと言う訳ではない。ただ、「味わいのパンチ」で考えると皮つきの方が強いことが多い。

最後に重要なポイントが柑橘の使用有無だ。東京で鯛に柑橘を用いる事は極めて少ないものの、西日本では用いられる事がある。その際に見極めるぺきポイントは、酸味と香りが鯛の味や香りを邪魔していないかどうかだ。如何に上質な明石の鯛を仕入れても、過剰な柑橘で邪魔しては画竜点睛を欠く。

ちなみに、日本には「〇〇タイ」と付く魚が多い。しかしながら、その大半は「あやかり鯛」と呼ばれるタイ科ではない魚だ。ゆうに150種以上も存在する。「あやかり」と言っても決して味が悪いわけではないので、別物として楽しむのが良いだろう。むしろ東京以外の産地では積極的に「あやかり鯛」を使って欲しいと思う。

春子(カスゴ)

鮨種のカテゴリー:光物
旬:通年

春子(カスゴ)は鯛の稚魚で、江戸前鮨では定番中の定番の鮨種だ。少し厄介なことに、成魚の鯛は「白身魚」にカテゴライズされるところ、春子は「光物」に分類される。その理由は、塩や酢で〆ることが一般的だからだ(これらは光物に使用する調理法である)。春子は美しい見た目から春めいた期待を想起させる。厳密な旬は無く、通年食べられる魚だが、そう言ってしまっては無粋というもの。矢張り寒さが薄れゆく春先や桜が咲く初春に頂くのが嬉しい鮨種だ。季節を感じさせてくれる鮨種の中でも、トップクラスの美しさを誇る。

春子は特定の魚種の名前ではなく、真鯛(マダイ)だけでなく、血鯛(チダイ)や黄鯛(キダイ)の稚魚を用いることが多い。そして、伝統的に江戸前鮨では血鯛、関西鮓では黄鯛が用いられる。黄鯛(キダイ)はエリアによっては連子鯛(レンコダイ)と呼ばれる。これらは3種とも美しいピンク色の皮目なので、必然的に桜をイメージさせてくれる。春子としてみなされるのは大体100g以下(15cm以下)とされている。

鮨で春子を食べる時に注目するポイントは以下のとおりだ。

  • 見た目

  • 〆加減

  • 皮目の食感

何よりも見た目が良い魚なので、一瞬でパクリとやらず、姿を少し鑑賞してから賞味するのが粋だ。春子の切り付けは西洋料理における盛り付けに等しく、鮨職人の美意識が大きく反映される。「鑑賞」と書くと時間が掛かりそうに思うかもしれないが、「意識して見る」事が美の鑑賞では重要なだけで、別に短時間でも鑑賞する事は可能である。

〆る際に塩気をそこまで利かせない魚だが、酢の酸味を加える事で味わいが複雑になる。成魚の真鯛に比べて味わいが淡く、水分量が多くて身が柔らかいため、巧く〆る事で初めて魅力を発揮する魚である。春子は昆布〆を行う鮨職人も多いが、本当に腕利きの鮨職人は昆布を用いずに昆布様の香りと旨味を引き出す〆を行う。そこまでのレヴェルの鮨職人は決して多くないが、春子の仕事の最高峰はそこにある。昆布を用いずして昆布のような味わいを生み出すとは魔法のようで、これぞ江戸前鮨の仕事の妙。昆布〆を行う場合は、昆布の香りや旨味を初手に感じさせる塩梅は完全に悪手である。春子の味を楽しませながら昆布〆の味をこみ上げてゆく塩梅は遵守して頂きたい。たまに昆布〆が強すぎる春子を食べて「美味しい!」と叫んでいる方を見かけるが、それは昆布のグルタミン酸の旨味であり、旨味調味料に飼いならされた舌ですと宣言しているようなものである。

それでは、また次回お会いするのを楽しみにしている。本チャプターで紹介する鮨種のラインナップを知りたくなった際には、こちらの記事を参照して欲しい。

今後の目次構成

今後については、以下のとおり執筆していく予定です。

  1. スシの歴史

  2. スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど

  3. スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集

  4. 鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について

  5. 鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド

  6. 鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について

  7. 日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ

  8. 必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで

  9. 郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る

  10. 鮨と日本酒のペアリング

  11. 鮨の作法とテーブルマナー

  12. 家庭で美味しいスシを作るための必需品

  13. ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画

  14. スシの健康と持続可能性

  15. まとめ:スシの未来

なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。

それでは、今後ともよろしくお願いします!
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